第6話 環境

 翌日もクロエは学校を休んだ。彼女は完全に不登校になってしまった……。


 幸いなことに今週はオリエンテーション週間。本格的な授業は来週からだった。


 週末の大会で、クロエに謝る機会をつくって、何としてでも彼女を学校に連れ戻す――その一心で、秋人はカードリストと格闘していた。


『メイジノワール』のトーナメントで使用可能なカードはざっと一〇〇〇枚近くにのぼる。秋人は集中するために、『ブレイン・サウンド』を聞き流し、一枚一枚のカードを頭に叩き込んでいく。

 

 ――環境、という言葉がある。


『メイジ・ノワール』は二〇年以上、世界中でプレイされているカードゲームだが、新しいカードセットが定期的に発売されている。いまのところ、大型大会で使用できるのは最新のカードセット四つ。数年に一度、使用できるカードセットが入れ替わるのだ。もちろん、昔のカードが使える大会もあるらしいが、マイナーらしいが、古いカードは入手困難だし、手に入らないカードばかりではプレイヤー人工が増えないから当然と言えば当然だ。


 つまり、『メイジ・ノワール』では、カードプールが激変する。吸血鬼デッキが最強のときもあれば、ゾンビデッキが流行することもあるし、ネクロマンサー(死靈使い)デッキなどが台頭することもある。環境が変化しつづけるのだ。


 カードプールを眺めながら秋人は、把握はあくすることからはじめた。



    ◆ ◆ ◆



「アタシ、カードリスト全部覚えてこいって言ったわよね?」


 翌日の演劇部。


 カードリストを丸暗記してこなかった秋人を、勝美がものすごい形相で睨んでいた。


「丸暗記とか、どんな根性こんじょう論だよ……昭和かよ」

「なんですって!?」

「まあまあ、二人とも……」


 間に入ったのは、演劇部の部長で二年生の宮下大志みやした・たいしだった。


 直線的なラインのシャープなメガネの、ザ・理系という印象の宮下は、高身長でしかも筋肉質。体脂肪率一桁台で、なぜ演劇部? なぜカードゲーム? という男だった。


『メイジノワール』は二〇年以上も歴史があるが、故にプレイヤーの年齢層は高くなっている。せっかく手に入れたカードが数年ごとに大会で使えなくなるということは、常に最新のカードセットを買わなければならないことを意味する。故に、若いプレイヤーでは使える小遣いも少ないので新規参入が難しいのだ。


 そんな『メイジノワール』を布教するべく、宮下はレアリティの低いカードを無料で部員に配布し、すこしでもカードゲームの楽しさを伝えようとしている。


 カードゲーム部では学校の許可が通らなかったので、表向き演劇部ということにしているらしい。


 ……というわけで。


 秋人はシャドー演劇部(カードゲーム部)に入部することが決まり、部長は「歓迎します!」とむかえ入れてくれたわけだ。


「まったく、やる気あるの、アンタは!?」


 勝美がやれやれと溜息をつく。

 秋人は勝美から預かったカードリストをつっ返しながら、「カードリストを全部覚える必要はないだろ?」と言った。


「要は、環境を定義づけるカードを把握はあくすればいいんだからさ」

「環境を定義?」


 何を言っているのか意味不明、というように、勝美は首を振った。


「ほう?」


 感心したようにうなったのは宮下だった。


「興味深い。駿河氏には何やら考えがおありのようだ。聞かせていただけるかな?」


 かつての強豪プレイヤー、ということで、宮下部長は俺のことを「氏」をつけて呼ぶ。やめてくれと懇願したが、四角四面のこの男は自分を曲げなかった。


 秋人はつづけた。


「トレーディングカードっていうのは、強いカードもあれば、弱いカードもある。そして、レアリティの高いカードがすべて強い、というわけでもない」

「その通り。クズレアを掴まされたことが何度あったことか……」


 しきりに頷きながら、過去の思い出に耽ろうとする宮下部長を、咳払いで牽制する。


「……プレイアブルで、トーナメントレベルのカードは限られてくる。強いカードを使いたくないプレイヤーはいないよな? みんなが使いたい最強カード、すなわち、どのデッキにも入っているカードが出てくるはずだ」

「それが――環境を定義づけるカードってわけ?」


 勝美が確認する。

 秋人は応とうなずく。


「そのとおりだ」

「アンタ本当に記憶ないのよね……?」


 うたがわしし視線を勝美が送ってくる。

 秋人はネタバラシをすることにした。


「なーんてな。環境を定義づけるカードなんてすぐ見つかる。カードリストを全部眺める必要もない」

「『メイジ・ノワール』のネット記事でも読みあさったのですかな?」


 クイッと眼鏡を押し上げ、宮下部長が問う。


『メイジ・ノワール』は世界中で大型大会が開催されている。そのトーナメントで、どのようなカードが活躍したのか。ネット記事がSNSやオンラインカードショップのサイトに氾濫はんらんしているのだ。


「残念ながら、そんな面倒なことはしていない」

「じゃあ、どうやって……」

「買取表さ」

「なんですって!?」


 おお、と宮下部長からも感嘆のつぶやきが起こる。


「人気のカードは品薄になる。だから、高く買取る。ちなみに、今の環境で強いカードは、『冥界めいかいのネクロマンサー』だろ?」


 勝美はフンッ! と顔をそむけ、くちびるとがらせている。


「一本取られましたな」


 ちなみに、買取表というヒントを教えてくれたのはクロエだった。そのことは、秋人の胸にだけしまっておいた。



    ◆ ◆ ◆



 それから演劇部兼カードゲーム部の総当たり構築戦が開催された。


 秋人はカードをもっていないし、ゲームの流れやデッキの流行りを把握するためにも観戦させてもらうことにした。


 クロエとプレイしたのは限定戦と呼ばれるフォーマットで、カードパックから出てきたカードしか使えない。


 一方、構築戦は自分の好きなカードを自由に使える(持っていれば)。週末のトーナメントは構築戦のフォーマットで開催されるので、この数日で構築戦がどのようなものか、把握しておく必要があった。


 勝美、宮下部長の他に部員は二名。


 東という小柄な男と、北原という太ましい御仁だ。東・北原はいずれも二年生で、先輩だった。


 サイコロを振って先攻・後攻決めると、各テーブルで試合が始まった。試合は二本先取。つまり、先に二勝したプレイヤーの勝利だ。


 ゲームの各ターンに引けるカードは基本一枚だ。そのターンにカードを二枚失うようなことがあれば、アドバンテージを失うことになる。つまり、トレーディングカードゲームの本質は、盤面でのカードアドバンテージの交換なのだ。俯瞰ふかんしてプレイを眺めていて、秋人はそんな考えに至った。


 部員二名は、『冥界めいかいのネクロマンサー』デッキを使用していた。


冥界めいかいのネクロマンサー』は墓地からモンスターを召喚する強力なカードで、いかに墓地にカードを落とすかに序盤はついやす。ミッドレンジ(中速)デッキだ。


 墓地とは、破壊されたカードや効果を終えたカードを置いておく領域のことだ。将棋でも相手のコマを取ったら置いておく、追放領域がある。


 普通は役目を終えたカードを置いておく場所に過ぎなかった墓地を、資源リソースに変換するのが、強力なカード『冥界のネクロマンサー』なのだ。


 いっぽう、宮下部長が使用しているのはコンボデッキだった。カードの組み合わせで、膨大なカードアドバンテージを稼ぎ、相手を圧倒する。しかし、コンボパーツを引き当てなければならないというマイナス面もある。


 勝美が使用しているデッキは、環境を定義づけている最強カード『冥界めいかいのネクロマンサー』の対策をした、コントロールデッキだった。戦略としては長期戦を想定している。そして、カウンターとは、相手の呪文を打ち消すこと。つまり、最強カードを通さなければ、勝てるという理論だ。


 そして、対戦結果は……。

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