第10話 Mortal Fantasy
濃灰のギガスが黒翼を羽ばたかせて斬り込んでいく。
白銀のギガスは微動だにも揺るがず、右手のライフルで迎え撃つ。
弾ける銃火と銃声に、澄んだ斬撃音が重なった。
走り様に振り下ろされた翡翠色の剣閃と、左右に割れてこぼれる破砕エフェクトの欠片。
「ククク、やっぱりか、オマエ、銃弾を斬っているな」
白銀ギガスから笑声が流れる。楽しげな期待を込めた声。
続いて響いた銃声は、銀の左手が構えたハンドガン。刀を振り下ろした直後の硬直を衝いたスナップショットに、灰色の鴉天狗は被弾エフェクトを弾けさせて失速する。
体勢を崩したところに撃ち込まれる連射撃。
鴉天狗は胸元のコアを輝かせて奮い立ち、黒いスラスター光を噴いて横にロール回避。その転身の勢いを殺さぬままに地を蹴りつけ再突進する。
瞬く間に距離を詰めて踏み込んできた灰色の機影を、白銀ギガスは歓声で迎え入れた。
「なんだそれは! オマエ、速すぎだろう! クハハハハハハハハ!」
嬉々と笑いながら、弾切れになったハンドガンを激烈に振り下ろす。
猛禽の頭部を狙った銃把の鉄槌、激しいエフェクト光が弾けた。だが、それは赤いダメージ光ではなく、黒いスラスター光だった。
打撃を読んでいたトウラが最小の体捌きで回避を成功。着地の踏み込みも力強く、反撃の翡翠刀を振り放つ。
横薙ぎに閃いた三日月エフェクトは、しかし、それが届く前──否、放った時点ですでに白銀の機体は全速で退いていた。
攻め手を読んで
白銀ギガスは後退しながら、引き撃ちの形でライフルを構える。
白銀ギガスのプレイヤーは断じていた。
刀を大振り抜いた体勢のトウラが、この一撃をしのぐのは無理だと。
然りである。
格闘戦において、渾身に任せて振り切った一挙動の遅れは致命的だ。それは生身もギガスも変わらぬ道理であり術理。
ただし、大きく振り切っていたのならばの話である。
「うぉ──ッ」
白銀ギガスのプレイヤーが思わず呻いたのは、収束していくターゲット・サークルの中に捉えた鴉天狗が、翡翠刀を振り切ることなく、腰だめの刺突に構えていたからだった。
「真結月封韻流〝
口上とともに八翼が噴き上がり、灰色の猛禽が急襲する。
雷電光──それは薙ぎ払いの半ばにて、さながら綱引くように剣柄を引き寄せ身をねじり、その反動を刺突に乗せて解き放つ型。払いから刺突、線から点への稲妻のごとき変則軌道は、白銀ギガスのプレイヤーの想定よりも一挙動速く、翡翠の切っ先が一直線に迫りくる。
攻防に読み負けた。
そう悟った白銀ギガスのプレイヤーはサークル収束を待たずにトリガーを絞ったが、すでに灰色の機影は銃口よりも内側に。弾丸は虚しく彼方に消え果てた。
刺突一閃。
とっさに回避しようとした白銀の機体を、雷電の切っ先が
「ぐぅ……ッ!」
衝撃にこぼれた呻き。
白銀の肩口を貫いた翡翠刀。その刃に、白銀ギガスは右手ライフルの銃身を叩きつけた。
刃を払い除けるためではない、折り砕くためでもない。
ライフルの長すぎる銃身を、切り詰めるためだった。
甲高い音色を奏でて、あやまたず斬り落とされたバレル部分がデータ片となって砕け散る。
「むッ!」
トウラはすぐに察して翡翠刀を動かすが、白銀ギガスはそうはさせぬと鴉天狗を抱え込み、
もがく灰色。
抑え込む白銀。
銃声。
破砕音。
激しいダメージエフェクトの赤雷光は、鴉天狗のコア位置ギリギリにて爆ぜる。
衝撃の中、どうにか拘束を跳ねのけた灰色と、さらなる銃火を浴びせようとする銀色と──。
そして始まる風音と爆音の協奏劇。
黒光を噴き上げて斬りかかる灰色の鴉天狗、その動きはまさに目にも留まらぬ凄まじき高機動。
だが、その猛攻に、白銀の騎士は目に見えて対抗する。
細かい機体制動で身をかわし、ライフルの銃把で打ち払い、構えた盾で弾いては、荒れ狂うモノクロームの
光と闇のスラスター噴射が螺旋を描いて絡み合い、乱交錯する剣閃と銃火が、雷光と火花を盛大に撒き散らす。
なにがどうなっているのか、傍観しているマキナにはわからなかった。外野から観ているのにわからなかった。それほどに複雑で目まぐるしい攻防だった。
そして、ひときわ激しく弾けた血色の雷光。
二機のギガスは反発するように大きく吹き飛び、それぞれ砂塵を巻き上げながら地を滑り着地する。
再び遠間に対峙した灰と銀。
濃灰色の鴉天狗は翡翠刀を正眼に構え立つ。その腹部装甲は砕け割れ、激しいダメージエフェクトの火花を散らしている。
対する白銀のギガスは──。
「ふん、まいったな……」
低い呟きが、外部音声にてこぼれ出た。
斬り飛ばされた白銀の右腕が、衝撃も重苦しく地面に落ちる。それはすぐにデータの欠片になって砕け散り、握り締めていたソードオフ・ライフルだけが残された。が、しかし、それもまたバチバチと赤いダメージエフェクトに包まれた半壊状態。無茶な使い方をしたので当然ではあるが、もうまともに撃てそうにない。
白銀ギガスに残っている武装は、右の大盾と、左手の弾切れハンドガンのみ。
「なんだよ、大ピンチじゃないか、ククク」
続けて白銀ギガスからこぼれ出た声は、それでもハッキリと笑声であった。最初はあんなに無感動に冷め切っていたのに、実に楽しげに笑い続けている。灰色の鴉天狗と対峙してから──正確には、トウラが剣技をもって戦い始めてから──つまりは、その牙を剥いてからだ。
互いに牙を剥き、それを相手の喉笛に突き立てようと、せめぎ合い、しのぎ合う。
やるか、やられるか、それこそが──。
「ああ! そうだ! これが、これこそが戦闘というものだ!」
白銀ギガスから響いた感極まった叫び。
腹の底から張り上げ、心の底からわき上がった歓喜の雄叫び。
対するトウラもまた高らかに「応!」と咆える。
「まさしく! これぞ戦闘である!」
気炎万丈、鴉天狗の双脚が激しく地を蹴った。黒光を噴き上げながら、刃を斜め後方に引きずるような構えで速駆ける。
急速に迫りくる猛禽に、白銀ギガスは真っ向対峙のままハンドガンをリロード操作した。銃把から空マガジンが排出され、空中に新たなマガジンが実体化する。本来なら右手があるはずの位置に現れたそれに向かって、銃を握る左手を振り下ろす。マガジンが銃把に収まる音はガツンと頼もしく、流れのままに装填スライドを大盾の横縁に引っかけてコッキング、初弾を薬室に送り込んだ。
片手リロードは曲芸めいて高速に成功。
灰色の猛禽との間合いは、まだ詰まっていない!
白銀ギガスのプレイヤーは気炎を上げた。
「さあ! 戦闘だ!」
再度の宣戦布告は最高潮に高らかに、白銀ギガスは構えた銃口を切っ先のごとくに突き出して狙いを定める。ロックオンの収束など待ちきれぬとばかりに、マニュアル照準でトリガーを絞りまくった。
立て続けに弾ける銃火。
対する剣閃もまた縦横に走る。
灰色はハンドガンから放たれる連射撃を打ち払いかわしながら、急速に駆け抜けて間合いを喰い潰す。
白銀もまた力強く踏み込み、勢い右の大盾を前に出した。機体背面からスラスター光が噴き上がり、白銀の進撃が加速する。
迫る大盾の体当たりに、対する鴉天狗は両手で握り締めた翡翠刀を大上段に振り上げた。
「真結月封韻流──」
真っ向から振り下ろした一刀が、大盾を唐竹割りに両断する。
分かたれた白い防壁、その狭間を殴り抜いて飛び出したのは、ハンドガンを構えた白銀の左手。盾を割られることなど先刻承知と突き出された銃口が、鴉天狗の頭部に──その半分覗いた鬼神の顔に狙いをつけた。
「クハッ!」
白銀ギガスから響いた笑声は短くも高らかに、勝利の確信をもってトリガーを引き絞った。
響いた銃声。
しかし、着弾の赤雷は弾けない。
鴉天狗は瞬に身を伏せていた。
否、伏せたのではない。そもそもから刀を振り下ろした勢いのままに前方宙返っていたのだ。総身を丸め、四肢を縮め、あたかも我が身を車輪と化すように、
「──〝
豪速に回る斬撃の大車輪。風車の羽根は翡翠色に輝いて、白銀ギガスの左腕をハンドガンごと断ち割った。
「お、おぉッ……!?」
爆発する部位破壊エフェクト。
呻きたじろいだ白銀の眼下には、ひざまずくように着地した灰色の姿。
割れた仮面の隙間から、鬼神の眼光が煌と見開いた。
「狙いを定める!」
会心のロックオンに黒翼が羽ばたき、翡翠の斬光が閃き走る。
立ち上がり様に斬り上がった剣刃は、狙いをあやまたず敵を裂き、大きく弧円を描いて振り抜かれた。
剣閃は瞬にひるがえって鞘へと収まり、澄んだ鍔鳴りが黄昏に響く。
居合に構えた残心の間はひと呼吸、鴉天狗はゆるりと剣柄から手を離して身を起こした。
仁王立つ灰色のギガス。
その眼前で、白銀の首無しギガスがぐらりと傾いた。
切断された頸部から弾ける赤雷光。ダメージエフェクトの光が血しぶくように噴き上がるそのさらに上空で、
「……
トウラの粛とした宣告。
それはどこか名残を惜しむように寂しげに──だが、そんな感傷めいた空気を打ち払うように、高らかな笑声が大きく張り上げられた。
「クハ……ハハハハハハハハハハ!」
笑声は眼前の白銀ギガスから。
両腕を失い、頭部を失い、全身から血色の火花を撒き散らしながらも、白銀の機影はなお倒れることなく地を踏み締める。
「なにを勝手にひたっている! なにが殺撃だ! オレはまだ歴然と生きているだろうが!」
抗議の声はさらに高らかに、そしてなによりも楽しげに、激しい昂揚のままに響き渡る。
「腕が砕けた、首が飛んだ、だが、オレはまだ動ける! この身でブチ当たり、この脚で蹴り倒し、オマエのコアを踏み潰してやろう! クハハハハッ! ハハハハハハハハッ!」
歓喜の叫び、否、それはもはや狂喜と呼ぶべきか?
ギガスの頭部はメインカメラを担っている。今や白銀ギガスのメインモニターは真っ暗だ。
それでもなお戦おうと、白銀ギガスは笑声を響かせながら前に出る。
「なんなの? コイツ……!?」
マキナが本気の怖気をもって呻いた。彼女には理解不能だったのだ。
なにをそんなに熱くなっているのか?
なにがそんなに駆り立てるのか?
確かにGTCは面白いゲームだ。多くのプレイヤーがギガスのバトルを楽しみ、白熱し、興奮し、やり込んでいる。だが、この白銀ギガスのプレイヤーの様子は、そんな大多数とは明らかに違う。取り憑かれたようにという表現そのままの狂い振り。
どうしてそこまで?
これは、ゲームではないか!
だが──。
「ふ──ふはははははッ!!」
疑念に惑うマキナをよそに、トウラが歓喜の笑声を上げて身構える。
なれば、白銀ギガスのプレイヤーは、なお高らかに歓声を張り上げた。
「さあ、戦闘だ! オマエの牙を、もっと! もっと! オ────」
張り上げられていた叫声が唐突に途切れ、白銀ギガスが硬直する。
突然の沈黙と停止は、思いの外に悠長に──。
結局、それらは再起することなく、白銀ギガスはノイズめいたエフェクトに包まれ、消え去った。
「ぬ?」「え?」
トウラとマキナが同時に呻いた。
目の前で起きた事態を理解できずに驚き惑う。
まるで電源の切れたモニター映像がプツンと途切れるように、忽然と消え果てた白銀ギガス。見回せば、落ちていた破損ライフルも消えている。ならばそれは、そう、普通で考えれば答えはひとつだった。
「ログアウト……したの?」
マキナは呟いて、だが、釈然とせずに眉根を寄せる。
あれだけ盛り上がっていながら、急にゲームをやめるとは思えない。
ならば、当人の意思ではない切断か? 例えば回線異常? とはいえ一世代前ならいざ知らず、フルダイブVRが一般化した現代で回線落ちだなどと、少なくともマキナは覚えがなかった。
ならば、端末機器の不具合か? 否、むしろ正常に機能しているがゆえかも知れない。フルダイブVRシステムにはその性質上、プレイヤーのバイタル管理機能が必須で備えられている。それによる緊急シャットダウンが起きたのではないか? すなわち、システムが危険と判断するほどに、あの白銀ギガスのプレイヤーは熱く昂ぶりすぎたのではないか?
可能性としては実に有り得そうだった。それほどに、あの高まりっぷりは狂戦士じみていた。
まあ、居なくなった理由がなんであれ──だ。
「今の内に行きましょう」
マキナは吐息混じりにそう呟いた。
トラブルによる切断であれば、すぐに再ログインしてくるやむ知れぬ。
あんなイカレた
灰色の鴉天狗は立ち尽くして動こうとせず、通信ウィンドウに映るトウラもまた茫然と──。
その表情は、マキナになにかを連想させた。
気が抜けたようでいて、どこか危うい表情。
「……ああ、そうか……」
マキナは思い至り得心する。
「……オモチャを取り上げられた子供だ……」
唐突に楽しみを奪われて、まだ遊びたいのだと泣き出す寸前の子供の様相──で、あるならば、それはまさにそういうことなのだろう。
マキナが抱いたのはあきれか、憐れみか、それとも──。
いずれ己でも判じきれぬ情動に掻き乱されるままに、彼女は深く悩ましげな溜め息を吐いたのだった。
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