第45話 接近1

 野島のホンダNSXは高速道路を走っていた。

 習志野まではかなり遠い。サービスエリアに立ち寄りながら休み休み、目的地へと向かった。

 しばらく走ってから、サービスエリアの駐車場に車を停めると、後部座席から小さなポーチを引っ張り上げた。

 ファスナーを開け、手を入れたまま、動きを止める。


「どうした、なにか忘れ物か」


「違うわ」


 野島は首を回し、辺りを確認した。駐車している車のほとんどが運送用の長距離トラックで、車高の低いNSXはトラックの車体に挟まれ、隠れていた。そのため、人目につかず、車内の様子は外からでは見えない。


「陽介、この中を覗いて」


 野島はポーチの中を見るように促した。疋嶋は頭を突き出し、サイドブレーキの上に置かれたポーチの中を覗き込む。

 すると、黒っぽい物体が見えた。野島はそれをしっかりと握り締め、決して外には出そうとしない。その正体が何なのか分かった疋嶋は野島の顔を見て、小さい声を出す。


「これって……本物か」


「ええ、そうよ。弾もあるわ」


 それは野島が真田から譲り受けた拳銃だった。

 ワルサーPPK、俗にポケットガンと呼ばれる小さな拳銃だった。装弾数もオートマチックにしては少ない六発式、重さも六〇〇グラムとさほど重くはない。あまりにコンパクトな造りになっているため、一見、子供のおもちゃにも見える。しかし、野島のポーチに入っている拳銃は紛れもない実銃だ。トリガーを引けば、鉄の弾丸が飛び出し、人の肉体など簡単に貫く。


「なんでこんなものを……最初から持っていたのか」


 疋嶋は目を剝いて、幾度も拳銃を確認した。初めて見る実銃である。人を殺すためだけに製造されたこの道具に多少なりとも恐怖心を覚えた。


「真田さんから貰ったのよ。『自分の身は自分で護れ』と言って渡してくれたの」


「いつの間にそんな……あいつから何も聞いてないぞ」


「まぁ、ちょっとね」


 野島は目を逸らしながら言った。疋嶋が寝ていた深夜、自分のこの銃口を向けられていたとは口が裂けても言えない。


「でも真田さんの言う通り、この先は命の危険があるわ。だからこれは陽介が持っていて欲しいの。この拳銃を使う判断はあなたに任せるわ」


「分かった。まぁ使わないのが一番だけどな」


 疋嶋はポーチの中に手を入れた。外から見えないように、ポーチを横に倒し、ゆっくりと取り出す。

 見た目は小さくとも、持ってみるとやはり硬く、そしてまるで冷徹さを誇示するかのようにその表面は冷たかった。

 握り締めた拳銃をゆっくりと移動させ、ズボンのポケットの中に忍ばせた。


「あいつも食えない奴だ。こんなものを持っているなんて、底が知れない」


「ああいう集落は外部から遮断されているから、そういうものが必要になるんだってね。まぁ核みたいなものなんじゃないの」


「行政機関が踏み込めない田舎では互いを牽制し合っているのか」


「警察は所詮、公務員と言うことよ。頼れるのは自分たちだけ。特に今回の件は自分で解決しなければならない」


「それにはこういう道具も必要なのか」


 疋嶋はポケットの硬いふくらみを手で押さえた。触ると生地の上からでも、ごつごつとした拳銃の形が確認できる。

 その形が車を降りた時に浮かび上がらないか少しだけ心配だった。

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