第109話 利用される感情

 「全部言っちゃうんだもんなぁ。」


 沈黙を破ったのはミトラだった。


 「ミ、ミトラ会長・・・本当、なんですか?」

 「うん、全部本当だよ。」


 衝撃の内容にエリスの声が震える。しかしミトラはどこか他人事のように笑いながら肯定した。


 「シェティスたちにも話していないのに。人の秘密を勝手に話さないでほしいな。」

 「こうなった以上秘密も何もないだろう。遅かれ早かれ知られることになる。」

 「じゃあ、本当に・・・?」

 「うん。病人やケガ人を実験台とした非人道的な行為を止めるため、僕は自分の体を差し出した。幾度の苦痛を伴う実験と、投与され続けた薬の副作用で僕の魔法力の器には2つのElementが存在してしまったんだ。拮抗しあう精霊たちの力により僕は自由に魔法が使えない。無理して続ければ器が壊れ、自身の身体にも影響が出ると言われたよ。だからもう僕は魔術師ウィザードにはなれない。ただの木偶の坊が学園の会長だなんて笑っちゃうよね。」

 「そんな!だって会長は・・・!」

 「学園の犠牲になった、といえばかっこいいんだけどね。

 結局あの時、元老院の企みを止める事ができなかった言い訳だよ。罪の片棒を担ぎ、周りを騙し続けることしかできなかった。

 それでも・・・友人の遺体を、使わせるわけにはいかなかった・・・!」

 「ミトラ会長・・・」

 「魔術師ウィザードとしてのずば抜けた才覚を持つミトラが参加してから実験は大きく進展してな。Elementを直接身体に注入させるのではなく、魔法を具現化する工程の中に特殊な機械と素材を利用することで今のエレメントストーンの原型が出来上がったんだ。」

 「でもどうやって?」

 「魔術師ウィザードにとって1番初歩的で1番大事なことを利用しただけだよ。」

 「1番初歩的で・・・」

 「1番大ジ・・・?」

 「魔法を発現する時、精霊は何に強く反応しますか?」

 「エット・・・」

 「人を想う、気持ち・・・?」

 「ええ。誰かを救いたいという気持ちを込め、魔法を素材に注入し凝固することで実験は成功したんです。これなら犠牲者を出さず魔法を使えるものなら誰でも精製することができる。機械や素材に関しては当時の研究員がすべて開発してくれました。勿論、特許技術です。」

 「その技術は史上初の開発として取り上げられ、南の魔法域レギオンの評価は上位へ踊り出た。

 連合ユニオンからの援助により高水準の環境を維持するまでとなり、その恩恵を多く受け取っていたのは、あたかも自分たちの手柄のように開発技術を披露した元老院というわけだ。汚い役を全てミトラに被せてな。」

 「し、しかし!我らの采配が無ければ今のサージュベル学園は――」


 しかし、エリスの祖父の言葉はアシェリナの鋭い視線に遮られた。


 「いや、その・・・」

 「お祖父じいさま・・・。まさかそんなことを・・・。」


 老人はそのまま顔を上げず動かなくなった。


 「ということで、俺はエレメントキューブっていうのが好かんくてな。そして、それを模造して作られた石に屈する訳にはいかねーんだよ。」


 アシェリナはファルナに剣を突き付ける。


 「外の様子も気になる。いい加減、降参してもらうぜ。」

 「ハハ、やってみなよ!」


 アシェリナは勢いよく剣を薙ぎ払う。迸る剣圧はファルナの石から発現された緑に遮られた。


 (森精霊ニンフまで・・・!)


 魔法がぶつかる衝撃に合わせ盾を担ぎそのまま突進する。伸びる鋭利な蔦を器用に捌きながら距離を詰めるアシェリナに対し、ファルナは再び石を頭上に弾いて見せた。

 唸る雷鳴とともに眩い閃光が走る。アシェリナは頭上から降る雷精霊トールの魔法を盾で一身に受け止めた。


 「ぐっ・・・!!」

 「へー。聖霊ディスオーダまで受け止めるか。」


 まがい物とはいえ、威力は絶大だ。盾の石が魔法力を吸収するまで耐え続ける。すぐさま剣に魔法力を移せば、勢いそのままに攻撃へ転じる。


 (チッ・・・迅いっ!!)


 森精霊ニンフから発現された葉に雷精霊トールを纏わせると、それは鋭い凶器へと姿を変える。それを素早く弾き落としたアシェリナは、すぐさま攻撃態勢に入り突っ込んでいった。

 すでに石の色は変化している。キラリと研ぎ澄まされた剣は緑の壁を穿ち、ファルナの肩を貫通する。


 「痛っ・・・!!!」


 連撃は続く。とっさに障壁を造り出すファルナを盾で突き飛ばし、呼応する剣を振り下ろすとそれはいとも簡単に瓦解し溶けていく。その隙に、アシェリナはファルナの首を捻り掴み上げた。


 「く・・・」

 「自分の魔法と戦わない奴に負ける気はしねぇよ。」


 アシェリナの強さにその場に居た誰もが驚愕した。


 「咎人や聖霊ディスオーダをあっという間に・・・。」

 「アシェリナ様・・・すごい、凄すぎる。」

 「さすが上級魔術師ハイウィザードの頂点に君臨するアシェリナ・ブライドリック――。ん、ミトラ殿、どうされましたか?」


 エリスたちの弾む声とは反対に、ミトラは険しい顔をしていた。


 「アシェリナの強さはあの魔術具の吸収力にあります。あの道具は非常に稀有なアイテムで、彼以外に扱える魔術師ウィザードを僕は見たことがありません。吸収する存在があれば、無尽蔵に戦える能力を持つ反面、膨大な魔法力を繊細なコントロール力で制御しなければならない代物。その分、魔術師ウィザードの技量を必要とする特異なものなんです。」

 「アシェリナ殿はそれを完璧に扱えています。何か問題でもあるのですか・・・?」

 「この空間は僕たちの魔法の源であるElementが極端に削られている。だから精霊の力には頼れない。今、アシェリナが吸収しているものは普段とは違う異質なもの・・・。」


 視線の先ではファルナが苦しそうにもがいている。圧迫される首にはいくつもの血管が浮き出ていた。


 「このまま骨をへし折って終いだ。」


 一気に力を込めるアシェリナに、しかしファルナは笑って見せた。


 「ハハハ・・・、バーカ。お、まえ、がおわ、りだ・・・」


 その瞬間 何発もの火球がアシェリナの背中に被弾した。思わぬ攻撃を受けたアシェリナは吐血しその場に倒れ込んだ。


 「アシェリナッ!!」

 「い、今のは・・・!?」

 「火精霊サラマンダーの魔法・・・!?でも誰が――」


 背後に細い影が伸びる。そして魔法を放ったであろう人物に誰もが目を疑った。


 「あ、あなたは・・・」

 「オ、オクリタ殿ッ!!」


 そこにはケガで治療中だったオクリタがガタガタと震えながら立っていたのだ。


 「オクリタ殿!何をしているのですか!?」

 「ち、違う・・・僕じゃ、ない・・・。」


 オクリタは明らかに動揺していた。目には涙を浮かべている。


 「アシェリナ、大丈夫か!?」


 駆け寄るミトラを制止するかのように片手を上げ、


 「まさか死人以外も操れるなんてな。油断したぜ・・・。」


 とアシェリナは汚れた口元を乱暴に拭った。


 「ハハハ、そのとおり!さっき雷精霊トールを呼ぶ時に、闇精霊ヤンマの欠片を一緒に投げていたんだ。」


 震えるオクリタの背後には軽快に笑うファルナの姿があった。


 「でもなんでオクリタ殿が・・・!?闇精霊ヤンマは生きた人さえも操れるというのか・・・!?」

 「そうだと言ったらどうする?お前たちもこうやって俺の操り人形として使ってやろうか?」


 その言葉に誰もが怯んだ。

 四大精霊と違い、魔術師ウィザードに使役されることない聖霊ディスオーダの特性は未だ解明されていないことが多い。さらに、咎人の持つエレメントキューブの贋作がどのような物かさえ分からないのだ。

 無識を前に人は躊躇する。オクリタの姿はそれを印象付けるのに十分だった。


 「闇精霊ヤンマはそんなことしねーよ。」


 しかしアシェリナだけは違った。ファルナに対峙するように前に立つ彼のケガは決して浅くない。


 「ア、アシェリナさ、ん・・・わ、わたしは・・・」

 「いい、大丈夫だ。」


 首を横に振り、ガタガタと震えるオクリタにアシェリナは優しく頷いた。


 「やっぱりあんたには通じないか。」

 「ああ、聖霊ディスオーダが人を操るなんて聞いたことがない。どうせ出まかせだろ?」

 「まぁね。でも全部が出まかせというわけでもないんだぜ?」

 「なに?」

 「闇精霊ヤンマは媒介に過ぎない。コイツが操られた理由は別にある。

 この中で1番妬みが濃いんだよ。」

 「妬み、だと?」

 「あぁ。この結界の中で1番 負の感情が濃かった。それに咎人の負の意識を同調させたんだ。」


 ミトラがハッとする。

 属性魔法評議会エレメントキャンソルの話し合いで、オクリタは南の魔法域レギオンに対し敵意を剥き出しにしていたことを思い出したのだ。


 「たかがそれぐらいで、魔法域レギオンの代表を務めるやつが操られるわけないだろうっ!」

 「そうだね。不屈の精神は魔術師ウィザードになる為の必要な素質。そう簡単にはいかないさ。

 だけどコイツはケガを負い意識を失っていた。肉体の弱体化は精神に強く影響する。そこに闇精霊ヤンマを媒介にして精神を乗っ取ったんだ。俺たち咎人は負の感情に敏感だからね。だから、きっかけはコイツの心にある妬みと羨望への嫌悪感さ。」

 「そ、そんな・・・私が・・・私のせい、だと・・・。」

 「そうだよ。君が弱いから、脆いからアイツに魔法を浴びせたんだ。でも当たった時は気持ちがよかっただろ?それが君の本音だよ。」

 「くっ・・・あっ・・・あぁ・・・!」

 「オクリタッ!そいつの言葉に耳を貸すなっ!!」

 「ずるいよね、あいつらばっかりいい思いをして。上から弱者を見下ろすあいつらは、君の魔法域レギオンのことなんて何も考えてくれちゃくれないよ。」

 「あ・・・っ・・・・うっ・・・」

 「やめろ!意識をしっかり持て!呑まれるなっ!」

 「さぁ、僕が手助けしてあげる。君は何も考えず気持ちよく魔法を使えばいい。さぁ、あいつらに向かって。」


 オクリタの手に火精霊サラマンダーの紋章が浮かび上がる。その先にいるミトラたちの元へ駆け寄ろうとしたアシェリナを、すでに形相が崩れた連合ユニオンの使者が足止めをした。


 「いつのまにっ――!」


 放たれた魔法は防御壁とぶつかり合う。オクリタ以外の魔法域レギオン代表の3人が作り出した障壁だ。


 「ミトラ会長っ、ダメっ!」


 ミトラの身体のことを考えればこれ以上魔法を使わせるわけにはいかない。

 加勢しようとするエリスに風が頬を撫でる。その空気と視線を瞬時に理解したエリスは駆け出した。


 「菲耶フェイ、来てっ!!」

 「エリスッ!?」


 向かう先にはアシェリナの動きを封じる使者がいる。エリスはありったけの魔法力を使者にぶつけながら叫んだ。


 「菲耶フェイ、もう1度っ!」


 エリスの考えがすぐに分かったのだろう。魔術具を取り出した菲耶フェイはメロディーを響かせる。その軽やかな音楽と共にエリスは大声で詠唱を唱えた。


 「All Element 水精霊ウンディーネ!!」


 エリスの放たれた魔法がゆっくりと凍っていく。それは使者の身体をゆっくりと包み込み、やがて薄っぺらな氷像となった。


 「がはっ・・・!」


 その隙にアシェリナの拳がオクリタの腹部に埋まる。オクリタを気遣った攻撃は、それでも彼の気を失わせるには十分の力だった。

 あまりに急速な展開に、オクリタという壁を失ったファルナは一瞬だけたじろぐ。 その瞬間を見過ごすはずのないアシェリナの剣がファルナを貫こうとした時、ふわりと揺れる2つの影が横切った。

 アシェリナは目を大きく見開く。

 穿つ剣を受け止めたのは、ファルナを庇うように身体を重ねた2人の霊魔だったからだ。

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