第8話 幼馴染の意外な告白

 教室に戻ったら、数学の授業中だった。


 先生はもちろん、クラスメイトたちの目線も一斉に俺とねねに注がれた。


「月島くんってねねちゃんとなにしてたんだろう」


「保健室でいけないことしちゃったりして~」


「月島の野郎、抜け駆けしやがって!」


「俺だってにゃんこ星の姫様の手つなぎたかったなあ」


 女子と男子の反応は微妙に違う。


「えっと、とりあえず二人とも席に座ろうか?」


「先生! 私の席はまだ決まっていません!」


 数学の先生が呆れながらそういうと、ねねは片手を挙げて、抗議しだした。


 担任ってば、大事なことを忘れるなんて……って、俺のせいか。


 ねねの席を決める前に、俺が強引に連れ出したんだった。


 でも、それもねねが変なこと言いだすから。ねねに文句言ったら、ひどく怒られるだろうな。


 ただでさえ、千奈美のことで不機嫌そうだし。今日は平穏にねねと接しよう。


「じゃ、空いてるところに適当に座ってくれ」


「だん、いや、誠人くんのとなりがいいです!」


 ねねって、一応俺の言ったことを守ってくれてるんだな……って違う! なんでまた嵐を呼ぶような発言をする?


「えっ? ねねちゃんはほんとに月島くんとどういう関係なの?」


「月島のやつ、さてはほんとに保健室でなにかしたんだな」


「違う、違う、こいつの旦那は俺の友達で、それで前から知り合ってるだけだから」


 クラスメイトの変な推測に耐えかねず、気づいたら俺はみんなの前で言い訳をしてしまった。


 よく考えてみたら、大勢の人の前でしゃべったのは人生初めてかも。


 にしても、旦那の友達って、嘘つくならもっとマシな嘘はつけないのかな、俺って。


「なんだ、月島くんってねねの旦那さんの友達だったのね」


「ふん、俺は最初からおかしいと思ってたんだよ。月島がにゃんこ星の姫様となんかあるわけないよね」


 おいおい。


「でも、ってことは、月島くんはねねちゃんの旦那さんはだれなのか知ってるってことだよね」


「だめだよ、それはニュースでも非公開って言ってたよ。勝手な詮索はよくないよ」


「旦那が誰だろうと、俺が落としてやるよ」


 うん、常識人とそうじゃない人もはっきり分かれているね。


 ていうか、旦那は俺だけどね。認めてないけど。


「でも、月島の隣には早乙女さんが……」


「先生、大丈夫ですよ、私が空いてる席に移動します」


 隣席の早乙女さんとはほとんど会話したことがないが、おとなしいという感じの女の子だ。


 長くもなく、短くもない髪を綺麗に手入れしているのか、いつも髪がさらさらで、自分から誰かに話しかけることはほとんどないが、俺と違って、話しかけられることは多い。


 その時も、早乙女さんはいつも笑顔で返事しているから、普通にクラスに溶け込んでいる。


「ありがとう! えっと……」


「早乙女涼子です」


「涼子ちゃんね! ありがとうね!」


 相変わらず元気だな、ねねは。


「いいえ、姫野さんも転校してきたばかりだから、知り合いの隣に座ったほうが安心でしょうから」


 早乙女さん、なんていい子なんだ。


「じゃ、遠慮なく!」


 お前は少し遠慮しろ。




 早乙女さんが少し離れた空席に移動したあと、ねねは宣言通り、まったく遠慮する様子もなく、俺の隣の席に座った。


 住んでるとこも、部屋も一緒なのは、まあ今は我慢するとしよう。


 ただ、学校も同じで、席も隣とか、俺にはもう平穏はないのか。


 うん、なさそうだね。


 俺は心の中で、力強く頭に浮かんできた質問に答えた。


 なぜなら、まだねねと会って三日目だが、俺は痛いほど彼女の性格を知ってしまった。


 おそらく、彼女は平穏という言葉とは一番遠い存在だと俺は断言できる。


 ちらりと後ろ斜めにある千奈美の席を見る。


 彼女はずっとノートに何かを書いている。


 ふと、彼女が顔を上げた瞬間、目が合ってしまった。


 すると、彼女はなにかを訴えるように、俺を見つめては、うつむいた。


 俺を待っててくれたんだ……


 振られて、きっともう一緒に登校することはないと思っていたが、彼女は相変わらず今朝俺の家の前で待ってくれていたんだ。


 なにか罪悪感に似たものを感じる。


 俺は自分の恋愛感情を優先して告白して勝手に気まずくなってるから、千奈美の日常を壊してしまったのかもしれない。


 彼女の日常に俺も入っていたんだ。


 視線を黒板の方に戻す。


 千奈美のことが気になっても、振られた俺にできるのは星間問題を起こしかねない行動を慎んで、千奈美を守ることだけだ……


 いたっ。いや、痛くはないか。


 なにかが頭にぶつかった感触がした。


 振り返ると、千奈美は俺の足元を指差していた。


 下を見ると、丸まってるノートの紙があった。


 これを拾ってってことかな。


 俺はゆっくりとそれを拾って、開いた。


『放課後、校舎裏で待ってる

             千奈美』


 やはり怒ってるのかな。


 俺が今朝千奈美を置いて一人で登校したことが許せないから、呼び出して文句をいうつもりなのかな。


 ちょうどいい。俺も告白したことを謝りたかったし。今更元の関係に戻れないだろうけど、なんだか、自分が千奈美に告白したのが悪いことだったように思えた。




「姫野さん、今日みんなで姫野さんの歓迎会やりたいから、これから空いてる?」


「私、ねねちゃんと友達になりたい~」


「俺も俺も」


「お前は別の意味の友達だろうが!」


「ははは」


 放課後、リア充どもが集まってきて、ねねの歓迎会をやりたいらしい。


「ねえ、誠人くん、どうしよう?」


「行ってくれば? みんなねねのこと歓迎したいわけだし」


「ふーん、分かった。行ってくる」


 気のせいか。ねねの表情が少し曇ってるような気がした。


 でも、ねねと別行動が取れるのは今の俺にとって都合がいい。


 なにせ、今から、俺は校舎裏に行って、千奈美に謝りにいかないといけないから。


 もし、千奈美と二人きりで会うのがねねにばれたら、どうなるか容易に想像できてしまう。


 千奈美は先に帰るフリをして、教室から出て行った。


 俺もねねが他の人に囲まれて出ていったのを見計らって、教室を出て校舎裏に向かった。




「……まこと。来ないかと思った」


 校舎裏に来たら、千奈美は急に独り言のように言い出した。


「千奈美が呼び出してくれたから、来ないわけないよ」


「ありがとう。でも、私、まことを傷つけたから」


「いや、俺こそごめん、朝待ってくれてるなんて思わなかった。ほら、俺って変なこと千奈美に言ったじゃん」


「変なこと?」


「その、好き……とか。ほんとにごめんなさい!」


 俺は精一杯頭を下げた。


「まこと? なんで謝るの?」


「なんとなく、悪いことした気がするから」


「ううん、違うの! まこと、私、それからちゃんと考えたの」


「えっ?」


 考えたって。なにを考えたの?


「私、まこととの今の関係が壊れてほしくなくて、だって、恋人になったら、喧嘩もするだろうし、それで別れたら……ううん、やはり、私はただ怖かったの。今まで誰かと付き合ったことがないから……」


 待って。千奈美、それって?


「私も、ほんとはまことのことが……」


「あっ! お母さんに買い物を頼まれたんだった!」


「えっ?」


「ほら、ねねの歓迎会、うちでもやるから、そのための買い物! 早くいかないと特売終わっちゃうなー」


「……」


「ごめん、その話、今度聞くね! じゃ」


 俺は走って校舎裏を去った。


 ごめん、千奈美。今君の言葉を聞いたら、俺はたぶん……止まらなくなる。


 はじめて千奈美に嘘をついたかも。


 ねねとの結婚をなかったことにしてから、星間問題の心配がなくなってから、もう一度その言葉を聞かせてほしい。


 そう思って、俺は一人で帰り道についた。

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