第三章

努力と努力じゃないこと


 アイノは書いた。

 毎日、自分の思っていること、感じたことを。

「あんた、そんなことやってると婚期逃すわよ?」

 イヨは呆れたように言うが、アイノは気にしなかった。

(わたしはいま、これがやりたいんだからいいの!)

 空の綺麗さ、自分の気持ち、紙に文字を書いていると、気持ちがすごくすっきりしていくのがわかったのだ。



 その日は朝から雨が降っていた。アイノは気持ちがどんよりしていた。

 母がお見合いの話をしつこくしてくるのだ。自分は父とお見合いで結ばれている。いい家柄の男と、早く一緒になってこの家の格をあげたいのだ。

(その役目をあたしに押し付けられたって……)

 とはいえ、自分がそれを押しのけるほど一緒になりたい誰かがいるわけではない。多分、それが問題なんだろう。

 アイノ自身、誰かと一緒になることに対して夢がないわけではなくて。

 でも、このままだと、自分が親世代のものを背負ったまま、子どもを産んでしまうことになる。

(それだけは避けたい)

 この手で、上世代のものが抱えてきたものを昇華しなければ、自分の求める幸せは掴めない。

 それだけは、何となくわかってきた。

 まだ、どうしたらいいのか具体的なことはわからないけれど。

「はぁー」

 ため息。

 考えてもしょうがない。手を動かそう。そうしているうちに、見えてくるものがきっとあるから。

 「恋をしなさい」

 テディさんの助言の中で、アイノがまだ実践できてないものが一つだけある。

「恋かぁ……」

 してみたところで、自分の家を背負ってくれる人、などの条件が重くて考えてもみたくない。人並みの恋愛が自分ができないと思うと、それはとても悲しいのだけれど。

 こんな時は、イヨに話を聞いてもらおう。



「好きな人でもできたの?」

「そう言う訳じゃないんだけれど」

「でも、いいことじゃない? 物語は恋愛要素が入っている方が、あたし好きだな」

 楽しそうに笑うイヨは、ここ数日で何かが大きく変わったように見える。 

 それが何か、イヨは教えてくれないけれど、あの海祭りの夜に何かあったのだろうとアイノは予測は立てている。

「イヨは、好きな人いるでしょ?」

「……ん」

 少し目線を逸らされる。アイノは質問の角度を変えることにした。

「こういう人と一緒になりたい、とかある?」

「うん」イヨは迷いなく答える。「心から好きだな、と思える人」

「家のこととか、考える?」

「考えなくはないけれど」イヨは少し黙った。「でも、あたしの人生だから、あたしの好きなようにするから」

 アイノは答えられなかった。イヨは少し考えてから口を開いた。

「アイノが家のことを気にするのはわかるけど、それじゃアイノは幸せになれないんじゃない?」

「あたしの幸せ」

 考えてきたような、考えてこなかったような。家が重いとは思ってはいるものの、そもそも家族が大好きなのだ。だから、今の家族の状態を放っておいて、自分だけ好きなように生きることができない、と思っている。

「どう生きるかは、その人それぞれだけど」イヨは、静かな瞳でアイノを見る。

「自分の思った通りに生きないと、あたしはもったいないと思うけど」

 アイノはちらっと、部屋の隅に用意されている荷物を見た。

「ねぇ、イヨ。あなた、どこかにいくつもり?」

 イヨは、ふふふと笑った。「内緒だよ? あたし、灰牙にいく。ニケに会いにいくことにする」

「本気!?」

 アイノは驚いて大声を出してしまった。

「どうしてそこまで」

「だって、これだけ日数がたっても、忘れられないんだもの」

 イヨはうっすら頬を染めた。

「でも、向こうがどう思っているかわからないんでしょ?」

「アイノ」イヨは真剣な目でアイノを見た。「安全地帯にいて、得られるものなんてたかが知れてるの。これは、大人の恋愛なの。あたしは、一生を一緒に過ごせる人を見つける。そこで何があっても、それはあたしの責任だから」

「イヨ」

 アイノは驚いてしまった。(イヨはやっぱりすごい)



 とはいえ、恋愛しようにも、無理矢理好きな人を作るわけにもいかず。

「イヨみたいな運命を感じる恋愛を、あたしもできるかしら」

 イサナにいる男性は、たとえば、一番モテるイケメンはアデニル、幼馴染のマヒト、流子のユラ。

(運命みたいなのを感じる人は特には……)

 では、海祭りであったタルホはどうだろう。運命の人とまでは思わなかったけれど、また話してみたいような気がする。

 いい話を書くためならば……。

 いろんなものを見たり聞いたりするのがいいだろう、とは思う。

アイノは思い出した。

「エルバスを見に行こう! 今、あたしが一番やりたいことは、きっとそれだ!」

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