第86話 刺客2

 すると、第一管理室の外から女史の悲鳴が聞こえてきた。その場にいた五人が目を見合わせ、黙り込む。

 扉が開き、気を失った女史が室内に倒れこんできた。


「大丈夫か!」


 士錠が声をかけると、その奥から大柄の影が姿を現した。上道は咄嗟に拳銃を取り出し、安全装置を解除してから撃鉄を引いた。

 女史の肩を持ち、壁に寄りかからせた男は真夏だというのに長袖長ズボンの戦闘服に身を包んでいる。中の機材を見渡しながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「安心しろ、あそこで寝ている女は無事だ」


 大男は白人で片言の日本語を話しながら、両手を広げる。何も持っていないことをアピールしているつもりなのかもしれないが、張り出た大胸筋に巻き付くようにホルスターが装備されていて、その中には大口径の拳銃がちらついていた。

 士錠はその男の前に出て、英語で話しかける。


「〈何か用かね〉」


 かなり流暢な発音で、大男にも臆することなく、堂々とした表情だった。


「〈英語が話せたとはね、だがここは日本だ。君も日本人なら母国語で喋るといい〉」


 大男は英語でそう言った。


「君がそう言うなら、僕は一向に構わないが、願わくば君の背後にいる将兵たちにも聞かせてやりたいのでね」


 そう言うと、大男は目を細めた。


「まさか気づかれていたとはね……〈おい、出てこい〉」


 大男がそう呼びかけると、管理室の外で身を隠していた軍人たちが総出で現れた。皆、各々の小銃を脇にかかえ、高圧的な態度でこの空間を占領した。

 あまりの迫力に小泊は情けない声で出し、後退しながら怖気づいていた。


「これで全部だ。これなら安心かな」


「君たちはこんな大所帯で何しにここへ来たのかね? こんなところでブートキャンプをするわけでもなかろう」


 士錠はその軍人たちを見渡しながら、言った。


「シジョウ、あんたのことは知っている。そしてあんたは俺たちに生かされていただけだ」


「じゃあ僕はもう君たちにとって用済みになったと言いたいのかね」


「あんたは失態を侵した。俺たちが作ったマイクロチップを利用したソフトであるタカマガハラの暴走は、あんたの責任だろ」


「ああ、そうだ。これは僕の不遜の致すところだ」


「俺たちアメリカ人は日本の文化をサムライの文化として学んできた。古来より、サムライは失態を起こした時、自らを腹を切ると聞いたぞ」


「では僕も問おう、古来よりアメリカ人、いや本来のアメリカ人はインディアンだ。だから訂正しよう君たち白人は古来より、正義をかかげた紳士であると聞いたが」


「そうだ、だから俺たちはこうしてお前ら日本人を救いに来たんだ」


「なるほど……僕を殺して、脳髄影写システムを利用した若者もろともこの世から消して、技術を持ち帰り、あたかも自分たちが先行研究をしていたように偽装し、不名誉なノーベル賞をもらうのが紳士的な正義と言うのだね」


 士錠はそう言うと同時に舌なめずりをして、低身長の目線から男の顔を睨みつけた。

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