さて何を書きましょう

数日、アイノは自分がなにを書きたいのか悩み続けた。

作家になりたいとは言ったけれど、あたしは一体なにを書きたいんだろう。

 そう悩み始めて数日。あるときふと、書きたいものがあるから作家になるんだな、と気がついた。

作家になりたいからなるのではなくて、たくさん書いていたら、気づいたら作家になっているんだろう。

 アイノはまず、自分で話を作ってみることにした。家のそばに咲いていた、小さな黄色の花を主人公にしよう。しかし、どうも面白くもなんともない。


「これじゃあ誰も呼んでくれないよなぁー」

 ぼんやりしながら浜辺を歩いていると、友達のイヨが近寄ってきた。

「アーイノ! なにしてるのっ」

 突進する勢いで飛びついてきたイヨを、アイノは受けとめ損ねて倒れてしまった。

「ちょっと、びっくりするから」

「ぼけっと歩いているからよ!」

 まったく悪びれる様子もなく、イヨはケラケラと笑っている。


 海祭り以降、イヨはどうも情緒がおかしい。

 やけに元気な時もあれば、1人でぼーっとしている時もある。もともとそういう部分を持っている子ではあったが、落差が激しくなっているような気がする。

「あのね、ちょっと嬉しいニュースがあるの?」

「ニュース?」

「まだ噂なんだけどね」

 イヨはこそっと声を顰める。

「月が変わったら、旅芸人が来るらしいよ」

「え、本当!?」

 不定期で時折現れる、不思議な集団である。

(それってちょっと面白いかもしれない!)

 


 数日後、噂通り旅芸人が現れた。

背が高くて、ここらでは見かけない、真っ黒な肌をしている。

「あれは、男の人でいいのよね?」

 アイノはこそっとイヨに聞いた。

 なぜなら、真っ黒なピタッとした服のラインは確かに男性と思うのだが、ド派手なピンクのグローブに、真っ赤な口紅、そしてピンヒールの靴。

 出立ちに驚いてしまうが、その表情は余裕たっぷりの妙齢の、女性そのものなのである。

「無論男性じゃ」

 みると、ファーリがホッホと笑っている。

「ここいらではあまりいない、随分と奇特な出立ちの方ですねぇ」

 引き攣った顔のイヨに、ファーリは答えた。

「見ればわかる。あれは素晴らしい才能の持ち主じゃからな」

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