《ゆめうつつ》
口付けはくちびるにするだけのものではないのだと、この夜、初めて知った。
耳に、首筋に。
鎖骨に、肩に、手首に、指先に。
吐息とともに次々と押し付けられる熱。
(……あつい……)
彼の吐息が。自分の体温が。お互いの目が。
何かもが、熱い。砂漠の日差しより強く、内側から溶かされていく。
与えられるものは何もかもが初めてで、どう受け入れたらいいのかもわからない。
長い夜の
§
息が苦しい。体が内側から燃やされているようだと、ナディアは暗闇の中で呻いた。
『……なんという娘。王子への我が呪いを取り込んでもなお、正気を保っているとは』
体の中で陽炎のように揺らめいて、はっきりしない姿かたちの炎が燃え盛っている──その煉獄の中に、人らしきものの影。
(……だれ?)
『名を求めるか、乙女』
礼拝堂の天井に反響するような、輪郭の不明瞭な声。大きくて小さく、近くて遠い。高くて低く、しわがれていたり澄んでいたり。最後は跡形もなく、煙のように霧散する声。
『俺
あの影だった。ぼやけた真紅が、ナディアの内側から手を伸ばす。腹のあたりに触れた、と思ったら、駆け巡る炎が体じゅうを焼く。
死んでしまう、と思ったときには、熱は潮のように引いていく。息ができる。
「──だれ……?」
「お嬢さま!? 急に熱が下がって……? 旦那様、奥様! お嬢様が、目を!!」
目を覚ましたナディアの周りには、医者に、両親に、使用人達が勢揃いして寝台を囲んでいた。皆、まるで死人が生き返ったみたいな騒ぎだったが、やがて誰からともなくはらはらと涙を零しだした。
「よかった、よかった、ナディア」
母が首元に抱きついて咽び泣き、父は手を取って頬擦りをしている。両親の泣き顔なんて生まれてこのかた、初めて見た。
「お母様、私、不思議な夢を見たわ……」
その夢ももう、覚えていない。熱砂に浮かぶ蜃気楼のように消えてしまって。
(だれかと話をしていた……夢で……)
「もうっ、もう、だから熱のあるジャミールに近づいたらだめですよって言いましたのに、お嬢さまは……!」
年上の侍女が、枕元で泣きながら怒っている。その横で、艶のない金髪の少年が苦しげに胸元をぎゅっと掴んで、何か言いたそうにこちらを見ている。手に何かを握りしめ、口を開いては閉じ。
ナディアは彼からふと目をそらして、泣いているカーラを見やった。
「泣かないでカーラ、私、何か悪いことをしてしまったのね、きっと。体がひどく重いわ……これは、罰なのかしら? ねぇ、その子はだぁれ? 見慣れない人ね……」
ナディアがそう言うと、皆が一様に息を飲んだ。カーラは泣き止み、金髪の少年の顔が歪む。
「お嬢様、覚えていないのですか? 貴女が何をして、どこで倒れていたのかも?」
「どこで……? ごめんなさい、とても眠い……私、まだ寝足りないみたい」
皆の反応を不思議に思ったが、病み上がりの幼いナディアは目を開けていられずそのまま再び眠りに落ちた。
§
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