第55話 植木青菜の普通のパンチ
意気揚々と敵のいなくなった本陣に突入したつもりが、普通に敵さんが残っておられて、挙句その人たちがみんな中ボスクラスに見えます。
さらに悪い事に、マスターの姿が見えません。
これでは、マスターを解放してそのまま戦力にするという作戦すらも発動できそうにないという悲しい現実。
邦夫くん。
お元気ですか? 今、何をしていますか?
お豆腐屋さんのアルバイトは順調でしょうか。
来週の金曜日にモンハンする約束は果たせそうにありません。
出来ればガンランス片手に今、ここに来てくれませんか。
「おう、
はい。すみません。間違えました。
「悪さをしているのはあなた方なのでは? 人の家族を誘拐しておいて、その言い分は通らないと思いますけど」
心の中では平謝り。
だけど口では超強気。だって、悪に屈するのは『花園』の流儀に反しますから。
「ほぉ、
「その筋をへし折りに来たんですよ。僕たちは」
とりあえず、悪い人と舌戦を繰り広げてみました。
これは、僕の作戦なのです。
芹香ちゃんか、蘭々さん! 早く中に突入して来て下さい!!
すると、耳に装着している通信機からたんぽぽちゃんの声が!
来ましたか!?
『青菜ー。ごめん、外が結構大変でさ、ちょっとララ姉もセリ姉も、そっちに行けそうにないやー。どうにか青菜だけで5人やっつけられそう?』
来なかった!!
代わりに絶望のお知らせが届きました。
もうダメだ。母さん、最後に会えて良かったです。
『おーい! 青菜ー? あれ、ちゃんと生体反応するんだけど、どしたー?』
「あ、うん。軽く絶望してたかな。あと、親孝行もっとしておきたかったなって」
『なんで諦めてんの!? もー。仕方ないなぁ。青菜の背負ってるボディバッグあるじゃんか。さっき車から出る時に渡したヤツ!』
「ああ、あのダサいヤツ? うん。持ってるよ。スポーツドリンク入ってるんでしょ?」
『ダサいとか言うな! 青菜のバカ、バカバカ!! その中に、秘密の武器入ってるから、出して、出して!』
「本当に!? それは助かるなぁ! ……うん」
僕がゴソゴソしている間も律義に待ってくれる悪い人たち。
多分この人たちは、仮面ライダーが変身する時にもちゃんと手を出さないでいてくれるタイプの悪い人たち。
そして僕が手にしたのは、なんかの棒でした。
プラスチックの質感が「自分で殴りかかっても折れますんで!」と正直に告白してくれている。
「そろそろ覚悟は決まったんかいのぉ? ほいじゃったら、ワシらも手ぇ出させて
悪い人が2人、こっちに歩み寄って来ます。
見るからに普通な僕を相手に、2人がかりとか、やっぱり酷い人たちだ!!
『ウチ特製の武器、持った?』
「うん。クイックルワイパーみたいなヤツでしょ? 持ったよ……」
『手元にスイッチ2つあるでしょ? 青い方押してー!』
推せと言われたら押しますけど。
ポチリとやったら、ガシャガシャと音を立ててクイックルワイパーが変形していく。
そして、僕も知っている武器の形になりました。
さすまた! さすまただ、これ!!
ただ、待ってください。
さすまたって、昔はゴリゴリの打撃系武器だったでしょうけど、今の世の中では相手が単独の際に活躍するアイテムですよね。
「おう、
「かーっはは! おもろいのぉ! 何しに来たんじゃ、おどれぇ!」
とりあえず構えては見たものの、多分何の意味もないですよね。
ああ、そんな事考えている間に、先端を掴まれてる!!
『おー! チャンスじゃん! 赤い方のスイッチ押してー!!』
「もうどうにでもなれ! そぉい!」
「ひゃげぇぇぇぇぇっ」
「お、おお、おどれぇ!? 何してくれとるんじゃあ!?」
僕に聞かれても!! こっちが説明を求めたいですよ!!
なんかよく分かりませんけど、悪い人Aが痙攣して、泡吹いて倒れました。
僕は速やかにたんぽぽちゃんに質問します。
「これ、一体何なんだろう?」
『ウチ特製の電流さすまた! 伸びるスタンガンみたいなものだよ!』
また、うちのサイバー担当、どえらいものを作っておられる。
一撃必殺の武器を手に入れてしまいましたよ。
「お、おう、待て! ちょう待てぇ!! おどれ、そりゃあ反則じゃろうがい!!」
「悪人に対する慈悲はなしってうちでは決まっているので。失礼します!!」
「ひぃばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
この僕がヤクザっぽい方を2人も撃破。
改めて、すごいなぁ、たんぽぽちゃんって。
「こらぁ洒落にならん! オレぁ黒焦げはごめんじゃあ!!」
「おう、待たんかいボケぇ!! ……お頭。ワシも失礼させて頂きやす!!」
そして2人が外へ逃走を図る。
そっちはヤメた方が良いと思いますけど。
「あーおーなーさーん!! お待たせしましたぁ! 邪魔ですよ、あなた! ドーン!!」
「なべっすっ」
「お姉ちゃんは疲れちったよー。ヌンチャク振り回すのも大変だねー。よっ!」
「ひゃぁおっ」
だから言ったのに。
三姉妹の物理担当と、起きてる時は最強格が揃い踏み。
そっちは地獄に通じているようで、チラリと見える2人の後ろには、うず高く積まれた半グレ、全グレ、チンピラ、ヤクザのサラダ盛りが。
「あの、最後に残ったのはあなただけですけど、どうします?」
5人いた悪い人の中で、最年長っぽい人が取り残されております。
僕も、いかに相手が悪人でも、50歳手前くらいの人に電流ビリビリ棒を突きさすのはちょっと気が引けるんですよね。
「舐めとんのか、おどれぇ! ワシは
突進してくるラスボス。
「青菜さん、下がってください!」
「お姉ちゃんがやろうかー?」
ここで2人に頼るのは、さぞかし楽でしょう。
しかし、いつまでもそんな事をしていては、僕の成長はないのです。
電流さすまたを地面に置いて、僕は握り拳を作り、腰を落とす。
そして、思い切り振りかぶったら、気合と一緒に相手の顎めがけて打ち込む!
「そぉりぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!」
「ぐぇっ! がぁぁぁぁぁっ」
僕の腕が取れるんじゃないかと思うくらいの反動が、相手をぶん殴りましたよと脳に信号を送る。
僕は初めてこの身一つで相手を倒す事に成功したらしかった。
バールに頼らず、たんぽぽちゃんの秘密道具にも頼らず。
これで、少しは3人と肩を並べる資格を得る事ができたでしょうか。
「わぁー! 青菜さん、ナイスパンチですよぉー!! すごい、すごい!!」
「うひゃー。これはお姉ちゃんも予想外だよ。やるねー、青菜くん!」
『ウチも見てたよー! 青菜、カッコいいじゃん! ヒューヒュー!!』
僕は未だに痺れて感覚のない腕をプランプランさせながら、反対の手で頭をかく。
なんだか、三姉妹に褒められるのはむず痒いですね。
「どうにか、僕も一人前とは言えませんけど、3分の1人前くらいにはなれたでしょうか。それもまだ早いですかね。ははは」
僕に抱きついて来る芹香ちゃん。
あくびをしながら手を叩く蘭々さん。
車の中で歓声を上げるたんぽぽちゃん。
そして、倉庫の奥からパチパチと手を叩きながら手でくる影が1つ。
その筋骨隆々なシルエットには猛烈な見覚えがあり、お花のエプロンがはためいているのは、その人の証明でもあると思われました。
「見事だったわよぉ。青菜くぅん。全部見せてもらっていたわぁ!」
マスター登場。
すみません。どういうことですか?
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