第34話 またね

「ハァ……ハァ……今のはニコの記憶……?」


 意識を取り戻し起き上がると隣にはニコが横たわっている。彼はまだ気を失ったままのようだった。


 俺が今見ていた記憶は恐らくニコのものだろう。


 断片的で所々ノイズがあり鮮明には覚えていないが、まるでニコと心が繋がったかのように彼の痛みや苦しみ、憎悪を嫌になるくらい感じられた。


 どうして、ニコの記憶を追体験できたのかは分からない。これも、覚醒個体の能力ちからの一つなんだろうか。


「……紡?」


 ニコが目を覚ました。


「ニコ……お前……」


 凄惨な記憶の映像が次々と蘇ってくる。俺はニコになんて声をかけたらいいか分からなかった。


 部外者である自分が軽々しく慰めるような言葉をかけるのは、何だか違う気がする。


 俺が困惑するように目を伏せると、ニコは気遣うように声をかけてきた。


「その様子だと……恥ずかしいなぁ。全部見たのかい?」

「うんまぁ……多分大体は……」

「そうかい」


 ニコは何故か満足げな表情を浮かべ両手足を大の字に広げた。


「……なあ、最後の攻撃。手抜いただろ」

「どうしてそう思うんだい?」

「全部急所は外れてるし、傷は浅い。やっぱり、最初から世界を壊す気なんて無かったんだろ」

「この世界を滅茶苦茶にしてやりたかったのは本当だよ。ちょっと手が滑っただけさ」


 そう言うとニコは大きな溜息をついた。ニコが纏っていた禍々しいオーラはもう収っていて、もう戦う意思は感じられない。


 いつも通りの不健康そうな不良少年に戻ったニコに少しホッとした。


「まっ。何でも良いけどさ。もう戦う気はないんだろ?」

「そうだね。思ったよりも疲れたし、知りたい事はもう知れたからね」

「知りたい事?」

「うん。僕の知ってる世界はね、絶望しかなかった。一掬いの希望を見出してもすぐに奪われる。だからさ、全部壊したかった。こんな世界いらないって思った」

「ああ……」


 きっと、ニコが抱えてるものは全て理解する事はできない。


 というよりも、理解しようとするのはおこがましいのかもしれない。


 いくら、ニコの記憶を知ったからといって俺は当事者ではないし、ましてやニコ本人じゃない。


 口ではいくらでも同情する事はできても、結局の所、ニコの苦しみを肩代わりできるわけじゃない。


 薄っぺらい御託を並べて救った気になるのは、本質的には突き放す事とさほど変わりはないだろう。


「だからね、試したかったんだよ。僕の憎悪を君の心は超えられるのか。それだけさ――あの子達には謝っておいてくれよ」

「ヒマリ達の事か?」

「うん。僕のエゴに巻き込んでしまったからね」

「えっやだよ」

「そこは快く引き受けてくれよ……」

「謝るんだったら自分で言えよ。これから、一緒に戦う仲間だろ?」

「ッ!? 何を言って――僕は魔獣シャドウなんだよ?」

「確かにそうかもしれないな。でも、ニコの心はまだ人間のはずだ。だから、その力は傷つける為じゃなくて、守るために使うんだ」


 俺がニコにしてやれる事。それは、傍に寄り添ってやるくらいだけだ。


「俺はニコの記憶の一部を見た。ニコの苦しみとかそういうのが全部、心の中に流れ込んできた。それでも、ニコの痛みは肩代わりしてやる事はできない。俺は俺だし、ニコはニコだ。だからせめて――」


 俺は寝転がるニコの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ニコの傷が癒えるまでずっと一緒にいるよ」

「紡……君は本当に――クッ……アハハハ!」

「おい。今のは笑う所じゃないだろ」

「ごめんごめん。馬鹿にしてる訳じゃないんだよ」

「そうかよ。んじゃ、さっさと行くぞ。ヒマリもウサギもこえーからな。覚悟しておけよ~」


 魔獣シャドウを仲間にするなんて言ったら、ヒマリもウサギも滅茶苦茶怒るだろうな。


 でも、何だかんだ言いながら受け入れてくれる違いない。


 それは、ニコの記憶の中で憎悪だけでなく彼の心の本質を感じ取れたから、そう思える。。


 ニコの中に心の中にあるのは負の感情だけじゃない。きっと、ヒマリ達も分かってくれるだろう。


 そういや、ニコには家がないからまた居候が増えるな。といっても、ヒマリはもうすぐいなくなるだろうけど。


 また騒がしくなりそうな日常を想像して少し吹き出しそうになる。


 俺は立ち上がると背伸びをした。


 血はもうほとんど止まっていて見た目ほど重症ではなさそうだった。


 体を伸ばしどこか異常がないか確かめているとニコが声をかけてくる。


 しかし、声が小さかったためか良く聞き取れなかった。


「紡、僕は君に会えて本当に良かった。少しだけこの世界が好きになれた。でもさ、一緒に行くことはできないよ」

「えっ? 何か言った――」


 振り返ると――ニコは自分の胸を結晶で貫いていた。


「ニコ!? お前何してんだ!!」


 俺は急いでニコの傍に駆け寄る。


 ニコの体は既に崩壊が始まっていて足の先の方はもう跡形も無くなっている。


「何でこんな事を……」

「ごめんね、紡。この世界で生きていくのは……少し息苦しいんだ。それに、僕はこの世界にいてはいけない存在だからさ……いつか、君を傷つけてしまうよ」

「それでも――それでも!! ニコは大事な友達なんだ……それに、お前にはまだ!」


 俺はニコの胸に突き刺さった結晶を引き抜こうと手を伸ばすが、ニコはその手を制止すると優しく握る。


「ちゃんと、そこまで見えていたんだね。悪いけど、紡に託してもいいかな」

「ふざけんな!! そういうのは自分でやれって――」

「ハハ……もう、そろそろかな」


 ニコの下半身は完全に崩壊し、もう何をしても手遅れな事は容易に分かる。


 俺はニコの手を強く握り返した。


「今よりも居心地の良さそうな場所を見つけたんだ。僕はそこで少し休む事にするよ――それじゃあ、〝またね〟紡」


 そう言ってニコは完全に消滅した。


「ニコ……」


 俺は暫くの間、呆然として膝をついたままその場から動く事ができなかった






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