第7話 ネットサーフィン
(一)
その日、部室には2台のノートパソコンと1台のデスクトップパソコンが並んで置いてあった。
例の行方不明事件がらみのもの、左近寺先輩が手配したらしい。しかし、女子中学生事件については警察の押収品のはずだがここにあるとは…左近寺財閥恐るべし。
「ケーブルを引っ張ってきてネットには繋いである。通信環境は安定してるから、安心して作業してくれたまえ。」
その頃、僕は旧校舎に向かう渡り廊下を走っていた。
遅刻だ、遅刻だ!
ここ数日いろいろあって、つい宿題を忘れ居残りさせられたのだが…
賀茂先輩の怒った顔が目に浮かぶ。
不可抗力ですって…想像の部長に言い訳した。
グラウンドに大きな夕日が沈む。
うん…グラウンドの向こう側にひょろっと背の高い人影が見える。
浅黒い肌に前身白ずくめのスーツ、頭に白いターバンを巻いた姿
あれ、前も確かどこかで…
立ち止まってしげしげと見た。
遠目にも、鼻下と顎に黒々とした髭が蓄えられているのが見える。
中年の男…微笑んでいるように見えるけど…
「堀田君、どうしたの?」
背後から紗耶香ちゃんに声をかけられた。
「いや、あのさ…。」
紗耶香ちゃんの方を一瞬振り向いて、説明しようと向き直したとき、男は再び忽然と消え失せていた。
(二)
遅刻した僕らが部室に恐る恐る入ったとき
先輩たちはパソコンにかじりついていて、入ってきたのにも気づかなかった。
「まだか!」
賀茂先輩がいらいら叫ぶ。
「ちょっと待つがよい。順序よく追いかけないと、こういうものはすぐネットの大海に紛れこんでしまう。」
不潔先輩、じゃなかった入来院先輩が、キーボードをカシャカシャ叩きながら言った。
「うーん…、デスクトップのショートカットの参照先が無い。URLもプログラムも繋がっておらん。これはどういうことか…例えば、何かのきっかけで参照先が消えるようになっているとすれば、デリート専用のプログラムが存在するはずである。」
また、キーボードをカシャカシャ叩く。
ツーと画面上に英字数字の羅列が流れる。
「デリート専用プログラム無し、ネット上には…」
ブラウザを開き履歴を詳細に確認する。
「デリートするサイトに繋がった形跡なし…。そうするとこのショートカット、ひいてはこの3台のパソコンは決定的な手がかりにはならない。」
左近寺先輩が画面に顔を近づけた。
「メール履歴はどうなんだい?このゲームはメールでのみ案内されるようだけど…。」
入来院先輩がキーボードをカシャカシャ叩きながら言った。
「…そんなメールが来た履歴なし、…もちろんゴミ箱、圧縮ファイルにも無し。…メール削除プログラムや…サイトに繋がった履歴なし。」
賀茂先輩が天を仰いでため息をついた。
「八方ふさがりかぁ…。」
フンと入来院先輩は鼻を鳴らした。
「ここまでは普通の天才、ここからが魔法錬士たる我輩の超天才ぶりの発揮だ。」
(三)
「目覚めよ心眼のチャクラ……荘子有楽、胡蝶の夢!」
入来院先輩の額にニュッと一本の筋が入り、ギギギと開いていく。これは……まるで大きな瞳、まさに第三の目だ。その目から光球が飛び出す。まん丸の玉が開き、まるで蝶のように飛び回った。光の蝶は吸い込まれるようにパソコンの画面に入っていく。
「もの全て魂あり、ディスプレイもしかり、写し出したプログラムの記憶は魂に宿る。甦れっ!一昨日の記憶…。」
ディスプレイが、きゅるきゅると次々に違う映像を写し暗転した。
「なんだこれ、真っ暗じゃないか!」
賀茂先輩に左近寺先輩がしっと言った。
「どうやら、ゲームの表示はVR装置にしかされないようだね。」
その間も入来院先輩の指はキーボードを叩き続けている。
「何だこれは…恐ろしい速度、処理速度を無視した超高速でパソコン内にプログラムが構築され、記憶容量すら無視してウィルスのように増殖し、まるで象を食いつくした軍隊蟻のように一瞬にして痕跡残さず消え去っていくっ!これはプログラムなんかじゃない…決して違うものだ。まるで、まるで意思のあるもの、生物のようだ!」
3つのパソコンが同時に火花を上げた。
「危ないっ!」
左近寺先輩が入来院先輩を引き倒した。賀茂先輩も床に伏せ、僕たちもしゃがみこんだ。
ボンッ!ボンッ!ボンッ!
次の瞬間パソコンは勢いよく火を吹いた。
黒い煙が部屋を覆う。
「消火器、消火器!」
賀茂先輩が叫び、僕は廊下の消火器を持ってきて勢いよくパソコンに吹き掛けた。
火は消えたが、残されたのは黒く焦げた泡まみれのパソコンの残骸。
「ちくしょう、駄目だったか!」
悔しがる賀茂先輩、入来院先輩が立ち上がった。
「そうでもないぞ。」
光の蝶がヒラヒラ部屋の中を舞っている。
その足には、焦げたディスプレイにつながる白い糸のようなものを掴んでいる。
蝶はまるで本物のように、入来院先輩の人差し指に止まった。
「Worlds of Lovecraftの手がかり、この超天才が確かに掴んでおる。」
そのとき、廊下でガシャーンとガラスの割れる音が聞こえた。
(四)
「なんだっ!」
廊下に飛び出した僕たちの前に現れたのは…
身長2メーターを越える巨大な影
毛の全く無い黄色い肌は腐臭を放ち、腐った肉から所々骨が覗く。身体は人のそれだが、顔は犬あるいは猫のよう。瞳の無い黄色い目がキョロキョロ動く。耳まで裂けた口からヨダレがボタボタ落ちた。
「グール!」
あろろろろろろろっ!
叫んだ賀茂先輩に三本指の鉤爪が襲いかかる。
賀茂先輩は後ろに飛び退き、月のチャクラ・安倍晴明を召還する。
「光矢!」
シュシュシュッ
数本の光の矢が怪物の胸を貫くが平気な顔
「なんてタフな奴だ!」
あろろろろろ…
賀茂先輩は鉤爪を転がって避けた。
「お兄さまっ!」
紗耶香ちゃんが叫ぶ。
「ごめん、緑のチャクラは屋内では発動できない。」
えええっ!僕は入来院先輩を見た。
「我輩のチャクラは、見ての通り戦闘向きではない。」
左近寺先輩がウィンクした。
「でも大丈夫、グールごときにやられるようじゃ魔法大戦部の部長は務まらない。」
賀茂先輩が飛び上がりながら印を組んだ。
「月の光よ、集まって我が剣となれ!」
右手に光が集まって伸びる。
「きたれ魔を滅する光の剣、…鬼斬丸っ!」
右手の光が輝く曲刀に見えた。
さっと振り下ろすと光の玉が散る。
光の刃は、怪物の右肩から左脇腹にかけて斬り下ろした。
あるるるるるるる…
辺りに大量の血の腐汁が飛び散る。
怪物は崩れ落ちると同時に、強烈な臭いを発する泥の塊と変化した。
「グールは人や動物の死体を特殊な泥で混ぜて造る魔法生物だ。それも縄張り以外では単独行動出来ない。こんなところに襲ってくる以上、怪物を操る術者が近くにいるはずだ。」
ここまで聞いてあっと思った。グラウンドで見た男…
以前、沼で蛙人が襲ってきた直前も奴がいた。
僕はその事を先輩たちに話した。
とたんに賀茂先輩と左近寺先輩の顔が緊張に歪む。
「全身、白いスーツに白いターバン…。長身の男。」
「浅黒い肌に髭…もし、それが本当なら。」
賀茂先輩のこめかみを一筋汗が伝った。
「まさにとんでもない大物…僕らの手に負えないこと決定だね。」
左近寺先輩は深刻な表情で目を閉じている。
またまた二人の世界…新入部員にもわかるように説明してくださいよー。
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