第16話 カスタムロボ
ミッションを受けたトウラとマキナは格納庫エリアへと移動した。
プレイヤーが拠点エリアにいる間、ギガスはこの格納庫に格納されており、機体関連のカスタマイズを始め、フィールドやイベント等の出撃もここから行う。そして、帰還の際は、各拠点入口の発着ポートにギガスが乗ることで格納庫へ自動転送され、搭乗状態も解除される。
つまり、ギガスの乗降も発着も、データ的な転送処理のみで表現されるのだ。
「残念よね。陸戦ロボだからカタパルト出撃求めるのはアレだけど、コクピットのハッチ開閉ぐらいできてもいいのに」
「そこは重要なのか?」
「重要でしょ!」
「お、おう」
格納庫はプライベート・エリアであり、編成状態によって自動で区分けされる。現在、トウラとマキナはパーティーを組んでいるため、共用の格納庫を割り当てられていた。
二つ並んだハンガーデッキに、それぞれ配置された互いのギガス。
マキナの愛機である深紅のギガスと、そして、昨日にトウラが手に入れた灰色のギガスである。
灰色の機体は見た目こそ鎧武者然として厳ついものの、紅い重量機体と比べれば体格はひと回り小さい。あの尋常ならざる機動性といい、フレームは軽量機なのだろう。
「そういえば、キミが最初に乗ってた機体って、どういう扱いになってるの? まさか消えちゃってる?」
「いや、消えてはおらん。昨日試したが、そこの〝こんそうる〟で機体選択を選んで呼び出せた」
トウラが整備コンソールを指し示せば、マキナは得心し頷いた。
「じゃあ、純粋に二機目として入手した形なのね。まあ、ゲームとして当然といえば当然だけど、運営も気前いいわね」
マキナ曰く、通常はギガスの所持枠──正確には〝コア〟の所持枠であるのだが──を増やすには、課金が必要であるらしい。
なんにせよ、トウラとしても初期機体が残っているのは喜ばしかった。せっかく妹が用意してくれた機体であり、短い時間ながら共に戦った相棒である。あのままお別れでは寂しいというものだ。
トウラは感慨を抱きながら、その上でなお、眼前に立つ新たな機体を見上げて思う。
あの白銀PKとの戦闘中に入手した特殊なギガス。
だが、鞘込めの刀という武装に、それを振るう生物的で柔軟に過ぎる運動性はハッキリと特殊。なにより、プレイヤーの動きとそのままシンクロする操縦方法は、システムレベルで別物だ。
トウラは最初の機体に愛着がないわけではない。
しかし、剣士としてGTCに臨むのならば、この新たな機体が要であるのは揺るぎない。
整備コンソールから開いた機体データ。
その識別表示は【HCT-009-Briareos[Shanaoh]】とあった。
「これが、このギガスの銘なのだよな?」
「そうよ。ほら、これがわたしのギガスのデータ」
マキナが表示させた機体データ。
識別表示は【TTN-Kreios[Laksmana]】とある。
「……てい、てい、えぬ……の、けい…………」
「〝クレイオス〟よ。角カッコの中は〝ラクスマナ〟。最初のTTNは〝タイタン〟の略で、単にギガスのことみたい。ハイフン……横棒の後はフレーム、要するに機体の基礎種別よ。重量、中量、軽量の区分があって、このクレイオスは重量級のひとつ。で、ラクスマナは純粋に機体名ね」
「ふむ、では、このシャナオウは──」
「TTN以外で始まる上に番号付きで、フレームは……ブリアレオスって読むのかな? 分類は軽量級だと思うけど、初めて見るフレームだわ。単にわたしが知らないだけかもだけど。まあ、手に入れた時の演出といい、隠し機体っぽいわよね」
普通に考えればそれが然り。
だが、実は本来データにはない謎の現象に巻き込まれたとか、ゲーム世界が異世界と繋がったとか、そんなファンタジーな展開をマキナが少なからず想像してしまうのは、フルダイブVRというあまりに真に迫った環境ゆえか? あるいは、彼女もまた中二の病を引きずっているだけかも知れない。
「あ、そうだ」
マキナはふと思いついた様子でメニューウィンドウを開き、基本アプリからフォトモードを起動する。ワイヤーフレームで構成された疑似カメラを灰色の武者ギガスに向けると、シャッターを押した。
撮影したフォトデータを確認して「ああ、やっぱり」と、得心する。
「画像が公開不可になってる。隠し機体で間違いなさそうね」
「ふむ、つまり、こいつの情報は、口外すると運営側に罰されるのだな」
「いえ、メディアやSNS……えっと、ゲーム外で公表したり喧伝したりするのがダメなだけで、ゲーム内で普通に話す分には平気よ」
「左様か」
「さようです。だから、手に入れた時のことをわたしに教えるのは、全くもって問題ないわ」
紅い瞳をキラキラさせた素敵な笑顔て言い切るマキナ。
「……つまり、知りたいのだな」
トウラは頷き、自身のメニューウィンドウを開くと、アチーブメントのリストを呼び出して示した。
「あの時、この〝剣帝八翼〟という実蹟を解除した途端、周囲が真っ暗になったのだ」
「ごめん、コンソールとかと違って、個人のメニュー内容は設定変えないと他のプレイヤーには見えないの。解除条件は?」
「ああ、そうなのか。条件は……〝射撃された銃弾を捕捉した上で、切断属性にて破壊〟……」
「うわ、なにそれ」
マキナは驚愕と戦慄が入り交じった様子で頬を引き攣らせる。
条件は元より、それを実行できたトウラも尋常ではない。
「暗闇の中、女性の声で〝シャナオウを解放する〟と言われて、それから問い質されたのだ。妙に人間味のない冷たい声で〝なんじはモノノフでありや?〟……と」
あなたは
「それがしは──」
「〝違う〟って、答えたのね」
「ッ!? なぜ、わかったのだ……?」
いかにも驚いたトウラに、マキナは少し困った風に苦笑う。
「だってキミ、武士とか侍とか言われるの、イヤそうにしてたから」
そもそも、その痛ましいほどに凍りついた表情が気がかりで、だからこそマキナはトウラを突き放しきれずに、ズルズルと流されてしまっているのだ。
そんな彼女の内心など知らぬトウラが浮かべたのは、虚ろな作り笑い。それは、やはり、痛ましいほどに深刻なもので──。
「そうか、傍目にもそう見えていたとは……、我ながら未熟なことだ」
微かに語尾を濁らせた呻きは、露骨に自嘲めいていた。
彼には彼の事情があり、悩みがあるのだろう。そして、それは武士道とか剣術とかの古めかしい事柄に根づいているようだ。
なにせ、トウラの言動は演技ではない、全くもっての〝
さっきは謝罪し損ねたが、改めるなら今かも知れない。
そう思ったマキナは、気を取り直そうと深呼吸して──。
ふと、今さらながらにシャナオウの状態に気がつき、首をかしげた。
「……あれ? もしかしてこの機体、修理してないの?」
マキナが疑念もあらわに見やるのは、シャナオウの頭部、猛禽の兜から半分覗く鬼神の顔である。
昨日の戦闘で右半分を砕かれた頭部装甲が、砕けたままなのだ。
「ああ、それがな、修理はしてみたのだが……」
トウラがコンソールから修理コマンドを選ぶ。表示された不可解な内容に、マキナは思わず顔をしかめた。
「……なにこれ? どういうこと?」
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