第36話

 祝宴も中盤へと差し掛かれば私の許へ侍女がやってきました。


「また後で逢おう。リズ、少しの別れとわかっていても貴女とは離れ難いものだな」

「殿下……?」


 よくもまあそれだけ甘い台詞が、形だけの……気づけば妻となってしまった私へ言えるものですわね。


 本当に、何故私は貴方の妻となる瞬間まで一体何をしていたのでしょう。

 逃げる機会は何度かあったと思うのです。


 なのにどうして。

 

 私は貴方より逃げずにここにいるのかしら。

 そして私の心は未だ自分自身でもよくわからないのです。

 何となくまだ霞がかった感じも否めないのですが、貴方との結婚に驚き悲しむ私も居れば同時に貴方の正式な妻となった仄暗い喜びを感じている私も同居しているのです。


 ええ、これで形式上貴方は私だけのもの。


 そこに愛情はなくともです。

 たとえ貴方の心に誰が住まおうともです。

 王太子であり未来の国王となられる貴方の隣に、堂々と立つ事が出来る女は私一人だけ!!


 その事実に胸が、心がほんの少し喜び震えるのです。

 何故この様な喜びを感じるのか、その理由を追求する勇気には今の私にはありません。

 また貴方への想いに関してもです。

 ええ、深く考えればきっと楽しくはないものなのだろうと予測してしまうのですもの。


 だからです。

 もう少し状況を見てそして自分の心が落ち着く頃になれば、色々と考えられるのかもしれませんわね。



 そうしてうだうだと考えていればです。

 何故か……いえ総じてこれは当然通るべき道なのは座学で学んだ根や教育の一環で理解をしてはいました。


 侍女と共に祝宴の席を退出すれば頭の、髪の毛の一本から足の指の先まで……何時も以上に綺麗に磨かればです。

 髪には香油を、全身には香りのよいオイルマッサージを施されれば身に纏う夜着のその……何と申し上げればよいのでしょう。

 

 何時も身に纏う薄絹の夜着でもです。

 薄絹とは言えやはりそこは服なのですから身に纏った部分は決して透ける事無く包まれ感もあり眠るのに適した衣装だった筈なのです。


 なのに今現在進行形で身に着けているものは通常のモノとは決して同じものではなくっ、確かに薄絹なのでしょうがええっ、腕や足……夜着を軽く持ち上げなくともしっかりと身体のラインもですが乳房だけでなく乳首迄しっかりと見えてしまってこれでは――――っっ⁉


「こ、この様な恥ずかしいものを何故……」


 一体何の公開処刑なのかと私はっ、この姿のままで殿下……夫となられた貴方の前に我が身を晒す勇気何てある訳がないでしょう!!


「ど、どうしてこの様なはしたない……!!」


 余りの姿に涙まで薄らと滲んでしまいます。


「妃殿下、お泣きになればお化粧が取れてしまいますわ」


 この際化粧なんてどうでもいいでしょう。

 それよりもこの姿の方が何倍も問題ではないのでは!?

 

「これも全ては床入りの儀式の為に必要な御衣装なのです。どうぞ落ち着き遊ばされませ」


 ――――これも儀式なのだと言われれば落ち着かざるを得ないのでしょうがやはり恥ずかしいものは恥ずかしいのです。

 

 暫くの間侍女と取り留めのない不毛なやり取りがいけなかったのでしょうか。

 それとも私の、何時までも心が子供だったのがいけなかったのでしょうか。

 祝宴を中座し最後の儀式の用意に要した時間は思ったよりも長かったみたいです。


 私の準備に合わせ貴方が時間を見て退出し、ご自身の身を清められてもまだ私は夫婦の寝室へ行けずしまいだったのですもの。

 

 そしてこの後直ぐでしたわ。

 私達の未来が決定的になったのは……。


 

 またこうも考えられましたの。

 この時私が恥ずかしがらず貴方がやって来る前に、そう寝室にいればもしかすると私達の未来は少し変わったのかもしれない……と。

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