第24話 グランドクロス

 それは惨状の前触れを告げる行為だった。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」

 地鳴りのような雄叫び。

 突如として漆黒の刃が影の中から、仕掛け絵本のように次々に飛び出してきた。

 予期せぬ急襲といえる。

 当然、ガードする術などはない。

 回避する、しか。

「わ、ああああああ、あああああああああああっ!」

「ああああ!」

 リック、七川の腕を一振りのうちに切り落とそうとする死神の鎌。

 かすめる鎌。飛び散る鮮血のひとすじ。

 咄嗟の回避で、ぎりぎり腕を失うことは避けられたらしい。しかし、完璧には対応できず、七川とリックは肩から腕にかけて、手痛い一撃をくらうはめになった。

「カカカカ」

 5人の目前で再び姿を現した、仮面の異形兵は細腕に鎌を携えてけらけらと笑った。

 そして、闇の中へと再び沈んでいく。

 どうやら、先の火炎弾で死んだのは飛竜のみで、それを操縦していた異形兵のほうこそが厄介な敵だったらしい。

「あの野郎……、くっ」

 リックは荷物から特殊包帯を取り出すと、止血するためにぐるぐると腕に巻きつける。

 そして、これをそのまま七川に投げた。

「う……ぐ、ありがと」

 七川も止血用の包帯を手早く巻いて応急処置とする。だが、肩から腕にかけての激痛は変わらない。

 リック、七川ともにやられたのが利き手でなかったのは幸いだが、問題はうまく武器を使えるかどうか。そして、ここを全員、生きて抜けられるかどうかである。

「く、何か良い策はないか。今のうちに、こちらも手を打たないとやつの大鎌一閃で今度は取り返しのつかないことになるかもしれない」

 リックの発言に他の4人も小さく頷いた。

 続いてグリモワが、

「やつは闇の中を自由に動けるのだと見た。本来なら雑魚に過ぎないが、闇を泳いでいるうちはやっかいだナ。いまはこの微妙な緊急ライトが生きているからいいんだが、これが全て破壊されて完全な暗闇ともなればワタシたちの負けも十分ありうるぞ。最初に車両のライトを全破壊しやがったのも、やつの能力を生かす狙いがあったのか。……痛い手をやられたものだ」

 と、辺りの大部分を覆う漆黒に視線を向ける。

「…………」

 確かにグリモワの言うことはもっともだ。

 敵は光にさらけ出されることを苦手とする一方で、闇の中ではその脅威をいかんなく発揮してくる。

 おまけに人影などに擬態することも可能であるらしい。

 早めに手を打つべきであろう。

「さて。ではボクたちの出番ですかね、姉サマ」

「そうだね、キアラ。ぶっ放すよ」

 そうこうするうちに、キアラとシアラが意を決したかのごとく懐からソレを取り出す。

「あ、それは」

 見覚えのあるソレに、七川が反応する。

 メイド姉妹が取り出したのは、宗教徒が祈りをささげるのに使う一般的なロザリオに宝石が埋め込まれたものだ。

 これで賢狼の娘たちは必殺技を繰り出すのだ。破邪の祈りを込めて……。

 どちらにしろ、彼女たちにも獣人の確固としたプライドがあるだけにここは引くに引けない状況である。

 シアラとキアラの眼帯は外されて、少女たちの瞳は爛々とした狂気的な光を放ち始めていた。

 もはや準備は整ったらしい。

「「いきますか!」」 

 彼女たちがお互いに顔を見合わせた時だった。

「カカカカ! コレデオワリダ!」

 突如、敵の笑い声が響き渡ったかと思えば周囲の復旧ライトの灯りが全て消えた。

 どうやら全ての復旧ライトを破壊するという、最悪の作戦に出たらしい。

 闇の訪れ。

 これで相手は水を得た魚と同様だ。

 しかし、タイミング的にはリックたちに分がある。

「…………」

 間にあった。

 深淵を一点の曇りなく照らす破邪の光が。


「おおお、賢狼神よ!」

 ――キアラは賢狼神に祈った。


「信仰踏みにじられ、路頭に迷いし我ら姉妹を救いたまえ」

 ――シアラが十字を切った。



「「秘儀……。グランド……クロス――」」

 


 巨大な十字の輝きが車両を刹那に通過していった。

 真昼のように、ぱっと明るくなる車内。

 この破邪の光によって、それまで闇の中でうごめいていた死に神が5人の面前に炙り出された。

「ギギギ、ギ……ギェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 すさまじい威力の十字閃光をその身に浴びて、一時的に動きが封じられた飛竜兵。

 しかし、これで終わった……、ともいえないようだ。

「……オノレエエエエエ」

 ありえないことに、一部が欠けた大鎌を杖のように使ってその場に立ち上がった。

 恐るべき執念によるものだといえる。

「弱者に鞭打ちは好きじゃないけれど、仕方ないね」

 様子を見ていた私立探偵が、ギリリッと回転式拳銃(リヴォルバー)の撃鉄を起こす。

「さっきのお礼、しとこうか」

 程よく手入れされたリヴォルバーが火を噴いた。

 ――――パパパパパ、ン!

 計5発。

 連射。

「……オオオオオっ、あぐあ」

 飛竜兵は、踊るようにして銃弾を身に受ける。

 その場に崩れ落ちたところで。

「とどめだ。この野郎!」

 近づいたリックがマスケットの銃底で、怪物の頭をフルスイング。

 ――――ドゴッ!

 クリーンヒットで、敵の脳漿が周囲に散って。

 敵の息の根を、止めた。

「…………ふぅ」

 車両での死闘が幕を閉じると、リックはようやく安堵してひと息つき額の汗をハンカチで拭うのだった。

 

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