第8話 いざ尋常に


 行く手で争う二機のギガス。

 ひたすらに銃弾を浴びせ続ける迷彩カラーの機体と、それをジッと大盾で受け止め続けていた白銀カラーの機体。

 ふと、にぎやかに乱れ咲いていたアサルトライフルの銃火が途切れた。

 弾切れである。

 空回る駆動音を嘲笑うように、白銀カラーがことさらにゆるりと右手のロングライフルを構えた。

 放たれた火線が、迷彩カラーの半身を爆散エフェクトに包む。右腕が部位破壊されてアサルトライフルが転落、機体はおののくように傾いた。


「ち、ちっくしょうがよぉッ!」


 迷彩カラーのプレイヤーが悔しげな悲鳴を上げたのが、外部音声で周囲に響き渡る。通信を繋いでウィンドウを開いていれば、さぞかし焦った姿が映し出されたことだろう。迷彩カラーの機体は直ぐさまに転身し、スラスター噴射光を全開に逃げ出した。

 その後ろ姿に、白銀ギガスは容赦なく狙いを定める。


「よせ!」


 トウラが叫んだ。

 直後、白銀ギガスの左腕が跳ね上がる。

 右手のロングライフルで逃げ去る迷彩カラーを、左手のハンドガンで迫る灰色を、同時に狙い撃った。

 迷彩カラーは直撃で抜かれ、雷光の撃破エフェクトを撒き散らしながら崩れ落ちる。

 トウラの灰色ギガスは、間一髪で機体をひねって回避成功。だが、体勢を整える間もなく、白銀ギガスがハンドガンを連射してくる。トウラのギガスは背部と両脚のスラスターを一気に噴射し、半ば吹き飛ぶような勢いで急加速。横っ飛びに逃れた足先ギリギリを火線がかすめた。


「……灰色グレーが、良く動く……」


 静かに呟いた男の声は、白銀ギガスのプレイヤー。構えたハンドガンですぐに追撃を放ってくる。

 着地点を先読んで放たれた偏差射撃に、灰色ギガスは右足をえぐられて着地失敗、転げるように地面に倒れ込んだ。

 白銀ギガスがトドメとばかりにライフルの銃口を突き出す──が、なにかに感づいたように両脚のスラスターを急速噴射した。

 大きく飛び退く駆動音と、横合いから咆えた銃撃音。

 マキナの紅いギガスによる奇襲射撃である。走った火線は、だが、被弾エフェクトを散らすことなく彼方へと消え果てた。


「うわ、かすりもしないとか冗談?」


 奇襲を避けられたマキナが焦りを吐き捨てつつ、構えた大型ライフルを横薙ぐようにして再びロックオン。腰だめに放った追撃を、白銀ギガスは構えた大盾で受け止めた。


 間合いを隔てて対峙した紅白のギガス。

 片や銃弾を撃ちまくり、片や盾でジッと守りを固める。それはついさっきにも展開されていた光景。

 ならば、続行は愚策というものだ。

 深紅のギガスは右手の射撃はゆるめぬまま、左肩のカノン砲を起動。折り畳まれていた砲身が、駆動音も勇ましく組み上がる。マキナの視界に追加のターゲットサークルが出現し、標的を二重に囲み込んだ。


「盾ごと吹っ飛ばす」


 宣告とともに砲撃、轟音と衝撃が響き渡る。

 反動に後退しかけた紅い機体は、背部スラスターと両脚のサスペンションで重々しく踏み止まった。

 放たれた砲火はあやまたず着弾、白銀の機体を爆炎で包み込む。


 マキナが撃ち込んだ〝ガストラフェテス・カノン〟──通称〝ガストラ砲〟と呼ばれるそれは、装弾数が一発切りである代わりに、最高クラスの威力を誇る火力特化武装だ。直撃すれば、盾どころか防壁であっても余裕で破壊可能な重火力砲。真っ向から受け止めて無事に済むはずがない。


 ない、はずなのだが──。


「イヤな感じ……」


 マキナは言葉の通りにイヤそうな顔で、巻き上がる噴煙を睨みつける。

 そう、噴煙しか見えないのだ。撃破の雷爆はもちろん、盾やパーツが砕けたエフェクトも飛び散らない。

 そもそも、マキナの機体がガストラ砲を構えているのは見てわかったはずで、それでも一切回避しようとしなかったということは、推して知るべしであろう。


 吹きすさぶ風に、噴煙はすぐに晴れる。

 そこには予想した通り、白銀ギガスが悠然と盾を構えて立っていた。

 無傷だった。

 本体はもちろん、砲撃を受け止めたはずの盾までもが健在だった。表面にいくらかのエフェクトの残滓がチラついているものの、それ以外は全くもって被弾前のまま。


「なにその盾、すっごく欲しい」


 思わず素直な感想をこぼしながら、マキナはライフルの残弾を吐き出しつつ近くの岩陰に緊急回避を試みる。


 白銀ギガスは追撃してこなかった。

 それどころか、その場に悠然と陣取ったままである。

 挑発か、余裕の表れか、いずれにせよだ。


「なめられてるわね、ムカツク。でもどうしよ……」


 岩陰に隠れたマキナは吐息も鋭く、レーダーマップを睨みつける。

 ギガスを示す光点は三つ。マキナとトウラと、後は白銀のPKだけだ。

 撃破された二機はもういない。デス・ペナルティを受け入れての拠点転送を選んだようだ。


 マキナは表示された白銀ギガスのターゲット情報を確認する。

 GTCのフィールド上において──。

 エネミー以外のターゲット情報は、原則として自機の索敵性能および蓄積情報によって精度が変動する。例えば過去に交戦していたり、機体に解析能力の高いパーツを載せていたりすれば、それだけ表示は詳細になる。

 今、表示された白銀ギガスの情報は【GIGAS:???】のみ。

 これは、面識のないプレイヤーが駆る初遭遇の機体であるため、単にギガスであるということしか情報がないということ。要するになにもわからないのと同義なのだが、その手強さだけはすでに歴然であった。

 トウラのギガスは足の部位破壊こそ免れてはいるが、機体ダメージはもう限界だろう。マキナがなんとかするしかない。


「正直、なんともできる気しないけど……」


 マキナは左手に握るタワーシールドを地面に突き立てて一時的にパージすると、ライフルをリロード。ドラム型の空マガジンが地面に落とされ、左手に新たなマガジンが出現。実体化したそれを素早くライフル本体に叩き込むと、装填レバーを操作した。

 未来SFな機動兵器が、なんと人間臭いリロードを────などと憤る識者様もおられるだろうが、マキナを始め多くのGTCプレイヤーにあってはさにあらず。

 ガシャン! ガキン♪ と鳴り響く硬質の装填駆動に、マキナはしみじみと感じ入る。このロマンを解さぬ無粋な輩は、ギガスに蹴られてログアウト願いたい。


「さて!」


 マキナが気概も新たにタワーシールドを再装備して構える。


 その時、トウラの声が凜と荒野に響き渡った。


「確認する! おぬしは〝ぴいけい〟か!」


 この期に及んでなにを言っているのか。だが、通信ウィンドウに映るトウラの表情は鬼気迫るまでに真剣だった。


「……コイツ、武士道プレイにもほどがある」


 ほとほと困惑するマキナだったが──。


「プレイヤーをキルする、それがPK……なら、オレは違う。オレは誰の命も奪っていない。ただ、目の前の標的を、砕いているだけ。戦闘し、敵を倒しているだけだ。なにか問題か?」


 白銀ギガスから響いた返答。

 その冷静な声音に、マキナは思わず「うわぁ……」と呻きをこぼした。

 どうやら、向こうの中の人も尋常ではなさそうだ。


 あきれるマキナとは裏腹に、トウラは仁王もかくやな憤怒の形相。


「大いに問題ありだ! 戦闘で敵を倒すのは確かに道理。だが、戦意を失い逃げ出した者を背後から追い討つとは、どういうつもりか!」


「オマエこそ、なんのつもりだ? やるか、やられるか、それが戦闘だろう。違うか?」


 トウラの張り上げた下腹に響く大音声に対し、白銀ギガスから応じる声音は微かにも動じず冷静なまま。

 それは本当に静かな声だった。ただ、ひたすらに冷め切っている声。

 トウラの言動に思うところなどなく、そもそも興味もなさそうな、訊ねられたのでとりあえず答えているだけだという無感動な声。


 トウラは、ギリリと奥歯を噛み締めて呻いた。


「……そうだ。その通りだ。それが戦闘だ」


 相手の言葉を肯定しながら、トウラはゆるりと項垂れた。

 寸前まで怒りに燃えていた表情は苦々しく歪み、堂々と響いていた声音は口惜しそうに濁っていた。

 込み上げる激情を無理矢理に呑み込もうとしているトウラ。その姿にマキナが思い出したのは、あの凍りついた表情だった。今日、トウラと出会ってから二回ほど垣間見た、痛々しいまでに危うげな表情。

 マキナが戸惑い息を呑んだのも束の間、すぐに顔を上げたトウラの表情は凜と改まっていた。


「おぬしの言う通りである! やるか、やられるか、その極限のせめぎ合いが戦闘だ! しかし、だからこそ、決着が着いた上でなお相手を砕く行為は間違っている!」


「生ぬるいことを……。いや、ぬるいのはオレもか。ここは仮想空間、撃破したところで死ぬわけじゃなし、それで戦闘だなどと……だが、だったら、そういうオマエはどうなんだ? それでも極限を見せてくれるのか? オレの命を燃やしてくれるのか?」


 トウラの熱い糾弾に対し、応じる相手の声はどこまでも冷ややか。

 燃える闘志と、凍てつく諦観と、相反する二つの意思の衝突に、マキナは戦慄すら覚えて頬を引き攣らせた。


「……キミたち、いろんな意味で噛み合い過ぎでしょ……」


 この中二病ども──と、内心にあきれ果てながらも、飛び出すタイミングを推し計ろうとしたマキナだったが、やはり、そんな悠長を赦してはもらえなかった。


「さあ、戦闘だ。オマエの牙を見せてみろ」


 白銀ギガスの搭乗者が冷たく静かに言い放つ。

 瞬間、重く鳴り響いた銃声。

 マキナは直ぐさまに岩陰から飛び出した。

 モニターに映るのは、たたずむ白銀と、うずくまる灰色。白銀が構えたハンドガンの銃口は硝煙を噴きながら赤熱している。対する灰色は激しいダメージ・エフェクトを放っていた。


「トウラ君ッ!?」


 目を見開いたマキナ。しかし、灰色の機体は左肩口がゴッソリ抉れてはいるものの、そのコアは健在であった。


 ギリギリで回避できたのか?

 それとも相手がわざとかすめたのか?


 いずれにせよ、最大の問題は、敵ロングライフルの銃口が、真っ直ぐにマキナを狙っていることだった。

 元より飛び出してくるところを狙い澄ましていたのだろう。

 左のハンドガンでトウラを、右手のロングライフルでマキナを、両腕を交差させて同時に狙いを定めた白銀ギガス。

 複数目標への同時攻撃。

 先刻にも見せたそれは、視点でロックオンをアシストするGTCにおいて、マニュアル操作前提の上級テクニック。


 マキナは怯みながらもロックオンし、ライフルを構える。

 銀と紅と、どちらのギガスが先にトリガーを爪弾いたのかは定かではないが──。


 最後に動きだしたのが灰色であったのは、歴然とした事実であった。


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