第110話 分身5
「あんたは物事の片側しか見ていない」
「戦争によって人類が発展したと世迷言を言うのではなかろうな。全ては戦争と言う不毛な争いによって、本来発展しなくとも良い文化が異常発達し、他の種を傷つけている。全ての原因はそんな人間の愚かさや傲慢さが生んだ負の遺産ではないか」
「だったら滅ぼしてしまえばいいじゃないか。そんな人類……新世界などという救済の手を差し伸べず、マイクロチップで下垂体を焼き切って、全滅させてしまえばいい。人類が地球にとっての毒物だとするなら、神はその毒物を取り除くために駆除するだろう」
「極論だな……」
「俺にとってはあんたの言っていることのほうがよっぽど極論だよ」
「まぁいい、お前もそう思っているなら賛同しろ。そしてその願いを込めたまま消え去れ」
「おいおい、話をすり替えるなよ。俺は人類をこんなちんけな場所に移住させるのではなく、殺せと言っているのだぞ。それは賛同でもなんでもない」
疋嶋がそう言うと、怪訝そうな顔をしたまま、溜息をついた。
「お前は……」
「正直になれよ」
疋嶋は言葉を遮り、溌剌とした声で言い放った。
「あんたは人間に憧れていたんだろ」
疋嶋のその言葉に空気が凍り付いた。この広大なハコニワに緊張の線が張り詰める音が玲瓏した。息が止まったような表情で、言葉を詰まらせたヒキシマにさらなる追撃を加える。
「戦争における二面性。冷徹な血で血を洗う戦いと、そんな荒廃した世界だからこそ生まれる人同士の温かさ。ナイチンゲールを初めてとする戦争史の背後にいた人の情深さにあんたは憧れているんだろ」
「馬鹿を言え。そんなものなど結局戦争が無ければ済んだ話。死んでいった人や壊れた環境を相対的に見て、優しさを感じるなど綺麗事もはなはだしい。腐り切った物語を美談に差し替えるのは愚の骨頂とも言える」
「だがあんたは世界が荒廃しても、戦争が起こっても、その温かさを感じることも与えることができない。それは俺にあってあんたからは欠如しているからだ」
「僕がそんなものを求めているというのか、阿保らしい!」
「求めているわけじゃない。だがあんたはそれを恐れていた。戦争や天災によって荒廃した地球では、明晰な頭脳も卓越した発想力も役に立たない。そんな状況に陥った時、必要となるのは人の情だ。だからあんたは自分が生きていける情のいらない世界を創ろうとした。それがここなんだ」
「やめろ……僕を人の浅はかな考えで推し量るな。僕はもっと崇高な考えの元……」
「そうやって抽象的な表現で逃げるのはやめろ。結局俺たちは人間なんだ。神ではない。そこには業があり、欲があり、嘘がある。人はそんなどうしようもない罪の元、生きている。あんたは情を人間らしさと呼んだが、それは人が持ち得る二面性の一面に過ぎない。その一面を消し去った時、あんたは少なからず人間らしい存在と言える」
「黙れ……僕の気持ちが分かってたまるか」
ヒキシマはそう言うとともに右手を突き出した。そこには再び花弁が集まり、その手には拳銃が浮き上がった。
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