掌ノ噺

よつば 綴

桜の木に住まう猫


いつも桜の木の下に居る猫

ずっと同じ桜の木の根っこの上で寝ている


気づいたのは3ヶ月前

満開になった淡い桃色の桜には似合わない、真っ黒な猫

腹には白い線の様な珍しい模様がある

花が散った今もそこに居た


雨が降りしきる今日も同じ場所に居る

私はそっと傘を置いて帰った

人慣れしているのか逃げない


次の日もそのまま傘の下で寝ていた

「猫さんはここに住んでるのかな。傘は返してもらうね」

 

話しかけるとだるそうにこちらを見て欠伸あくびをした


登下校の時は猫を見るのが日課になっていた

ある朝、猫の隣に綺麗な女の人が立っていた

女の人は猫を見つめ微笑んでいた

猫もまた、じっと女の人を見つめていた

なんとも微笑ましい情景だった

だが女の人はそれ以来見かけなかった


ある日猫が立っていた

初めてその猫が動いているところを見た

猫は木で爪研ぎをすると定位置に戻った


翌日、桜の木がある公園に黄色いテープが貼られていた

事件か何かがあったようだ


夕方のニュースであの桜の木の下に死体が埋まっていたのだと言っていた

 

痴情のもつれで殺された女の人だそうだ

テレビ画面に映っていた被害者の顔写真に見覚えがあった

驚いたことに猫の隣に立っていた女の人だった


どうやらあの猫は被害者の猫だったらしい

ずっとあるじの傍に居たようだ

今になって思うと、あの爪研ぎは発見してもらえることを主にしらせていたのだろうか


立ち入り禁止のテープが撤去された時、あの猫の姿はなかった


すっかり寒くなった冬の朝

あの桜の木の下で猫が丸まっていた

嫌な予感がして駆け寄ってみると

猫は死んでいた

主が眠っていたその場所で



そんな事があって10数年

もうすっかり忘れて、ある日娘を連れてあの桜がある公園に行った



するとあの猫が居た

真っ黒な体に腹の白い6本線の模様

だが昔見た猫の腹には白い線が5本だったはず


またあの桜の木の下で寝ていた

大きな欠伸をしてこちらを見た

なんとなく薄気味悪かった


娘が砂場で山を披露してくれるのをそっちのけで、猫が気になってチラチラ見ていた

すると、ベンチに座っていたお爺さんが話しかけてきた

「あの猫は貴女の猫か」

「違います。飼っている猫じゃないんです」

「それは良かった。もしかして、あの猫を知ってるのかい」

「いえ。とても似ているけど、私が見たのは10年以上も前ですし、あの猫は死んでしまいましたし」

「そうかい。でも、そうでもないんじゃないかな。此処ここで私があの猫を見るのは何回目だろう·····そうだ、確か4回目だ」


お爺さんが何を言っているのか全くわからなかった

関わらないようにしようと思ったが、再び猫の方をチラッと見た瞬間、背中に冷気を浴びた様にぞくっとした


猫の隣に女の人が立っている

あの時と同じ様に

あの時とは違う女の人が


「見えるんだね。あの猫は死体に憑くらしいね。いや、逆なのかな」

「どういうことですか」

「猫には魂が9つあると聞いたことはないかな」

「ありますけど、あんなの御伽噺でしょう」

「そうでもないんだよ。言ったろう。私があの猫を見るのは4度目だ。初めて見たのは戦後すぐ。まだ私が若い頃だった」

「そんな事って·····」

「腹にある白い模様が分かるかい。私が見るたびに、あの線が増えているんだ。きっとあの猫は繰り返しているんだよ」


私は娘を連れて逃げるように公園から去った

こんな場所から少しでも娘を遠ざけたかった


もしもお爺さんの話が本当ならば、非常に悲しい事ではないのか

今線が6本あるということは、あと3回あの桜の下に死体が埋まるという事なのだろう

いやそれより、すでに今、あの桜の木の下には死体が埋まっているのだろうか

さっき見た、あの人が……




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