第102話 哀怨2
上道の腕の中で衰弱を続ける士錠の呼吸はついに止まった。
「社長……目を覚ましてください! 社長!!」
青くなり、動かなくなった士錠の肩を上道が幾度も揺するが、もう二度と目を覚ますことはない。人の一生はあまりにも唐突に呆気なく終わる。士錠が歩んでいた人生がいくら高尚なものだとしても、死とは人を平等に無へと還すのだ。
野島もその姿に口を抑え、呼吸を揺らした。
「おのれ! この女!!」
著しく取り乱した上道は膝をつく染白の額に銃口を向け、トリガーに指を掛けた。今にも撃ち殺そうとする力んだ肩を疋嶋が握り締める。
「もうこれ以上、被害者を出してはならない。銃を下ろすんだ」
「だがしかし、この女がやったことは」
「殺人は連鎖を生む、誰かがその連鎖を止めるために引き下がらなければ、いずれその全てを破滅してしまうんだ」
悔しさを噛み締めながら、肩を落とした上道は、ぎこちなく頷いた。
上道は片腕で抱きかかえた士錠の亡骸を静かに下ろすと同時に、その血で染まった拳銃も捨て去った。
この状況下においても無慈悲に進むデジタル時計。これ以上の争うはどうしても避けたかった。
するといきなり、ハコニワの映像が映し出されていたモニターが違う画面に切り替わる。
「どうしたんですか」
振り返った疋嶋が問いかけると、小泊が答えた。
「送られてきたIPアドレスが勝手に作動して、このモニターの一部制御に侵入しました」
「この期に及んで、まだ……」
疋嶋が拳を握り締めて呟いた。すると、そのモニターの一面がプログラミング画面に切り替わり、そこには文字が表示された。
「 incorrect answer」
それは不正解と言う意味の英単語だった。ダミーの解除コードを引き当てた士錠を嘲笑うためのギミックだったのかもしれない。しかし、ここいる者たちの心情にとってはその言葉が自分たちの行いを示しているように思えた。
そのモニターを見つめた染白は唐突に笑い始めた。この世界のすべてがおかしく思えた。自分がピエロで、この世界自体が空に浮かんでいる風船のように不安定で滑稽な産物。疋嶋陽介と言う天才には到底及ばない自分と世界を狂ったように嘲笑ったのだ。
「全く……敵わないわ!」
染白は涙ながらにそう叫んだ。
その声が響き渡り、そして「 incorrect answer」の文字は波で消し去られる砂の城のように消え去った。
「制御……正常に戻りました」
研究員の一人がそう言うと、小泊は黙って頷く。
染白の耳障りな高笑いだけが乱反射して、このステンレスでできた冷たい管理室を掌握するのだった。誰も彼女に目を合わせようとせず、全員が全員、目を背けていた。
しかしその笑い声も銃声と共に突如、消え去る。疋嶋たちが振り返った時には染白の肩口から弾丸が貫かれていた。
こけしのように頭を打ち付けながら倒れ、引きつった笑みでモニターを見つめている。
「誰が撃った……」
疋嶋がそう言って周りを見渡した。すると射角の先に硝煙の上がった拳銃を持ったマイヤーが立っていた。
「なるほど……そういうことか」
壁から背を離し、首の関節を慣らしながら、拳銃をホルスターに収めたマイヤーは腰からサバイバルナイフを抜いて、ゆっくりと歩てくる。
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