第32話 残る傷
テオは激高した。そして勢いよくアイバンに駆け寄るも、ケガの痛みにより転んでしまった。
「くっ・・・!シリアに何をしたっ!?」
目の前で派手に転倒したテオにアイバンは手を差し伸べたが、それは今にも咬みつきそうなアイバンの様相に遮られた。
「は!?」
「何をしたっ!?泣いてるじゃねーか!」
指さした先にはペタンと座っているシリアがいる。もう涙は止まっていたが、明らかに泣いた跡が見て取れたのだ。
「あぁ。落ち着けって。魔女っ子ちゃんはケガをしてないから。」
「魔女っ子ちゃんっ!?」
聞きなれないシリアの呼び名に、さらにテオのこめかみに血管が浮きあがった。
そこにエリスが仲裁に入る。
「テオ!ケガをしているんだから大人しくしてなさいっ!」
「でも・・・!」
キョトンとしたシリアだったが、状況を飲み込みテオに駆け寄った。
「テオ、大丈夫ですわ。安心して涙が出てきてしまったの。ありがとう。」
泣き笑いをするシリアに、テオから怒りの表情が消えていく。
「ふぅ~~ん。ふぉ~~ん。ふぃ~~ん。」
変な声を出したのはアイバンだった。テオとシリアを見てニヤニヤとしている。
「なっ!何スか!?」
「テオ、まずは失礼を詫びて下さいな。」
「うっ・・・!早とちりして、すいませんでした・・・。」
「はははっ!!いいってことよ。とりあえず、全員無事で良かったっ!!」
「ブジ?セリカは?」
「あ、それなら絹江さんのお腹の中です。」
シリアが視線を送った先には巨大なカンガルーが頭をポリポリとかいている。
テオたちは絹江さんのお腹が膨らんでいることに驚愕した。
「絹江サンッ!?」
「セリカ、食べられたのかっ!?」
「あっ、いえ!絹江さんのお腹のポケットに入っています。」
シリアが慌てて誤解を解こうと絹江さんのお腹を開けて見せた。そこにはセリカが横たわっている。どうやら気を失っているらしい。
「さっきまで意識が戻っていたんですが・・・。出血量が多かったのに今は血が止まっています。あれだけのケガだったのに。」
「エリス、回復魔法使ったのか?」
不思議そうにテオが尋ねる。しかしエリスは首を振った。
「いいえ。今魔法は使えないんでしょ?ほら、シリアの魔法も消えちゃったし。」
「それなら、もう大丈夫よ。森の気配が通常に戻っているわ。咎人も消えたし、彼女の造花が無くてもエレメントは正常に動いてくれるはずよ。」
「造花?チビっ子が胸に挿していたやつか?」
「チビっ子って言わないで!今回はこの造花に助けられましたの。詳しいことはまたお話ししますわ。」
そう言うとシリアはそっと造花を優しく撫でた。淡い光はもう消えている。
キュポッと音を立てたのはエリスだった。
そして
「ALL Element
テオに向けて手をかざす。
「精霊の
薄い蒼色の光と優しい空気がテオを包み込むと、みるみるとテオのケガが治っていった。
「おぉ!サンキュー、エリス!これでやっと自由に動けるぜっ!」
テオは体の関節を伸ばすように軽いストレッチをしてみせた。
「とりあえず応急処置よ。シュリさんとアイバンさんは大丈夫ですか?必要なら回復します。」
「いいえ、私たちは大丈夫よ。とりあえずこれで、全員自分の足で帰れるわね。」
シュリがため息をつきながら見回すと、小さく手を挙げている人物に気が付いた。
「あ、あの~」
自分の胸の前で小さく手を挙げたのはロイだった。
「何?どうしたの?確かあなたは、最初に見つけた時に軽く回復させた筈だけど。」
「オレ、魔障痕が消えてないんです・・・。」
「え!?お前、霊魔の攻撃を受けていたのか?」
「え・・・。あ、はい。爪にやられちゃって・・・。」
ロイは霊魔に攻撃された腕をギュッと握った。
「どれ!?」
「いやぁぁんっ!」
アイバンがボロボロになったロイの服を引きちぎる勢いで脱がしてみせる。
咄嗟に出したロイの声に
「キモチワルイ。」
「さっきは、自分から魔障痕を見せてくれたのになぁ。」
「いや、綺麗なお姉さんになら脱がされてもいいけど、男は普通にイヤでしょ。」
何を当たり前なことを、と言わんばかりにロイの目が訴えかければ
「本当だ、魔障痕がある。霊魔は倒したはずなのに・・・。」
アイバンはロイの左腕を凝視した。そこには痣があり気味悪く脈打っている。
「霊魔が消滅すれば魔障痕も共に消滅するはず。ってことは、霊魔はまだ消滅していない?そんな、まさか・・・。」
「え──?絹江さん、どうしたのですか・・・?」
その時、絹江さんが威嚇していることにシリアが気が付いた。ある方向を見ながら長い尾を震わせている。
しかし絹江さんの視線を追うよりも前に、ズルズルと何かが這う音を全員が耳にした。
「あっ!」
シリアは思わず手で口を押えた。
音を辿った先には、真っ黒になった霊魔がうつ伏せの状態で必死に体を引きずり動いていたのだ。
「やっぱりまだ生きていたのね!?アイバン、止めをさすわよ!」
「いや、待てシュリ!様子がおかしいぞ。」
霊魔はこちらを見ることなく一心不乱に何かを目指しているように見える。シュリたちの存在にすら気付いてないようだ。
爛れた皮膚を擦りながら這う姿は見ている側にも痛覚を与えるようだ。それでも必死に霊魔は体を引きずっている。
「一体何を・・・?」
攻撃の意思が無いとはいえ霊魔から目を離せない。実際には数分足らずの時間がとても長く感じる。
ある場所で動きを止めた霊魔は、顔が地面に触れる近さで辺りを凝視しはじめた。どうやら既に視力をほとんど失っているらしい。気配だけを頼りにここまで這ってきたようだ。
曲がるはずのない方向に折れている腕と粉々になった爪を必死に使い探し出したのは、ガロが嵌めていたシルバーの指輪だった。
見つけた指輪を手の中で握りしめた霊魔はそのまま動かなくなってしまう。
しかし、しばらくすると、低く唸るような声の中に小さな嗚咽が混じりだした。
「泣い、てる・・・?」
霊魔が泣くのか。
負の感情を植え付け、操られた精霊が霊魔だ。感情なんて持っていないはず。
しかし目の前にいる黒く恐ろしい姿をした霊魔は、何かにすがりつく子供のようにむせび泣いていた。
その声はどんどん大きくなっていく。
「アイツと戦っている時、目が合ったんだ。」
アイバンがその時を思い出すかのように話し始めた。
「オレを噛み砕こうとするアイツの口を押さえていた時、スゲー悲しそうな眼をしてたんだよ。その眼が、こんな事はしたくねーよって訴えかけてきた気がしたんだ。」
「でも、なんで指輪を・・・?」
シュリが疑問を口にした時、霊魔の真っ黒な体がボロボロと崩れ始めていく。
崩れた体の一部はサラサラと風に流され、ゆっくりと静かにその存在が小さくなっていった。
しかし
誰もが息を呑んだ。崩れ始めた体がまるで殻だったかのように剥がれ出てきたのは成人男性だったからだ。
指輪を胸に抱き、何かを伝えるように泣いている。その体も少しずつ消え始めていた。
「え?」
森に吹く風が嗚咽の中に混じる声を届ける。
「・・ん゛・・・ごめ。じ・・あ゛わ・・・に・・・やぐ、ぞぐ・・・、ごめ・・・・。あ゛い、でる・・・。あいじ、る、ナタ、ーシャ──。」
その姿が空気に溶け終わると小さく光るシルバーの指輪だけがさみしげに地面に残されていた。
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