第53話 接近8

 やはり、この事件は組織犯ではない。まだ全てが確定したわけでは無いが、科学者としての士錠の姿をよく知る者の証言からして、研究所では孤高の人を演じていたらしい。

 東洋脳科学研究所そのものがこの事件に関わっているというよりはその技術を持ち出した士錠の単独犯と見て相違ないだろう。


「あたしからも質問してもいい? この研究所が今どうして使われていないか教えて欲しの。あなたは先ほど研究員と言ったけど、それは昔の話ということなの?」


「違います。私は“現”東洋脳科学研究所の職員です」


「まさか、ここはとは違う場所に存在するの?」


 野島が身を乗り出してさらに質問を重ねる。


「ええ、ありますよ。ここは“旧”東洋脳科学研究所の跡地ですから。私は出張で丁度ここの近くに宿泊していたのですが、懐かしく思いこちらに寄らせていただきました」


「ならその新しい研究所はどこにあるんだ?」


「沖縄です」


 二人はそれを聞いて唖然とした。飛行機を乗り継いでも一日がかりの長旅となる。車では到底、行けない距離だ。


「沖縄だと……なんでまたそんな遠くに……」


「私は元々士錠さんがここの所長になった年から勤めたのですが、その後、疋嶋さんが入所してきました。その時にまだ入社しても間もない疋嶋さんの鶴の一声でここにある研究資料の全てをもって、沖縄に移ったのです。移った理由としては『この場所だと青森にあるエシュロンから情報を傍受されるから』だそうです」


「エシュロン?」


「青森にあると言われているCIAの通信施設のことです。その電波領域から逃れるため、研究所は米軍基地があり、通信の傍受が出来ないとされている沖縄に移ったのですよ」


「でも米軍もCIAも同じアメリカでしょ?」


「大国も一枚岩ではないということです。日本の警察が刑事部と警務部で仲が悪いように、あちらもそういういざこざがあるのでしょう」


「ということはあんたは俺を知っているんだな。昔の俺を……」


「まぁ一応は……」


 女史はあまり疋嶋について話したくなさそうだった。


「聞かせてくれないか。俺は何一つ知らないんだ」


 女史は再び疋嶋の顔をじっと見つめると、溜息交じりの声を出した。


「本当のところ、私もあまりよく知りません。疋嶋さんはずっと自室に籠っていましたし、会うのはそれこそ所長くらいでした。他の研究員は部屋の中に入ることも許されず、たまに給仕係が尋ねるくらい。だから私たちも何があったのか知りたいのです」


「なるほど……やはり接触していたのは士錠だけか」


「士錠兼助もそうだけど、問題はタカマガハラよ。東洋脳科学研究所で現在もタカマガハラの管理を行っているのは間違いなんでしょ?」


 野島が問いかける。


「ええ、それが私たちの仕事ですから。研究所の第一管理室にはタカマガハラのマザーコンピューターがあります」


 疋嶋は唇を舐めた。野島にも目で合図を送り、拳銃を下ろす。


「あんたはその場所を知っているんだね」


「はい勿論です」


「俺たちにその場所を教えてくれないか」


 その頼みには渋い顔をして、天井を見上げ、少し考えてから言った。


「そうですね、本当だったら拷問されても口は割りません。しかしあなたが疋嶋さんであることは間違いなさいそうですし、私たちも真実を知りたい。いいでしょう……とんぼ返りになりますが時間とお金は腐るほどあります。私が案内しますよ」

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