短夜 天使は願いを叶えたい

※間話。シジル視点でのペトロネア殿下とラファエル殿下の会談。エデターエル王国亡国の前。



ペトロネア殿下にラファエル様との会談に同伴するよう言われ、側近として唯一控えることを許された。いつもならきっとこの位置はマリアン・ベリアルだっただろうけど、生憎とあいつは愛しの天使ソフィア様のことで忙しい。

会談のお相手が天使のラファエル様だから文官として控えるのはエウロラ・フーリーでも良かったはずだ、なぜなら相手が物理的に攻撃してくる可能性がない。だからペトロネア殿下がわざわざシジル・アスダモイを指名してきた理由が読めない。


直視すると反射で膝をつきたくなるほど強力な魅了を放つ御仁ラファエル様に、ペトロネア殿下がなんてことなさげに話しかける。

私のためか、ペトロネア殿下も薄らと微笑んでいる唇に魅了をのせて力を放ってくれている。



「あれほど強い天使にはお目にかかったことがありません。素敵な妹君ですね、ラファエル様」

「ペトロネア殿下にそう言っていただけて光の女神バルドゥエルの祝福の片鱗を垣間見たようです」



通常であれば比喩や神様表現を用いるペトロネア殿下がそれを使わずに天使に話しかける様は少し異様だった。

もちろんフェーゲ随一の名をほしいままにしているペトロネア殿下が天使向けの表現がわからないということはなく、理由があって使わない。


その理由を察して先回りできるからマリアンはいつも重宝されている。だが、俺たち側近の間でもこういった立ち会いをいつまでもマリアンに任せっぱなしなのはよろしくないと、マリアン以外の側近で会合したぐらいだ。


話し方は文化だ、ペトロネア殿下が敢えて相手に合わせない理由はなんだ?



「私はソフィアの道に光の女神の祝福が多からんことを祈っております」

「それはうつつにて?楽園あの世のことでしょうか?」

現世うつしよにて」



ここまで聞いて理解した。エデターエル王国では第七王女のソフィア様を軽視されていた。

生まれながらに持つ魔力量が多く、ご自身の心を持たれていたソフィア様はエデターエル王国で認められる天使ではないと否定されて育ってこられたと聞いている。


エデターエル王国でソフィア殿下を暗殺するという話が出ているのか、要は表向きにはソフィア殿下が病に倒れたとしてしまうつもりがあるのかをペトロネア殿下は問いかけられていた。


ペトロネア殿下はフェーゲ王国はそのことを肯定するつもりはないと明示しておられたのか。

さらに言えば、今はマリアンがソフィア殿下の婚約者の第一候補だ。ベリアル家への嫁入りがフェーゲ王国でソフィア様を重要視しているからであり、外交の道具として使うだけではないと伝えるためか。



「ラファエル様が土の女神ネルトゥシエルを愛されるように、私も水の神ハーヤエルを慈しんでおります」

「ええ、夫婦神のごとく付いておられましたから存じております。マリアン様は欲望の神ジラーニエルに魅入られたのでしょうか?」

「いいえ、風の神シナッツエルのご加護をいただき、土の女神ネルトゥシエルの祝福をいただくべく、軍神リッカエルのごとき働きをしております」



ペトロネア殿下がマリアンのことを兄と表したことに血の気が下がる思いだ。疑いはしていたが、本人の口から聞くと重い。

まるで色違いのように似ている2人に以前から多くの魔族たちが疑いを持っていたが、やはり異母兄弟なのか。


それに夫婦神のごとくのくだりをまったく否定しなかった。今回の件がなければ、王配に迎えるつもりがあったと暗喩されている。まあペトロネア殿下の背後が悪魔系であることを考えれば妥当なところか。



「それはそれは……時の神クィリスェルのお導きでしょう。天使は天上の河を羽ばたくよう白い翼を得ました。ですが、ソフィアは天使の翼を持ちません」

「ええ、フェーゲ王国はソフィア様へ惜しみない祝福をお送りしましょう」

「試練の神ピオスエラの苦痛から解放されたようです」



安堵したように微笑まれたラファエル様に膝をつきそうになって足踏みしてしまった。具体的なものはわからないが、恐らくソフィア様の輿入れに伴う外交処置を決めたと思われる。それなら契約魔法を使うはずだ。紙とペンを手元に引き寄せて持って出れるよう待機しよう。



「ラファエル様のはソフィア様なのですね」

「混沌の神カオシエールと手を組んでも、を失うわけにはいきません。ソフィアを光の女神とするようお願い申し上げます」

「ええ、契約を結びましょう」



少し出遅れたがギリギリ契約の紙を用意してペトロネア殿下にお渡しできた。



「数多の翼が羽ばたくのは惜しくありませんか?」



紙にさらさらと古語、エデターエル王国での公用語で契約が記載されていく。ペトロネア殿下はそれを読むことができるため、まるで神話の一遍のようなそれを契約として読み上げて結ばれた。

契約魔法の残滓がキラキラと降る中、ラファエル様はペトロネア殿下の問いかけに答えた。



「神に愛されないただの人形たちにどれほどの価値があるでしょうか」



そう笑ったラファエル様を見ると、顔の造形は異なるのに随分とペトロネア殿下によく似ておられた。それはそうだ、エデターエル王国の唯一の外交官でペトロネア殿下が直々に対応されるお相手がいわゆる普通の天使のはずがない。


退出して行かれるラファエル様をリドワルド離宮までエスコートするのはエウロラとリンドラだ。リドワルド離宮ではペリが待っている。

ラファエル様が退出されて、ペトロネア殿下がくすくすと笑った。



「良い動きだったよ、シジル・アスダモイ」

「恐れ入ります」

「意味は理解できた?」

「天使の言葉は難し過ぎます」

「それで良いよ。わかったら君は辛くなるから」



わからないのが良いとは強さを誇りにする大多数の魔族には受け入れにくい要望だ。


ああ、だから俺だったのか。


アスダモイ家はフェーゲ王国の狗と呼ばれて久しい。忠義に厚いと言えば聞こえが良いが、魔族らしいプライドを投げ捨てている見境のない一家であることは有名だ。



「エウロラが戻ったら新たな家を興す準備をするよう言付けておいて。マリアンには私から話す」

「かしこまりました」



いつもこの言付けだけで必要なことを用意できるエウロラを心底尊敬する。同僚への尊敬の念を新たにしながら、お茶会の後片付けを進めた。


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