第19話 弓矢

 細く息を吐きながら、弓を引く。

 十分に引き絞ってから、狙いを定め、弦から手を離す。


 ――ッタン!


 放たれた矢は、あやまたず杉の幹のど真ん中に命中した。


「おー! すごいすごい」


 近くの大岩に座って見物していたノノが、パチパチと拍手する。

 顔や足の包帯が取れたレナロッテは、ノノに買ってきてもらったチュニックとズボンと靴を着用し、リハビリに森へ散歩に出かけるようになった。

 一応行き倒れないように、毎回お守りにノノがついて来ている。

 最近は、納屋にあった弓に新しい弦を張り、これまたノノに買ってきてもらった矢で射撃訓を始めた。初日は弓を引くのも困難だったが、数日経つうちに徐々に昔の勘を取り戻していった。


「うーん、まだまだだな」


 レナロッテは納得がいかない風に右手をグーパーさせる。


「矢をつがえてから放つまでの動作が鈍い。前は飛ぶ鳥も落とせたのに」


「王国騎士って、みんな弓が得意なの?」


 尋ねる子狐に女騎士は笑う。


「訓練は必修だが、苦手な者もいる。私は所属部隊では一番の弓の名手だったぞ」


「でた、レナの過去の栄光自慢!」


「言うだけはタダだから言わせてくれ」


 揶揄するノノにうんざり返す。


「じゃあ、剣は? レナは剣技も巧かったの?」


「剣は四・五番目かな? うちの部隊は猛者が多かったから」


「へえ、じゃあ一番強いのは?」


「隊長だな。あの人はデトワールの鬼神と謳われるくらいべらぼうに強いんだ」


 部隊の仲間は元気だろうか? レナロッテはかつての職場に思いを馳せる。


「じゃあさ、ブルーノは?」


「へ?」


 突然婚約者の名前を出されて、変な声が出る。


「ブルーノも同じ部隊だったんだろ? レナより強かったの?」


 子供に無邪気に質問されて、女騎士は言葉を選ぶ。


「ブルーノは……。あまり軍人に向かない人だった。将軍の家に生まれなかったら、きっと文官か詩人になっていただろう。感性豊かでとても優しい人なんだ」


「つまり、騎士としては弱いってこと?」


 ズバッと切り込むノノを、


「他に良いところがいっぱいあるってこと!」


 レナロッテは巧みに受け流す。

 正直、ブルーノよりレナロッテの方が武力では勝っている。しかし、そんなこと関係ないくらい二人は愛し合っていた。


「早く逢いたいな……」


 ポツリと呟くレナロッテに、意地悪子狐がイヒヒと嗤う。


「もうレナのこと忘れてたりして」


 途端に彼女は流れる動作で腰の矢筒から矢を抜き取り弓につがえ、ノノに向かって弦を引き絞った!


「わわ! こら、人に矢を向けちゃいけませんって、学校で習っただろ!」


 子供は仰け反って抗議するが、軍事学校ではむしろ急所を狙えと教えられている。

 キリキリと弓がしなる。

 レナロッテは瞬きもせず、獲物にまっすぐ視線を固定したまま矢を放った。


「ひっ!」


 ギュッと目を閉じたノノの後れ毛を掠め、矢が通過する。小さな凶器が向かった先はノノの背後のくさむらで……。

 走り出そうと体を伸ばした兎が、真横から心臓を射抜かれそのままの形で絶命していた。


「今日は兎鍋だな」


 快活に笑う女騎士に、


「レナの凶暴女!」


 狐の子供はあっかんべーした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る