第5話 恋心は本物か偽物か
あの日…初めて
「手を握る練習をしましょう」
と美しいセシリアさんに言われて手を握られた。
もちろん女の人に手を握られたことは無かった。人生で初めてかも知れない。
夜会でも僕はずっと1人隅っこに小さくなりボソボソ料理を食べ目立たないように徹していたから。わざわざ僕に声をかける令嬢もいないし僕もかける気はなかった。夜会は嫌いだった。
セシリアさんの白くて細い指、滑らかな手触りに緊張して震えるが、そんな僕を優しく包み込むように握られるとバカみたいにドキドキした。
こんな禿げに優しくするなんて。同情でも嬉しいけど。いや同情か。
練習で毎日手を握られるようになった。
その度に緊張する。赤くなるなと言われるが無理というもの。
夜会参加には相変わらず気が乗らない。
そんな時池の掃除をしないかと誘われた。
貴族が自ら掃除するなんて聞いたこともない。彼女は作業着に着替えていた。
銀髪のふんわりした髪の毛は束ねられポニーテールにされうなじが見えていた。作業着姿でも美しいプロポーションだった。男なら皆やはり惚れるだろう。
少しチクリとする。
「お似合いです…」
「ありがとう!作業着なんて着る機会ありませんからね!掃除もやってやるわ!ローレンス様も早くお着替えになって!」
「は、はいっ!」
と急いで僕も作業着に着替えるが全く違和感ない平民みたいになった。顔も地味だし。禿げているし。
池に向かうと最近新しく入った庭師のウォルトくんが挨拶した。赤毛で顔も可愛い方だ。セシリアさんを見てニコリと笑顔になる。
直感的に彼はセシリアさんに興味があるなと思った。こんな美人なのだから当たり前だろう。
もしかしたら手を出されるかもしれない。
モヤっとした。
「……今日はよろしくね。皆で力を合わせて大掃除よ」
「危ないので奥様方は池のほとりの草むしりくらいでお願いしますね」
と元気に気遣われる。
「あら。池にも入れるけどね」
「ですが…汚れちゃいますし。お美しいお顔も」
とニコリとするウォルトくん。後ろから付いてきたリネットさんが少しむっとしている。
そのままウォルトくんに連れられてほとりの草むしりをして行く。結構伸びていた。
ぶちぶちと草をむしるセシリアさん。
他の使用人は池に入り藻をかき集めたりして大人数でずぶ濡れになり頑張っている。
「奥様…草は根本から抜かないと」
と見本を見せて優しく指導するウォルトくん。リネットさんはますます不機嫌。ハラハラしたけどチクリと胸が痛む。
だってセシリアさんとウォルトくんは中々お似合いだし指導と称して接近している。
セシリアさんも可愛らしい子が好きかも。
僕なんか絵面的にもうアウトだ。
しゅんとして2人から離れて草を寂しくむしる。
するとセシリアさんがやってきた。
「まぁまぁ!ここら辺にも!頑張りましょう!」
と側に来てむしる。何故こちらに来るのか?
ウォルトくんと話していればいいだろうに。
チラリとウォルトくんを見ると彼はもの凄い顔で僕を睨んでいた!!ビクリとするとセシリアさんが
「どうしましたの?」
「いっ、いえ、な、なんでも…」
と言う。あれは彼からの警告?
やはりセシリアさんを狙っているのだろうか。僕が邪魔だから。
草むしりが大体終わる。他の使用人たちは池の藻を取り去り綺麗な水になった。
最初の汚さが嘘のようだ。
式布を広げてリネットさんがバスケットにサンドイッチに紅茶を用意してくれた。
セシリアさんと2人食べる。
他の者も羨ましげに見たりしていた。
なんだか悪いなぁ。こんな美人と。全く釣り合わない僕となんて楽しくないだろう。自信なんて持てないよ。
「だいぶ綺麗になってきたし魚を新しく入れましょう。色とりどりの」
「はい…」
観賞用の魚たちも用意していたからもうすぐ入れて見ようとセシリアさんと話す。
「浮かないですわね?元気を出して!」
と本日の手繋ぎ練習で手を重ねられる。
ドキリとやはり慣れなく赤くなる。
「まぁ…まだ赤くなって!夜会はもうすぐですよ?どうしたら慣れてくれるかしら?」
さわさわと手をマッサージのようにされるとますます赤くなる。
ついでにツボ押しされ気持ちよくなる。
こんな禿げ男が貴方にときめいてごめんなさいっ!と全力で心の中で謝罪する。
セシリアさんはニコリと
「午後からも頑張りましょう!池の回りに花を植えて見るのもよろしいかも!夏になれば綺麗な花が咲きますわ!
労働の後のお食事は美味しいですよ!」
と微笑み嬉しそうに想像するセシリアさん。
美しく可愛らしい。
緊張なのか恋心なのか判らないがセシリアさんが心も綺麗な人なのは確かだった。
しかし事件は起きた。ようやく池の掃除も終わり魚を入れて前より格段にうちの汚い池は綺麗になる。
お礼を言おうとセシリアさんを探すと木の下の裏手にウォルトくんがセシリアさんを捕まえて愛の告白をしていた!
その側にギリギリとハンカチを加えてリネットさんが睨み付けている。
リネットさんはセシリアさん付きの侍女で仲も良かったから応援すると思っていたのに!?何か違和感を感じた。
「一目見た時から俺…あなたの虜で…愛してます奥様…。身体は綺麗と聞きました」
とガバッとセシリアさんに抱きついたウォルトくん!ザワリと胸が痛み、怒りも込み上げた。
しかしセシリアさんはドンと思い切り突き飛ばした!
「随分と臭いのね貴方!」
「えっ!?お風呂には入ってますが」
と言うウォルトくん。可愛く小首を傾げていたが
「違うわよ!変な香水か何かつけているわね?媚薬の一種かしら?それで女達を騙してきたわね?リネットも最近様子が変だもの」
と言うとウォルトくんはニコリからニヤリと悪い顔になる。
「なあーんだ?この類に慣れているとは?罪な方だね!」
「誰の差し金か検討つくわ!エルトン王子ね?私が旦那様を差し置き若い男と浮気しているという噂を夜会で流すためね?
生憎私はその類の媚薬は効かないわ!食事に盛られそうになり毒味役の使用人がおかしくなったのを何度か見たから成分を分析してそれが効かないお茶を毎日飲むことにしたのよ」
と睨むセシリアさん。リネットさんはそれに真っ青になり震えてその場から消えた!!
しかしウォルトくんは
「確かに王子からの命で言われました。ですが、貴方もあんな禿げた旦那より俺の方に靡くはずと自信があったのでね!」
とセシリアさんの手首を木に縫い付け顔を近づける。
ヤバイ!!
僕は頑張って小石をウォルトくんに投げた。
コツン。
「ん?何だ?…おや、旦那様」
聞いていたのを知っているようだった。
「ふふふ、妻が僕のものになるのを見たいようで」
そんなわけがない。
「セシリアさんを離しなさい!き、君はクビだよ!」
「おやおや、禿げた旦那様。貴方は奥様に手を出されないでしょう?醜いその容姿ですし」
と笑うウォルトくんだったが…。
セシリアさんはウォルトくんの股間を思い切り蹴り上げ悲鳴を上げたウォルトくんの隙を付き、ゴアっと回し蹴りをして突き飛ばしウォルトくんはついに土に倒れた所をドカドカと上から顔を踏ん付けた!
「ぐあっ!!やめっ!!いでっ!!」
作業着のセシリアさんは遠慮なくドカドカと蹴ったり踏んだりした。
「この不届き者が!私に無礼をしただけではなく旦那様を傷付けるとは!痛い目にあって当然よ!帰って報告することね!ガードの硬い奥様にボコボコにされてしまいましたと!」
とセシリアさんは言い最後にまたウォルトくんの股間を思い切り蹴り上げて彼は気絶した。
「ふん!…王子め!ここまでして私に恥をかかせたいなんて許せない!人の心をそう簡単に操れると思わないことね!私は恋をしたら一途ですわ!浮気などするものですか!」
とセシリアさんは言うので何故かホッとした。
セシリアさんが自分に恋してくれるとは思っていないが…。
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