第26話 今更だろ

『グゥヴォァァァァァ!!』

「クッ! 数が多すぎる!」


 ニコを追って町へと下りてきたヒマリは、彼が町中に解き放ったパラサイトに手を焼いていた。


 最初の数体は難なく討伐したが、際限なく次々と襲いかかる敵に、ヒマリは徐々に疲れを見せ始めていた。


 ヒマリの魔法は燃費が悪く、威力が高い分心力ヴァイトの消費量も多い。さらには彼女の心力ヴァイト量は平均的であり、決して高くはない。


 瞬間的な火力に特化しているヒマリにとってこの状況はかなり分が悪かった。


「火炎心象魔法『連火撃ガトリング』!」


 ヒマリは自身を取り囲むパラサイトに向けて連続で魔法を放つ。


 しかし、威力が落ち始めたのかダメージはそれほど与えていないようだった。


『グギィィィィ!』


 ヒマリの後ろからパラサイトが襲いかかる。


「ッ! 『火撃バースト』!」


 それにギリギリで反応し、振り返り様に標的の胸部へ向けて火球を放った。


『グォヴォゥゥアァァ』


 弱点に攻撃を喰らったパラサイトは気味の悪い断末魔をあげながら、消滅していく。


「ハァ……ハァ……あと何体倒せば……こんな所で足止め喰らってる場合じゃないのに!」


 ヒマリの目の前にはまだ数体のパラサイトが攻撃の隙を伺っている。


(この後の事を考えれば、今『爆火撃ノヴァ』を使うわけには……)


爆火撃ノヴァ』はヒマリが現在扱える魔法の中で最大火力を誇る。


 放てば一撃で辺り一面を吹き飛ばし、かなりの数の敵を仕留める事ができるだろう。


 だが、そんな大技を使えばヒマリの心力ヴァイトは残り僅かになってしまう。


 そうなれば、ニコに勝てる確率は限りなくゼロに近い。


『グゥボォォォォ!!』


 パラサイト達が一斉にヒマリへと飛びかかる。


「――なりふり構ってられない!」


 ヒマリは心力ヴァイトを高めながら空中へと跳び上がった。


「火炎心象魔法 『爆火撃ノヴァ!』」

『グギィ!?』


 巨大な火球を地面に向けて撃ち放つ。


 火球は着弾するやいなや辺りを炎と爆風で包み込んでいく。


 ヒマリは軽やかに着地した。


「……悪い夢でも見てるのかな」


 爆風が収まる頃には、再び新たなパラサイトがヒマリを取り囲んでいた。


『グヴォォォアァァァァァ!』

「ハァ……ハァ……」


 ふと、ヒマリの脳裏に紡の姿がよぎる。


 こんな時に彼がいてくれたならば、隣で戦ってくれたならば。そんな考えが胸中に浮かんだ。


(違う……そうじゃない……)


 甘えを振り払いヒマリは前を向く。


(一人でも戦うんだ……父さんや母さんのように……命を賭けて守るんだ! あの人がくれた勇気を無駄にするな!)


 絶望的な状況でもヒマリの目はまだ光を失っていない。彼女の意思はまだ折れてはいなかった。


「うあぁぁぁぁっ!!」


 ヒマリはパラサイトへと突っ込んでいく――しかし、彼女がパラサイト達へ攻撃を仕掛けるより先に、流れ星と見間違うスピードで何者かがパラサイトを切り裂いていった。


『グゥヴォア!?』


 一閃、また一閃とパラサイトの体に斬撃が通っていく。


 ヒマリを取り囲んでいたパラサイトは一体残らず消滅し、そこにはヒマリとの二人だけが立っていた。


「俺より強いくせにこんな相手に遅れをとってんじゃねーよ――助けに来たぜ、ヒマリ」








「紡……なんで……」


 ヒマリは地面にへたり込むと不思議そうな顔で俺を見た。


「馬鹿でかい爆発音が聞こえたからな。ありゃ良い目印だったわ」


 町中に溢れかえる魔獣シャドウの気配のせいで、ニコの居場所を突き止めるのに難儀していた俺はヒマリの魔法のおかげで、ここへ辿り着く事ができた。


 取りあえず近くの敵は全て倒したようだけど、まだ何体かは町に残っているだろう。


「そうじゃなくて! 来ちゃダメって言ったじゃん!」

「なっ!」

「巻き込みたくなかったんだよ……魔獣シャドウと戦うのは私達の――」


 ヒマリは多分、俺を守るために突き放すような事をしたのだろう。一ヶ月弱の付き合いだとしても、それが分かるくらいには一緒にいた。


「んなもん、今更だろ」

「え?」

「俺は元々こいつらと戦ってたし、ヒマリが俺の前に現れようが現れまいが、いずれはニコとも戦う運命だった。だから、別にお前は関係ねーんだよ。俺の日常は前からこんなもんだ」

「だとしても――」


 俺はポンとヒマリの頭に手を置いた。


「ヒマリの気持ちは嬉しいよ。でも、俺は俺が戦うんだ。それに、今はこいつもあるしな」

「それは……刀?」

「紗希から託された俺の新しい力だ」


 ヒマリは珍しいものを見るかのように差し出した刀を見つめる。


 そして、指先で優しく触れると


「不思議な刀……紡と同じ暖かさを感じる……」


 そう呟いた。


「さっ! まったりと落ち着いてる場合じゃねーし――立てるか?」

「うん……」


 ヒマリは俺の手を支えに立ち上がると、そのまま胸に顔を埋めるように寄りかかってきた。


「お、おい! 大丈夫か?」

「ごめん……私、助けられてばっかりだね……」


 ヒマリの華奢な肩は弱々しく震えている。俺はそんなヒマリの肩を両手で掴み、胸から離す。


 そして、想いを伝えた。


「そんな事ねーよ。俺だって、ヒマリに助けられてるよ。夕の時だって、お前がいなきゃ危なかったし、それに――ヒマリと会ってから、俺のせかいは変わったんだ。それだけで、十分だよ」

「ッッ! そっか……うん。私、勘違いしてたよ」


 ヒマリの表情には段々といつもの明るさが戻っていく。


「ん?」

「紡は私が思ってるよりも――ううん、何でもない」


 そう言っていつもの笑顔を見せるヒマリに俺は少し安心した。


「何だよ、歯切れ悪いな。それより、これからの事なんだけど、ウサギは大丈夫なのか?」

「ウサギちゃんは多分大丈夫。ああ見えて凄く強いからね」

「え!? そうなの!? 確かにアイツの魔法も中々厄介そうだしなぁ……まあ、ウサギの方は多分、バカ師匠が向かってるから任せて大丈夫だと思う」

「紗希さんが?」

「ああ。流石のアイツもこの事態を放っておくほど怠けちゃいないよ。こっちに来てないって事はウサギの方へ向かってるはず。肝心なのは、ニコの居場所だ。ヒマリは感じ取れるか?」

「う~ん……確実ではないけど、多分あっちの方かな」


 ヒマリが指さした方向は湖畔広場がある方だった。


「分かった。ヒマリは町の残った魔獣シャドウを頼む。流石にこの数は野放しにできないしな。ニコの元へは俺が行くよ」

「……本気で言ってるの?」

「本気だよ。アイツとの決着は俺がつけなきゃいけない。ニコも大事な友達なんだ」

「ハァ……もう何言っても聞かなさそうだね……うん、紡に任せるよ」

「ありがとな、ヒマリ。そっちも任したぜ!」

「了解!」


 俺はヒマリをその場に残し、ヒマリが示してくれた方角へと向かう。


 恐らくニコがいるのは湖畔広場だろう。


 確証はないが本能がそこにいると告げていた。

 

 



 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る