転生ゲーマー貿易少女!

あかい

第1話 高校生の終わり


 前世の俺が死んだのは、1995年の事だ。

 高校三年という大事な受験シーズンに俺は、ゲームにのめり込んでいた。


 少年ジャムプのドラグンボーラが連載を終えたこの年。

 スクエイアからクロナ・トルガーや聖賢伝承3という大作が発売され、年末にはお待ちかねのドラクア6が発売予定。

 RPG好きにはたまらない年だった。


「あんた、またゲームばっかして。

ドンキューはいつでも出来るやないの」


 母は、よくこうして俺を叱りに来る。

 丁度俺は、発売したばかりのスーパードンキューキング2に夢中だった。

 第一作が提示した圧倒的なグラフィックはそのままに、新たなアクションのチャレンジが満載だった。

 

「ゲン君が一緒に勉強しよって電話してきたから。行ってきなさい」

「わかったよ」


 当時はスマホもなく、友達が家の電話にかけてくるのが普通だった。

 ゲンとは小中と学校が同じで、腐れ縁の仲だ。

 通っている高校は違ったけど、よく一緒に遊んでいた。


 あいつが勉強するってんなら、俺もやらないとまずい気がした。

 しぶしぶ、俺は鼠色の丸いコントローラーを置いて立ちあがる。

 ゲームの電源はつけたまま、テレビだけ消して部屋を出た。


 鞄を持って一階に降りると、すぐに甘い匂いが広がる。

 うちは和菓子屋だ。


 将来はここを継ぐ事も考えていたが、父親は「まず自立しろ」と言っていた。

「受験勉強したくない」という消極的な理由で家業を継がれるのが嫌らしい。


 まあ、確かに俺は怠惰だった。

 そんな奴に大事に育てた店を継がせるのは、嫌かもしれない。

 やはり、勉強はするしかないのだ。


 でもどうせ頑張るならゲーム会社に入りたいな。

 あの時は、そんなことをぼんやりと考えていた。


 店の外に出て歩くと、遠くに鹿が歩いている姿が見えた。

 俺の地元は奈良で、家は観光地の圏内にあった。


 有名な大仏さんは、二十分ほど歩いた所にいる。

 そこからゲンが住む市街のマンションまで、駆け足で向かう事になる。


「あそこのボーナスステージは、デクシーじゃないと行けんのかな……」


 頭の中にあるのは、まだゲームの事だった。

 肌に感じる冷気に冬の訪れを感じながら、広い道路まで出る。

 通りはいつものように、大仏さんや奈良公園を見に来る観光客でにぎわっていた。


 いつもと変わらない道。

 いつもと同じ空。


 ゲンと遊んで、勉強して。

 面倒な事を何とかやり遂げて。楽しいゲームが待っている。

 そんな日々がずっと続くと思っていた。



 その時。

 道路の脇に、小さな女の子が見えた。

 右側の道を見る彼女のしぐさに、何か嫌な予感がした。

 この道は急にカーブしているため、左側からやってくる車がわかりにくい。


「おい、そこは……」


 声をかけようとしたその時。少女は駆け足で道路を通り始めてしまった。

 そして案の定。突然左側から車がやってきたのだ。


 それを止められるのは、事故が起きるのを予測できた俺だけだった。

 だから、俺がやるしかなかった。


 俺は道路に飛び出し、思い切り車に向けて体を広げた。

 後ろには、とぼけた顔の少女が立っていた。


 車はキキィと音を立てながら、俺の体を弾き飛ばす。

 体を引き裂くような痛みが走った。


 コンクリートの上に倒れた俺の体は、まるで言う事を聞かない。

 だが運よく上を向いた目から、少女が無事である事が確認できた。


 周囲から叫び声がした。

 誰かが駆け寄ってきていた。


 だが、世界の全てが俺から遠のいていく感覚があった。

 目の前がどんどん暗くなっていく。


 そして、俺の人生は終わった。

 何の結果も出さないまま。

 ろくに親孝行もしないまま。


 ごめん母さん、父さん。

 そんな一言すら言えずに、俺の意識は失われた。


 そして、俺は私へと転生する事になる。

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