第23話 オワタは終わったっていう意味らしい


 地球への出発準備が整ったのは翌日の事だった。

 今回向かうのは、まず国際連合の本部である。

 その後に日本に行って、ゲーム会社とやり取りをする予定だ。


 いつものように、私は研究所のワープルームにやってきていた。

 輸送機には五千個の魔石と五十個の縮小ボックス、二万個の変換部品を縮小して詰め込んである。

 サニアさんも誘ってみたけど、


「地球は嫌よ。私は今、このゲームで忙しいの」


 と断られた。なぜマルデア人はみんな地球行きを拒絶するんだろう。

 まあ、私も元地球人じゃなかったら行く事はなかったかもしれないけどね。


 サニアさんは今、私がアメリカ政府にもらった地球言語のままのゲームに夢中だ。

 翻訳機を片手にアサシン・クラッドをやってるんだから、大したものだと思う。



「さて、ガレナさん。今回はどこにワープするんでしたっけ」

「ニューヨークだな」


 真顔で答えるガレナさん。

 だが、すんなり目的地に着くとは到底思えない。

 私は白衣の研究者にジト目を向けて言った。


「是非とも、100キロ圏内には入れてもらいたいですね」

「うむ。善処しよう」

「せいぜい頑張ってきなさい」


 サニアさんに手を振られ、私は目深に帽子を被った。

 そして、次の瞬間にはマルデアから姿を消していた。




 次の瞬間。私は草原に立っていた。

 空気は、少し肌寒いだろうか。

 周囲には、西洋風の建物が見える。

 どこだここは。

 よくわからないが、またアメリカのどっかに飛ばされたんだろうか。D.Cっぽくはない。

 と、風が吹き荒れて私の帽子が飛んでいった。


「ねえパパ、ママ。あの子、リナ・マルデリタみたいな髪してるよ!」


 英語で少女の声が響いてくる。

 さて、ここはどこだろう。

 近づいてくるのは、黒い帽子を被った髭面の男性だ。


「……。確かにそっくりだな。君、そんなものを引いてここで何をしてるんだ」 


 輸送機を押しているから、当然私は目立っている。


「すみません。この辺の地名ってわかりますか?」

「地名? ここはオタワだが……」

「お、おたわぁ?」


 それ、カナダの首都じゃないの?

 アメリカじゃなくない?

 世界地図で言えばニューヨークの北あたりだったか。そこまで遠くは……、遠くはないのかな。

 でも、やっぱ国境超えてるよね。


 オワタ。

 終わった…。



 やばい。冗談言ってる場合じゃない。

 許可を得てない国に落ちるのは初めてだ。カナダは限りなくアメリカに近い国だけども……。

 あのポンコツワープ、とうとう国境を飛び越えるという禁断の行為に出たようだ。

 なんでニューヨークがオタワになるんだよ。


「君、どうしたんだね」


 絶望に打ちひしがれる私の前で、男性が心配そうな顔をしていた。


「すみません。少しばかりその、道に迷いまして」

「ふむ。君はこのあたりの子じゃないのか。どこから来たんだね」


 不思議そうにする男性。しっかりしてそうな人だし、この人に案内を頼もうかな。


「ええと、私こういう者です……」


 私はパスポートを出して彼に見せる。

 すると、男性は目を見開いた。


「り、リナ・マルデリタだと! まさか、本物なのか?」


 うん。怪しむよね。


「はい。警察を呼んで頂ければわかると思います」


 頷いてみせると、男性は苦い顔をした。


「……。私はカナダ警察のカーター警部だ。君が本物なら、身分証以外のもので証明ができるはずだが」


 そう言って、警察手帳らしいものをこちらに提示するカーターさん。

 どうやら第一遭遇者は、警察関係者だったらしい。


 彼の意味する所は、魔法を見せてみろという事だろう。当然だ。

 いるはずのない国にいるんだから、怪しむのも無理はない。


「では、あなたに少し魔術をかけます……。風の力よ」


 私が呪文と共に念じると、彼の体がフワリと浮きあがる。


「なっ……」

「す、すごい!」

「え、うそ。本物なの?」


 娘さんと母親が目を見張り、浮き上がった父を見あげる。

 カーター警部は自分の手を見下ろしながら、ゆっくりと地に降りる。

 よく見ると、彼には右腕がなかった。


「……。これは、疑いの余地もないな。ゆっくり休暇を取ってもいられないようだ。ようこそ、ミス・マルデリタ。まさかカナダに来られるとは思いもしなかった」


 帽子を取って会釈する男性に、私も頭を下げる。


「その、突然ですみません」

「いや、ぜひ歓迎させてもらいたい。連絡を取るので少し待っていてもらえますかな」


 彼はスマートフォンを出し、すぐに電話を始めた。


「カーターだ。すぐ上に連絡してほしい。ラ・ベ公園あたりでリナ・マルデリタ嬢と遭遇した。

いや、マルデア観光大使のリナ・マルデリタだ。冗談ではない。

本物であると私が確認した。とりあえず、護衛と車を用意してくれ。リアカーを運べるトラックもだ」


 話を終えたカーターさんは、スマホをポケットに仕舞ってこちらを振り向く。


「さて……、どちらへお連れすればいいのやら。ミス・マルデリタ。失礼ですが、オタワへはどのようなご用件で」


 警部は迷うように私を見下ろす。

 これだよ。さすがにアメリカに行こうとしたらミスって落ちましたとは言えない。カナダに対して失礼だ。


「少しその、ご挨拶にと思いまして」

「挨拶というと、我らが首相か、それとも女王にですかな」

「……、そ、そうですね」


 そうなっちゃうよね。別に私はおじさんにだけこんにちはしてバイバイでもいいんだけど。

 そうは問屋が卸さないよ。


 私が落ちてしまったからには、国のトップと会わざるを得ない。

 マルデアの大使というのは、そういう立場だ。


 まあ、カナダを見れるいい機会だと思った方がいいかな。

 うん、旅行気分でいよう。お仕事だけどね。


 すぐに近くの道路に車とトラックが停まり、スーツ姿の男たちがやってくる。


「迎えが来たようです。ミス・マルデリタ。行きましょう」

「はい」


 警部の言葉に、私は頷いた。


「パパ、おしごと?」


 と、後ろから少女が声をかけてきた。


「ああ、すまない。リナ・マルデリタを守る大事な仕事だ。ママと一緒に買い物でもしてくれ」

「うん……。おけが、しないでね」


 少女は、失われた右腕を見上げるようにしてそう言った。


「ああ。危険な事はないさ」


 警部は娘を抱き寄せてから、すぐに私をエスコートして車へと向かった。


「警部、その方ですか?」

「ああ、マルデリタ嬢だ。他国のスパイが来る可能性もある。何があっても守れ」

「はっ」


 警部の指示で、早速男たちが周囲の警戒に当たり始める。

 最近、降りてから護衛がつくまでの速度としては、これまでの最速だ。


 輸送機をトラックに入れて車に乗り込むと、隣に警部が腰かけてすぐに車が出た。


「とりあえず、議会まで来ていただく事になります。首相がお待ちです」

「わかりました」


 アメリカ以外の国の中枢へ行くのは初めての事だ。

 変なことにならないことを祈るばかりだよ……。


 ふと私は、隣に腰かける警部の右肩を見やった。


「……、腕、どうされたんですか」

「銃撃戦で神経を失いましてな。この仕事をしていればつきものです」


 何事もないように、淡々と答えるカーターさん。


「娘さん、心配してましたね」

「ええ。あの子は、私が危険な仕事をしている事を肌でわかっているのでしょう。

ちょっと擦り傷して帰っても泣くんです。私はダメな親だ」


 警部は肩をすくめ、苦笑いをしてみせた。


「いいお子さんじゃないですか。お父さんを失いたくないんですよ、きっと」


 そう言って、私はバッグから魔石を幾つか取り出す。

 そして彼の右肩に手を当て、魔力を注ぎ込む。

 光が彼の体を包み込み、願いの力が再生を促していく。

 すると、なかったはずの警部の腕が現れた。


「なっ……! こ、これは」


 突然復活した右腕に、警部は驚いて手を見下ろす。


「あまり、泣かせないであげてくださいね」


 私がウインクして見せると、彼は腕を抱えて顔を伏せた。


「……。ありがとう。感謝の言葉もない」


 それで話は終わり、車はすぐに城のような建物の前に止まった。

 ここが議会だろうか。

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