魔女の気まま暮らし~元勇者は不老で最強になってました~
Yuyu*/柚ゆっき
第1章 元勇者と元貴族
第1話 勇者は転生して新しい人生を始めた
「ぐぅっ、人間に我が……我が負けるだと。そんなこと、許されぬ!」
傷だらけになった魔王は残った魔力をありったけ右腕に集めている。
「これで、やっと!」
かく言う俺もすでに体はボロボロで、最後の力を手に持つ聖剣に託す。
「負けぬ、我こそが魔王だ!」
「ここで終わりだ!」
俺と魔王はほぼ同時に踏みだして前にでる。
魔王の拳が俺に向かってくるのを見た瞬間になぜだかわかってしまった。
これを避けなければ俺は死ぬ。だが、このまま剣を突き出せば魔王を倒せる。
8年もの長い旅だった。何人もの死をみて、何人もの救われた人たちを見てきた。俺の命でこの世界に平和が訪れるなら。それが勇者としての運命なんだろう。
「うおおおおおお!」
俺はそのまま聖剣を魔王に向かって突き出した。
剣が確実に魔王の心臓を貫いた事を感じ取り、それと同時に耐えようもない衝撃が俺の体を襲う。
「ぐっ、くそっ、くそおおおおお!」
そのまま吹き飛ばされて床に転がった俺の耳に最後に聞こえたのは断末魔とも言える魔王の叫びだった。
思えば生まれてから23年の間、勇者としての使命を背負わされて旅を続けた記憶しかないな。こんな時に思い出す友人や彼女もいない。
なんとも、他人のために使い切った人生だった。だが、勇者なのだからこれでいいんだ。
俺の意識は段々を薄れていき、最後には瞼が落ちると共に暗闇の中に消えていった。
これで俺の勇者としての人生は終了した。
***
次に目が覚めると謎の白い空間だった。
その上で、謎の浮遊感があって手や足の感覚がない。
「あ、目が覚めましたか!」
声が聞こえた方を見ると、謎のピンク色の髪をした女性が立っている。
女性といっても成人してすぐぐらいの見た目だから女子かもしれないけど、どちらだろう。
「何か失礼なこと考えてませんか?」
「女性というべきか女子というべきかわからないと考えていた」
「おばさんとかじゃないならいいです!」
胸を張って彼女はそう言う。一体何者でここは何処なんだろう。
「まあ、ひとまずおはようございます。ワタシは幸福の女神ラクリアといいます! どこかで聞いたことがあるかと」
幸福の女神。たしかに旅の途中でそんな神を信仰する神殿があった気がする。
「たしか、男嫌いで有名な」
「ちっちっ、そこは誤解です! ワタシはあくまで男性にそこまで興味がないだけで嫌ってはいません! むしろ幸福のためには男性も必要不可欠な存在ですからね」
「そうなのか?」
「幸福の形はそれぞれで同性愛などもまた幸せの形ですが、やはり大多数の幸せの象徴といえる結婚は男女である事が多いですからね」
「男の幸せはいいのか……」
「それは別の神がいますから」
神については詳しくないから、すぐには思いつかないが重要なことじゃないだろう。
「それで、その女神様がどうして俺の前に……? 神官になった覚えもないどころか、俺は死んだはずじゃ」
「そこです! 貴方は見事に勇者としての使命を全うして、世界を滅ぼそうとする魔王を相打ちで倒して世界に平和をもたらしました。しかし! 貴方の人生の中を覗いてみれば、あなた自身の幸せは有り得ないくらいに少なかったんです!」
女神は表情がコロコロと変わって最後に悲しそうな目でそう言った。
「魔王には神界としても手を焼いていました。その上で若くして生まれに振り回されて亡くなったあなたに、神達は二度目の人生を与えることにしました」
「は、はぁ……しかし、生まれに振り回されるというのは、貴族の息子とかも同じじゃ?」
「抗う可能性が少しでもあるならいいのですが、勇者は時代に1人しか存在することはありません。なので、もしもその時代の勇者が世界を救わずして死んでしまった場合は、次の時代まで乗り切るか別の世界より勇者と同等の素質を持った人物を呼ばなければならないのです」
「そんなことになっていたのか」
「しかし、貴方は歴代の中でも稀に見るほど自分を犠牲にして、使命を全うしたというわけです」
「それで、貴方達は俺にもう一度人生を与えてくれると」
「そういうことです。本来は記憶などもなくなって新たな存在として生まれますが、記憶をそのままにです。そして、もうひとつとしまして可能な限りの貴方の要求を受け入れたいと思っていますので、何か次の世界で生きていくにあたり要求はありますか?」
要求か。次の人生と言われてもパッと思いつかないが、ひとまず1つは確定だな。
「もう一度勇者をやるのは勘弁してくれ」
「さすがにそれはこちらも配慮していますよ」
「そうだったか」
となると他の要求か。
改めて思い返すと戦い続けて忙しい旅路だったな。子供の時代に生まれ故郷に住んでいる以外だと、最大で1ヶ月の滞在がいいところか。
「穏やかに暮らしていける場所がいいな。それも大きな移動が必須ではない」
「わかりました。転生場所は落ち着いた場所に致します。ですが、これだけだと神でなくとも、最悪定住地を見つければどうにかなる範囲です! もっとこう大きなこととかありませんか? 世界を征服したいとかは無理ですけど」
もっと大きなことと言われてもな。
「じゃあ、不老の体がほしいな」
「不老不死ですね」
「いや、不老だ」
「へ? 不死じゃなくていいんですか?」
「不老だけで寿命で死なない体にしてくれ。死ぬ時は死ぬ体でいい」
死なないということは、それはそれで恐怖だと思う。
どれだけ人と知り合おうとも見届ける役になってしまうし、死にたいと思っても死ぬことができないのは怖い。
それならいっそ死ぬ時は潔く逝ってしまったほうがいいと思う。
「わかりました。では不老の体にしておきましょう。他にはありませんか? 不老不死だと大きすぎてそれ以上が難しくなりますが、不老のみならもう少し与えても問題ない範囲です」
「これ以上は特に思いつかないな。なら、そうだな。勇者時代には魔法の才能に恵まれなかったし魔法の才能が欲しい。その上でいずれかの武器の才能も多少ほしい」
「わかりました。まあ、その他に細々とした役立ちそうなもの付与させていただきますね。あ、いい忘れてたんですけど。ワタシ、転生後の体として女性の体しか作れないのでそこは我慢してください」
「まさかのだな。いや、まあ転生させてもらえるというだけありがたいし、そこらへんは任せよう」
「申し訳ありません。年齢的には成人の18歳くらいの体にしておきますね」
「わかった」
「最後になりますが。転生にはさすがに魂の循環や、人間の体を作り上げるための時間が必要で百年後ぐらいになります。ですので……」
俺はその言葉から言いたいことを察した。
「大丈夫だ。元から別れを惜しんだりまた会いたいと強く願う知り合いはできなかった。仲間となった奴らは幸せに暮らしているか死んだのを見届けたしな」
「ご理解のほどありがとうございます。でが、次に目が覚めたときには二度目の人生となります。こちらで何か不手際が発覚したらワタシのほうが出向きますので、気にせずに楽しんでください。あなたの二度目の人生が幸福であることを」
女神のその言葉を最後に俺の意識は再び薄れていった。
まさか転生して2度目の人生を歩むことになるなんて誰が思っただろう。俺自身未だに半信半疑だ。
まあでも、どうせ死んだ身だ。嘘だったら嘘でそれを受け入れればいいだけの話だな。
***
鳥の鳴き声が聞こえて目を覚ます。
「んぅ……?」
見覚えのない部屋だ。ベッドもかなり良い物だけど、なんでこんな所で俺は寝てたんだろう。
ひとまずベッドから降りて体を伸ばしつつ眠気を覚ます。
カーテンを開けて窓の外を見ると日が差し込んできて緑が広がっている。
「どこだ……あれ、声高いな」
何度か咳き込んで改めて声を出しても変わらない。
そこまできて俺の意識は覚醒して女神とのやり取りを思い出した。
つまり、今の俺は女になっているのか。
部屋にあった鏡の前に立ってみる。そこには俺の感性でいえば下着姿の美少女が立っている。
青いロングの髪で顔は少し覇気がない感じだ。まあ表情と顔は俺の現在の精神的な落ち着きのせいもあるけど。
胸はないわけじゃないけど控えめで、代わりに下半身の太もも含めた肉付きが良い気がする。
「まあ、なんでもいいけどさ」
そもそも、なんで下着姿で寝てたんだろう。もしくは、女神は寝かせたんだろう。
考えても仕方がない。鏡の映るその少女が俺と同じ動きをしている以上は、自分だと思うしかないし、女神の言っていたことと一致する。
「ひとまず着替えかな」
部屋にあるクローゼットを開くとそこそこの数の服がずらりと並んでいる。
その多くはミニ丈や膝丈のワンピースドレスだ。ほかも確認してみると、それに合わせた上着やアクセサリーが多い。
少なくとも元男ということには一切配慮してないことが伺える。
俺がそこまで気にしないでいいと取れる発言したから気にはしないけど。
そしてよく見ると中に巻物が入っている。広げると丁寧に服や下着の着方が描かれていた。
ひとまずそれを見ながら、村娘が着るようなドレスを選んで着替えを済ませる。
「なんか、慣れないな……」
さすがに、スカートの感覚に戸惑いはしつつも部屋からでる。
どうやら宿屋などではなく一件の家のようだ。
今の部屋が自室だとするとここは居間だろうか。奥には1つの家についてると考えると、それなりに立派な調理場もある。
よく見れば加熱石やティーポット等も揃ってる。
「至れり尽くせりすぎて、本当にいいのだろうか」
机や椅子も良い物と感じる。
他の部屋を確認すれば風呂場に空き室1つと倉庫に食料庫がある。
食料庫の中身はそれほどなかったが外を確認すると畑に道具一式、そして種が用意されていた。
これなら肉の類を除けば自給自足できそうだ。
「周りに森があるなら、多少は動物もモンスターもいるか? あとで探索してみるか」
少なくとも、穏やかな生活の条件も満たしてくれそうな環境だ。
畑仕事や自給自足の生活も、ずっと旅していた俺からすれば新しい物になる。少なくともしばらくは退屈せずに済むはずだ。
「よし、ひとまずやってみるか」
一度自室に戻って畑作業に適していそうな服を探し出して着替える。そして道具や種に現在の季節を確認してから、俺は新しい人生の一歩を踏み出した。
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