第4話

 イオリがクレアと武器屋のカウンターに座って待っていると、突然ドカッと入り口のドアを蹴破って、数人の男が入ってきた。


「い、いらっしゃ…い……?」


 イオリが驚いた顔で男たちに目を向ける。

 兵士のような恰好をしているが、客ではなさそうだ。

 男の一人が店内を見回しながら言った。


「ここか、シシリの武器店は」

「は、はい、そうですけど……」

「この店の武器はすべて没収する」


 男の言葉に、イオリは目を見開いた。


「え、え、どういうこと!?」

「ハンスリー様のお達しだ。今後、ここでの武器の販売は禁ずる」


 言うなり、外に止めてある荷台に、次々と武器を載せていく。


「ち、ち、ちょっと待って!! 何がどうなってんの!? 父ちゃんがまだ帰ってきてないんだ、勝手なことされたら困るよ!!」


 イオリが男に詰め寄ると、「うるさい」と一喝された。


「きさまの父が、路上で武器なんぞ売ってるから悪いのだ。反乱分子とみなされても仕方ないだろう」


 言っていることが滅茶苦茶だった。


「やめろよ!! 持ってくなドロボー!!」


 イオリはそう言うと大剣を持ち出そうとしている男にしがみついた。


「ええい、離せ!!」


 男は身体をふりまわし、イオリを吹き飛ばす。


「ああ!!」


 叫び声をあげながら、イオリはカウンターに叩きつけられた。近くにいたクレアが心配そうに尋ねる。


「だ、大丈夫?」

「なんでだよ、オイラたち、悪いことしてないじゃん……」


 イオリの言葉に、クレアは立ち上がって男たちに詰め寄った。


「ちょっと!! こんな小さい子になんてことするのよ!! かわいそうじゃない」

「ああん?」


 男が睨み付けると、クレアはさっと振り返って元の位置に戻った。


「こほん、なんでもありません…」

「クレア姉ちゃん、ありがとう。でも無理しないで。あいつら、ここの兵士だから、オイラたち平民は手が出せないんだ」


 イオリは悔しそうな顔で次々と運ばれていく武器を眺めていた。


「ここって、領地を守るはずの兵士たちが領民を痛みつけてるの?」

「どこもそうさ。魔王が倒されてから、世の中変わったんだ。領主はみんな威張り散らしてるし、兵士たちも平民をいじめて楽しんでるんだ」


 その言葉に、クレアは悲しそうな顔を見せた。


「そう……」

「魔王が生きていたら。勇者なんかに倒されてなかったら、オイラの家だってこんなに貧しくなかったのに……」


 イオリの目に涙が浮かぶのを見て、クレアは胸が締め付けられるような気持ちになった。


「………!?」


 気が付けば、イオリはクレアにぎゅっと抱きしめられていた。


「え、ちょ、なに?」

「ごめんね、ほんとにごめんね」

「な、なんだよ。やめてよ。なんでクレア姉ちゃんが謝るんだよ。別にクレア姉ちゃんのせいじゃないじゃん」

「私のせいなの。こんな世界になるなんて。もっと、平和な世界になると思ってたのに……」

「言ってることわかんないよ」


 その時、肩を血で真っ赤に染めたシシリが店にやってきた。


「父ちゃん!!」


 シシリはカウンターにいる二人には目もくれず、武器を外に運び出す男たちにしがみつきながら必死に懇願した。


「待ってくれ!! 頼む、ここの武器だけは持っていかないでくれ!!」


 男たちは、シシリを突き放しながら答える。


「黙れ。これはハンスリー様の命令なのだ」

「お願いです!! 頼みます!!」

「ええい、離れろ。これ以上邪魔をするなら反逆罪で捕えるぞ」


 反逆罪──。

 それは、ここの地域では最も重い罪である。

 殺人罪よりもさらに重く、たいていの場合は家族もろとも死罪となる。

 シシリが反逆罪となれば、息子のイオリにもその罪が及ぶことになりかねなかった。


「………うっく」


 シシリは悔し涙を浮かべてうずくまった。


「父ちゃん……」


 イオリが、そんな父を支えるように肩を寄せた。


 やがて、店から武器がすべて持ち出されると、男たちは荷台を引きながら丘の上にあるハンスリーの屋敷へと去って行った。あとに残されたのは、からっぽの店内と三人の人影だけである。


「…………」

「…………」


 イオリとシシリが、物言わぬ表情で店内を見渡している。クレアは、いたたまれない気持ちでどう声をかけていいのかわからなかった。


「あ、あの………」


 クレアの声に、呆然としていたシシリが初めて顔をあげた。


「あ、これはすいません。気づきませんで」


 誰? という顔をイオリに向ける。


「クレア姉ちゃんていうんだ。一応、レイピアを買いにきたお客さんなんだけど……」


 イオリは言いながら、次第に沈んだ顔になっていく。


「ああ、そうでしたか。それは、申し訳ありません。見ての通り、このありさまで……」


 シシリは頭をかきながら謝る。


「いえ、あの、こちらこそ、とんだときにお邪魔してしまって……」

「クレア姉ちゃんはお金がなくて、レイピアを譲ってくれないかって………」


 言いながら、イオリはハッと気づいた。

 バタバタと音を立てながら慌ててカウンター裏に回り込む。カウンターの下を覗き込むと、彼女が来た時に隠したレイピアがキラリと光り輝いていた。


「あ、あった!!」


 イオリがカウンターからレイピアを引っ張り出すと、シシリに渡した。


「イオリ、これは……?」

「クレア姉ちゃんが欲しいって言ってたんだけど、金がないからってんで、そっと隠してたんだ」

「そうか。これだけでも残っていてよかった」


 シシリは手に持ったレイピアをクレアに差し出した。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ない。こんなものでよければ、差し上げます」


 クレアはきょとんとしてシシリを見た。


「で、でも、これ、この武器屋の最後の品じゃ……」


 シシリはニコヤカに笑って言った。


「閉店記念です。欲しい人に使っていただけるのが、武器にとって一番ですから」


 クレアは、善良な武器屋親子の心意気に涙が出るほど喜んだ。


「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」

「礼なんていりません。こんなものぐらいしか提供できない武器屋なんて、武器屋でもないですから」

「クレア姉ちゃんも、元気出して」


 クレアはレイピアを受け取ると、何度も頭を下げてシシリの武器店をあとにした。

 なんていい人たちなんだろう。

 こんな善良な市民に手を上げるなんて。

 彼女は丘の上の屋敷に目を向けた。

 木造で建てられた町の人々の建物とは違い、絢爛豪華できらびやかな装飾が施されている。


「……あそこが領主の屋敷か」


 クレアは、レイピアを抱えながら屋敷に向かって歩を進めた。

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