第3話 児童養護施設

「リヴェノさん! よろしくおねがいします!」

「ああ、よろしく」


 任命拒否から三カ月後。俺は近くの住人と仲良くしながらスローライフを満喫していた。


 まだ働けるというのに貯蓄だけで暮らしている様子は、大人からすれば感じの悪いものだろう。


 しかし、純粋な子どもにとってそんなことは関係がなく、元魔術会議に任命されていたという子どもたちが到底手の届かないような実績を述べれば子どもを魅了するのは容易だった。


 そんな中、児童養護施設で魔法の授業することを始めた。児童養護施設の子は義務教育だけで塾などに通わせるのが難しい。そのことを不憫に思った院長が自らの給料を削り募集していたのだ。給料はお世辞にもよいとはいえず、余ったパンケーキを追加で貰う程度だ。だが、俺が研究に勤しんでいた頃は文化的な生活など全く実現できていなかった。こうして子どもたちと触れ合いながら生活するというのは、大変なこともあるがなかなかに充実しているものだった。それに、子どもたちも俺に懐いてくれている。


 児童養護施設に住んでいるだけあって、高度な教育を受けられないことがある。そのため、俺は比較的難しめの魔法の問題を取り上げることにした。

 

 魔法というのは覚えることが多い。ただ魔力があれば、使える魔法が多ければよいというものではない。魔素の合成や分解。動き方などに至るまでで、理解できるものはとても少ないのだ。


「このとき、ファイアーボールを発動中にかかる力は、魔法力と熱エネルギーに加えて実は重力がかかってる。よって、変化した魔素粒子を計算すると──」


 講義を聞いてくれている子どもたちの方に目線を変える。しかし、そこにいたのは突っ伏したり、欠伸をしていたり、瞑想していたりする子どもたちだった。でも彼らはまだマシだ。一番酷いのはソウンダとかいう十四歳の女子で、遅刻は日常茶飯事。途中で抜け出すことも多々ある。


 残念だが、真面目に考えていてくれてそうなのは一人しかいない。


 俺は呆れて、渋々教鞭を置いた。


「……今日はもう終わりにするか」


 その瞬間、椅子に座っていた子ども達は一斉に立ち上がった。その言葉を待っていたかのように、一斉に動き出し自由気ままに振る舞い始めている。講義の時間に限ってはとことん俺は嫌われているようである。


「はぁ。うまくいかないな」


 わざわざプリントも作ってきたのに、無駄になってしまった。だがこのプリント、良く出来ていると思うんだがな……。


 プリントの出来にうっとりしていると、一人の女生徒が近づいてきた。


「あのー。この問題なんですけど」


 俺に問いかけたのは、最前列に座り必死で俺の話を理解しようとしてくれた女生徒。ミレーラだ。


 髪の色は王国ではかなり珍しい薄灰色で年齢は16歳。頭はいいものの孤児のため進学できず、町外れの店で働いている。勉学意欲はとても高く、講義があるときは毎回必死で聞いてくれるのだ。


 俺としても、俺の講義を熱心に聞いてくれている生徒を蔑ろにできるわけもない。


「この問題は……。この式にここの数値を代入するんだ」


「なるほど。そうだったんですね。そういえば、リヴェノさんって、すごい方だったんですよね。ここの出身なんですか? あと、どうしてこんな田舎に?」


 ミレーラは魔法の問題に集中しながら、ふとそんなことを呟いた。そして、すぐ自分が他人のプライバシーを侵害していることに気づいたのか、必死で否定する素振りを見せた。


「あ、別に差し支えなければで結構です。すみません……」


「ああ……」


 俺は魔術会議の会員になるのを諦めた。だが、魔術会議の会員になりたくないかと言われればそれは嘘だ。任命拒否がなければ俺は魔術会議の会員を続け、今でも自暴自棄になりながら研究に没頭していたはずだ。


「出身はアバンダっていうこの近くの村。そこから上京してから必死で研究してたんだよ。でも、思うように結果が出なかった。だから自暴自棄になっててね。任命拒否されたとき、いい機会だと思った」


 ミレーラにアバンダの名を告げると知らないとばかりに首をかしげるも、それ以外は熱心に聞いている。


「何の研究なんですか? あと、何で必死に?」


 研究内容を言ってしまっていいのだろうか? 俺が研究していた頃、他の学者に話すものなら渋い顔をされるか、途端に計画凍結を迫られるほどのものだ。研究を支持してくれたのはアトラさんや、フラクタさん、レリグさんくらいだ。とてもじゃないが、他人に口外はできない。


 しかし、ミレーラを見ていると不思議と居心地がよく、他人のような気がしないのだ。そして、どこかミレーラの顔立ちを前に見た気がするのだ。もしかして──。


「……まさかな」


 俺はどうやら思っていたことを口に出してしまったらしい。


「……ん? 何か言いました?」


 小声で呟いのが幸い、ミレーラからすれば何かを言った程度にしか聞こえていないようだ。


「すまない。それは教えられない」


 俺はミレーラに視線を合わせず謝罪した。


 ミレーラが他人の気がしてならないといえども、それ以上に怖かった。居心地がよいから、拒絶される言葉が出るのが怖かった。


「いいですよ。他人に教えられない秘密なんていっぱいありますからね」


 ミレーラはまるで気にしていないかのようにほほ笑むが、どこか悲しんでいるようにも見えてしまった。


「それにしても、この近くにアバンダって村があるんですね……。知りませんでした」


「……」


 アバンダ──言わないほうがよかったか。


「ん? どうしたんですか」


「いや、何でもない」

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