10 応援


 輝共はその後すぐに悪戯な笑みを消し、真面目な顔つきに変わった。


「さて、そういうわけで先輩に美咲ちゃんとは今後ともちょめちょめって言われましたし、そうじゃなくても私も本音を言えばみんなと友達やめたくなかったので、夏休み前にでも南条先輩や星名先輩に謝りに行かせてください」


 そして何を言い出すかと思えば、表情通りに真面目な内容。

 輝共にその意思があるのなら、止めはしない。というより、これに関しては一度謝るのが輝共にとってもいいと思う。自身の中の罪悪感は、精算しておいた方が生きやすいだろうし。


「明日行けば?」

「それはダメですね、誰かに見られて私の今日の行い全てが知られたら厄介ですし。念には念を入れた方がいいのです」

「よくわからんけど……じゃあ、俺の方からそのつもりらしいって伝えとこうか?」

「それは助かります。あのクズ予告のせいでお二方がテスト勉強に集中できなかったら本末転倒ですから。特に、星名先輩にはよりリラックスしてほしいですし」

「え、何で特に琴音?」


 それに関しては、椿よりも琴音の方にリラックスしてほしいと考えるより、二人揃って同じくらいそうであってほしいと考えるのが筋だと思うのだが……もしかして輝共にとっては二人を比較したら、星名琴音派なのだろうか。


「せんぱーい、自分が今どんな立場かお忘れですかぁ? 星名先輩と協力してあのクズ男に勝たなきゃじゃないのですかぁ? 美咲ちゃんが言ってましたけどぉ、先輩って別に学力高いわけじゃないらしいじゃないですかぁ。だったら星名先輩頼りですよねぇ?」


 合点がいった。この説明なら、琴音の方によりリラックスしてほしいと思うのも頷ける。

 いや、そもそも輝共には関係ない話だからそこまで思ってくれなくてもいいんだが……まあ、獅堂みたいなタイプは許せないって感じなのかな。


 何にせよ、応援してくれていることは間違いなさそうだ。


「……なるほどね、でも琴音なら心配いらねえよ。まだ昼の出来事言ってねえし。あとな……確かに俺が勝負ふっかけたくせして琴音頼りな部分もあるけど、俺だって二科目取りに行くから……!」

「つまり二人で二科目ずつ勝ちに行くって作戦ですよね? 先輩の学力を考えてそれは意外ですね。今朝日本史勉強してたんで、先輩はてっきり何とかなりそうな暗記多めの日本史だけかと思ってましたっ」

「バカにしてるようにしか聞こえない言い方だな……これを見ろ……! 俺だって琴音の足引っ張らないように真面目に二科目やってんだぞ!」


 自分はバカではないと証明したくてムキになった俺は、机の上の公民の教科書やらノートを手に取って輝共に突き出す。


 今更ながら、俺は何でこんなにムキになっているのだろう……別に特別頭がいいってわけでもないのに……。


 今の自分の行動に、一体何の意味があるのか疑問に思ってしまう俺がいた。


「ふむふむ、公民ですかぁ。あのね先輩、そうやって誰彼構わず手の内さらけ出すのは危険ですよ? 相手がひかりんだったからセーフなものの、他のビッチだったら絶対あのクズに教えちゃうかも」

「あっ……おい、絶対言うなよ……?! フリじゃないからな?!」


 俺はやっぱりバカなのかもしれない。

 輝共の言う通りだ。今目の前にいるのが獅堂派の女子だったら負け確だっただろう。

 よかった……輝共が獅堂派じゃなくて。


「誰が好き好んで近づくもんですかあのクズに……でなんだけどね先輩、これは星名先輩にも言える事ですが、登校しながら勉強するのも控えた方がいいと思います。どこでビッチ共の目が光ってるか分かりませんよ?」

「あっ……」


 いや、だが今日は多分セーフ。校門通過してすぐにこいつに絡まれたのが功を奏したかもな。

 それに、教室でも休み時間に勉強しちゃったけど、うちのクラスは間違いなく大丈夫。

 これに関しては全部椿のおかげ。うちのクラスの女子によるあの子への支持は抜群だ。仮に獅堂派がいたとしても寝返らせる勢いで今日の椿は凄かったし。

 男子に関してはそもそも獅堂をよく思ってない連中の集まりみたいなもんだし、加えて俺への謎の信仰心があるから元から問題無しだ。


「ま、何にせよ油断だけは絶対しないで最後の最後までちゃんと勉強してくださいね。そうすれば後はひかりんが何とかしてあげますから」

「はあ? お前が? 別にできることなんてないだろ。あ、まさか獅堂に近付こうとしてんじゃねえだろうな? それだけは絶対やめろ、危険だしお前を巻き込みたいわけじゃないから」


 もちろん、これだけ獅堂をよく思っていない輝共のことだからそれはないとわかっているが、一応念を押しておく。


「……いや、そうじゃなくって応援してあげますよってだけですから。ひかりんのエールは効果絶大ですよ? だから、期待しててくださいねっ」


 そう言って最後、輝共はあざとく笑みを作った。


 正直マジ可愛い。アイドルファンの気持ちが少しわかった気がする。

 いや、別に輝共はまだアイドルにはなれてないんだけどね。

 アイドルって、ファンに元気を与える存在じゃん?

 何というか、あざとい笑顔だけど何故かやる気は出たというか。まあ、可愛い子に応援されてるからだろうけど。


 とにかく、もしもこの笑顔が日本全国に届くなら、多くの人が元気になるだろうなと思う。


「ああ、わかった」


 だからこそ、期待せずにはいられない。

 まずは俺達の勝利を。それから、先の未来での――アイドル・輝共ひかりの誕生を。

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