短夜 天使は肉を食べてみたい

※食堂で騒ぎを起こしていたソフィアを見つけたマリアンのお話。



昼どきに通常と異なるざわめきを聞きつけて、ペトロネア殿下が楽しそうに微笑まれた。

どうやらペトロネア殿下は騒ぎの元におおよその見当をつけていて、それを面白いと思っているらしかった。それであれば、側近でなにがあったか確認に行くべきだろう。


同伴している側近のうちリンドラはそういうのに向かない、エウロラは一人で向かわせると危ない。シジルは気がついていなさそう。となれば、私が向かうのが無難か。



「ペトロネア殿下、少し離席いたします」

「いいよ。楽しみにしている」



打てば響くような速度の回答から、予想通りペトロネア殿下も騒ぎの確認を望まれていたらしいと理解した。



「マリアン、報告は夕方で良い」

「……かしこまりました」



意図は騒ぎの様子を確かめるついでに、その騒ぎをおさめて、ペトロネア殿下の興味を引くの方の情報も入手して来いだろう。


ペトロネア殿下が使用している食事用の個室を後に騒ぎの中心だろう食堂、一般学生が使用する大食堂に入ると騒ぎの中心は一目瞭然だった。


緩やかに波打つ金髪と、それを彩る波を模した美しい髪飾り。他の天使には見られない生き生きとした輝く目で、食堂のスタッフになにかを言付ける天使がいた。なぜだか少し既視感がある。

まずは騒動を鎮めるところからはじめるのが無難だろう。ソフィア様がお相手であれば手荒いにはならないことは明白で、学園規則に違反した行動にならないことがわかり、少しだけ安堵する。



「時の神クィリスエルのお導きでしょうか。ご挨拶申し上げてもよろしいですか?」

「ええ、光の女神バルドゥエルもお喜びでしょう」

「光の女神バルドゥエルの祝福に感謝いたします。瞬く間のような仮初のときですが、風の子のようにお過ごしいただけませんか?」



騒ぎの中心だったソフィア様に話しかければ、一瞬で切り替えられたらしく、さきほどまでの輝かしいまでの感情があらわれた表情から社交用なのだろう天使らしい儚げな微笑みに変わられた。


騒ぎを収めに来たのだからそれを望んでいたはずなのに、ソフィア様のさきほどまでのあの笑顔をもう少し見ていたかったと、後から詮無きことを考える。



「土の女神ネルトゥシエルからの恵は誰にも妨げられないでしょう」



お昼の食事を一緒にいかがですか?と問いかけて、まさか了承されるとは思ってなかった。天使と吸血鬼では食事内容が相容れない。

エスコートするための手を差し出しながら、ソフィア様に無茶ぶりされていた係に個室を用意するようき言いつければ係は大急ぎで飛んで行った。よほど困っていたのだろう。



「軍神リッカエルの恩寵をいただいてみたかったのです」



ほうとため息をつきながら、まるで世界の争いを憂いたかのような表情で言われた言葉に一瞬理解が遅れた。


狩りで得る食べ物?つまり、肉だろうか。今日の大食堂のメニューは木の実の盛り合わせと、豆を主としたスープ、それにハンバーグのどれかを選ぶようになっている。該当するのはハンバーグだろうが、天使は肉類を食べられないと聞いていた。だから食堂の係は困っていたのか。

遠巻きにソフィア様のことを見ていた者たちが困惑していた理由が明確で、ペトロネア殿下への報告に困らない。


木の実の盛り合わせとハンバーグを依頼して、ハンバーグには火を通すように指定する。私が吸血鬼であるから何も言わなければあまり火の通らない状態で出してきてしまう。肉に慣れない天使にそれは難しい。



「ベリアル様は軍神リッカエルの恩寵をいただいたことがありますか?」

「ええ」

「光の女神バルドゥエルの祝福をいただいたいるようですね」



むしろ肉を食べたことがない者は種族なのではないだろうかと少し疑問を抱くが、間違いなくそのソフィア様がそういうのだから否定はしないでおこう。



「ソフィア様、ぜひマリアンとお呼びください」

「では、お言葉に甘えて、マリアン様!私は前より肉を食べてみたいと思っていてね、それでハンバーグを頼んだんだけど止められてしまって」



王族以外の者が名前でお呼びくださいと伝えるのは、あなたとお近付きになりたいという意味だ。正確にその意図を拾ったソフィア様から神様表現のない言葉をぶつけられて戸惑ってしまう。


フェーゲ王国に外交に来るラファエル様は仲の良いものといるときもその口調を崩されなかった。

これまで天使はそういう種族特性だと思っていたが、ソフィア様が変わっていらっしゃるだけだろうか。それとも、ベリアル家の代名詞のように天使一族のソレも作られたものなのだろうか。


後者であればソフィア様以外にも異端が出てしかるべきと考えると、恐らく前者と考えつつソフィア様の話に相槌をうつ。

食事が運ばれてきて給仕が退室したところで、胸元に指を揃えて手を当てる。確かエデターエル式でとても悲しいを表現する仕草と聞いている。



「時の神クィリスエルのイタズラでしょうか。大変申し訳ないことに、急な用件が発生してしまいました。私はこちらにて失礼いたします」

「マリアン様に風の神シナッツエルの祝福がございますようお祈り申し上げます」



急用で退席したあとに私の食事をどうしようとそれはこの席の上座にいるソフィア様の自由だ。普通なら給仕を呼んで処分するだろうが、そこまでは退出者の管理外になる。


その意味を理解したらしいソフィア様は私の手を握ってまで、守護の祝福を祈ってくれた。少し名残惜しいような錯覚を覚えながらも、笑顔のソフィア様に見送られて退出した。

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