第20話 発売日ってソワソワするよね


 いよいよ、スウィッツの発売日だ。


 私とガレナさんは、朝からガレリーナ社の小さなオフィスに集まっていた。

 もし何か問題があった時に、すぐ対応しなければならないからだ。

 本体やソフトのパッケージには、困った時の連絡先として、うちの番号を載せてある。

 何かあればお客さんや販売店から、ここに通話が来るはずなのだ。


 だが、朝早くからすぐコールがあるわけではないだろう。

 しばらく時間を潰して待つ必要がある。

 こういう時は、地球のメディアを観察するのがいい。

 ネットニュースを見ていると、物騒なタイトルが目に入る。


『偽のリナ・マルデリタによる詐欺が発生!』


 何だろうと思って、中身を読んでみる。

 どうやら、「ワープでここに落ちてしまいました」と私を名乗って金品を騙し取る詐欺が発生したらしい。

 下らないけど悪質だね。


 それを受けてか、SNSでは動画つきのツイットがバズっていた。


『本物のリナ・マルデリタを見分ける方法』


 と書かれた文字の下に、動画が添えられていた。

 映像を再生すると、コスプレした女性が足を怪我したのか座り込んでいる。

 その足に、帽子を被った少女が手を当てた。

 すると足が光り出し、足の腫れが引いていく。

 そこまでで映像は切れている。


 秋葉原のイベントの時に、私が治療したやつか。

 あそこは凄いカメラを持った男たちが溢れてたから、撮られてても不思議はないかもしれない。

 コメント欄はかなり賑わっていた。


xxxxx@xxxxx

「すげー。これリアル治癒魔法じゃん」

xxxxx@xxxxx

「そら本物以外は魔法なんて使えんわな」

xxxxx@xxxxx

「リナを名乗る奴には、魔法使ってみて?って言えばいいんだ。簡単じゃん」

xxxxx@xxxxx

「めっちゃ優しいよリナたん」

xxxxx@xxxxx

「魔法少女リナってアニメにならないかな……」

xxxxx@xxxxx

「つうかこれ盗撮だろ」


 そんなリプライの中で、


xxxxx@xxxxx

「これ、治してもらったの私なんだけどw」


 というツイートに凄まじい数のいいねがついていた。

 その人のアイコン写真を見れば、確かに足を治したコスプレの女性だった。


「アニメ演劇やってます! 見に来てねー」


 と便乗宣伝もしている。たくましい事だ。


 と苦笑いしていた、その時だった。


 デバイスから通話の呼び出し音がした。

 一気にマルデアに引き戻された私は、副社長の顔で魔術回線を繋ぐ。


「はい、こちらガレリーナ・ゲーム販売社でございます」

「ああ、ガレリーナさん? ケララ玩具店ですけど、ちょっと困ったやら嬉しいやら、大変な事になりましてね」

「な、何でしょうか」


 私がドキドキしながら訪ねると、店長は言った。


「スウィッツがね。もう"ない"んですよ」

「はい?」


 ない、という言葉の意味が一瞬わからず、私は硬直する。

 すると、デバイス越しの店長が続ける。


「だから、全部売切れたんです。

まあうちの仕入れはそんなに多くないんだけど、朝でみんな売れちゃいましてね。

それで買いに来たお客さんが、在庫はないのかって言ってるんですよ」

「ほ、本当ですか!」


 何という事だろう。怒られるのかと思ったら、その真逆。嬉しい悲鳴だったのだ。


「ええ。うちは発売前からゲームの映像を店で流してたんだけど、評判がよくてね。

レースゲームの方も、パッケージが売り切れちゃったんです。また発注したいんですが、いいですかね」

「はい、もちろんです。ありがとうございます!」


 なんといきなり追加で本体を十台。マルオカーツを五本も注文してもらえた。

 とりあえず、私は千台余らせた予備を使って、今回はワープ局にお願いして玩具店に発送する事にした。

 ワープ局なら各家庭の住所に一瞬で荷物を飛ばせるので、午後には届いているだろう。




 と、今度はお客さんから直接の通話が来た。


「あのねえ、ちょっとお宅の機械の使い方がわからないんだけど……」


 母親らしい人だった。

 詳しく聞いてみると、コントローラーの充電方法がわからないらしい。


「本体ケースの中に専用のアダプターと変換機がありますので、それを魔力源にさしてください」

「あら、あったわ。ごめんなさいね、あたしデバイスに弱くて。

それよりこのマルオっていうの? うちの子がすごい喜んで遊んでるのよ」

「本当ですか、ありがとうございます!」


 礼を告げると、「ちょっと子どもと替わるわね」と母親がデバイスを誰かに手渡す音がした。

 すると、小さな女の子の声が耳に響いて来た。


「あのね、あのね。まるお、いっぱい負けちゃうけど、すごい楽しいの!」


 その言葉だけで、色んな事が報われたような気がした。

 私は通話の向こうの彼女に向かって、心を込めて言った。


「ありがとう。ゲームを作った人たちに、伝えておくね」


 これが、私たちの仕事の始まりだった。




 それから、幾つか追加発注を望む店の声が相次いだ。


「このままでは、在庫がもう足りなくなるな」


 ガレナさんがデバイスで残り数を確認しながら呟く。


「ゲーム会社さんに次の五千台をお願いしましょう」


 私は日本に連絡を入れ、販売の状況を報告した。

 あちらも喜んでいるようで、すぐに増産を約束してくれた。


 と、また通話の呼び出しがあった。


「はい、こちらガレリーナ・ゲーム販売社です」

「すみません、マルオ買ったんですけど。ゲームの質問してもいいですか?」


 声の相手は、中学院くらいの子どもだった。


「はい、どうぞ」

「あの、二の四のステージあるでしょ。そこの星のコインが二つしか取れないんです。もう一枚どこにあるんですか?」

「は、はあ」


 コインについての質問と聞いて、私は驚いた。

 ゲーム攻略のために通話してくる人、いるんだね。

 ただ、攻略情報も出していないし本当にわからないんだろう。

 幸い、発売したゲームについては事前に自分でもやりこんでいる。

 私は既にとった二枚について聞き、三枚目について教える事にした。


「そこに壁を通り抜ける隠し通路があるはずです」

「ああ、あったあった。ここ通れるんだ! ありがとう!」


 そう言って、少年は通話を切った。


「自分で攻略しないとはな。困った子だ」


 話を聞いていたガレナさんは腕組みをして呆れていた。


「ゲームを遊ぶ人には色んなスタンスがありますから。

自分でやりたい人はやって、教えてほしい人は聞けばいいと思います。

攻略情報も出しておいた方がいいのかもしれません」

「私は自分の力でやるべきだとは思うが。あんな通話が頻繁に来るようなら、仕方あるまい」


 全てが初めての事で、戸惑いながら私たちは対応に励んだ。

 攻略情報を聞いてくる通話は結構多く、私たちはゲームを常に起動しながら回答し続けていた。

 

 と、また通話が来た。


「はい、こちらガレリーナ・ゲーム販売社」


 毎度のように答えると、泣きそうな女性の声が響いて来た。


「ねえ。ゲームが、ゲームが終わっちゃったの……」


 どこかで聞き覚えのある声だったが、意味がわからない。


「ど、どうされたんですか?」

「なんかでっかい亀をやっつけたらエンドロールみたいになって、画面が黒くなったの。

もう何もないのよ……。どうするの?」


 問いかけてくる女性は、とても不満げだ。

 どうやら、もうエンディングまで行ってしまったらしい。

 どうするの? と言われてもちょっと困るけど。


「はあ、おめでとうございます。それでゲームクリアとなります」

「クリアって、これでもうないの? マルオは次どこに行くの?」


 女性の声は、悲壮感を漂わせている。

 どこに行くと言われたら、そらお城に戻ってお姫様と幸せになるんだろうけど。

 とにかく、彼女は遊び足りないようだ。


「そ、そうですね。次はマルオカーツの世界に行ったんだと思います。

そちらのソフトを購入して遊んで頂けると、ありがたいのですが」

「マルオカーツ?」

「はい、マルオたちがカートに乗ってレースするゲームです」

「そう。マルオのやつ、今度はレースに参加するのね。いいわ。やってやろうじゃないの」


 彼女はなぜか一気に乗り気になっていた。

 そうして、ガチャリと音をたてて通信が切れた。


 なんだったんだ。

 茫然とデバイスを見下ろしていると、ガレナさんがこちらを向いた。


「……今の、研究所の女だな」

「あ、やっぱりそうですか」


 ガレナさんは気づいていたようだ。

 あの声は多分、テストルームで長時間マルオを遊んでいた女の人だ。

 がっつりハマったみたいでよかったけど、なんか怖いくらいだったな。

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