第7話 悪魔たちの都合

随分といい場所を知っている。中庭のうち、木々に囲まれて周りの目を遮れるベンチに案内された。



「苦しくはありませんか?」

「え?」

「いえ、ソフィア様なら問題ないのでしょうね」

「あぁ、私は他の天使と違って魔力が多いんだ、1人や2人の治療で力を使い切ったりしないよ」

「それで、私に話したいこととは?」



何も考えてなかったけど、「君が私に魅了されてる」って天使の中で噂されてるからペトロネア殿下に解除してもらってって私から直截に言うのか?!凄く恥ずかしくないかな?!



「そちらこそ、天使の腕を掴んでまで止めたんだ。余程の用事でしょう?」

「そうですね。癒しをいただき、ありがとうございました」

「どういたしまして。庇ってもらったお礼だよ」

「天使からお礼を貰うなんて、中々ない経験ですね」

「みんな与えられて当然と思ってるからね」



そう、天使なら周りを魅了して当然、尽くしてもらってこそ才能がある天使といったところだ。

自分でなにも出来ないのを誇るなんて、気味が悪いと私は思ってしまう。



「どうして庇ったりしたのさ。そんな怪我してまで」

「あなたがいたからでは、理由として認められませんか?」



まるで口説き文句だ。


ラファエル兄様とは全く系統の異なる色気のある美人に口説かれて、私は幸せだなぁとどこか冷えた頭で感想を述べる。さて、これなら望む方向に会話を持っていけそうだ。



「ダメだね。私は君を魅了した覚えはないよ」

「それも気になっていました。私では力不足とでも?」

「そんなわけないでしょう?あなたより強いひとなんて、ペトロネア殿下ぐらいしかいないじゃない。天使たちにあなたたちは人気でしょう?」

「そうですね。私たちに魅了を向けてくる天使は多いです。ですが、あなたはあの仕草を使ったのに一切魅了して来なかった。その後も、一回もです」



さも悔しいと言わんばかりに吐き捨てるマリアン・ベリアルに思わず笑ってしまう。

魔族は魔族で、天使から魅了を向けられたら強いひとの証みたいな文化があるのかもしれない。それはとても興味がある。面白そうだ。


もしかして魔族たちは魔族たちで、天使の魅了を使ってこない王女を誰が落とすかみたいな競走でもしてるのかな。そんな日が来るはずがないのに。



「当たり前でしょ。私は自由が好きなんだ」

「自由?」

「そう、天使だからって言われている鋳型から逃亡しようとしてたの知ってるでしょう?」

「あぁ、ハンバーグは美味しかったですか?」

「美味しかった。でも身体が受け付けなかった。残念だよ」



マリアン・ベリアルから恵んでもらったハンバーグ、食べたは良いものの嘔吐と頭痛と、激しく不調に襲われた。

どうやら天使が肉を食べれないのは本当に特性だと確認した。天使が肉を食べないというのは、好みの問題じゃなかったみたいだ。



「言葉は大丈夫なのですか?」

「心配してくれるの?ありがとう。他の子はダメみたいだけど、私は大丈夫。魔力量のせいかな」

「それは興味深い見解ですね」

「でしょう?アルミエル先生も大丈夫だからね」



アルミエル先生は授業を受け持つだけあって、私ほどではないものの天使の中では強い魔力を持っている。他に直截な表現が大丈夫な天使を見たことがないから、私は勝手にそう思っている。



「それで、どうして自由が、魅了しないことに繋がるのですか?強いものを魅了した方ができることは増えますよね?」

「私のワガママのために他人の自由を犠牲にするのは私の信念に反する。私は魅了で、ひとを従えたりはしない」



そう言い切ってマリアン・ベリアルの目を真っ直ぐ見つめる。さて、これが本当だけど、真実ではないことに彼が気がつくのはいつ頃かな。


フェーゲ王国では昨年天使の魅了が原因でちょっとしたトラブルを起こしている。

私がフェーゲの子たちに受け入れて貰うにはそういう能力を使わないよと宣言しておかないとね。ま、正確には使えないだけど。



「それで、名前を剥奪されてもですか?」

「なんだ、知ってたの。いい名前でしょう?」



ラファエル兄様が褒めてくれた新しい名前。ソフィアは知識や理性といった意味がある名前だ。兄様は私がその名前に相応しいと褒めてくれたのだから、私は努力しないといけない。あの優しくて優秀な兄様が誇りに思うようなソフィアになるために。



「わかっててその反応なら良いや。もし、間違えて魅了してしまっていたなら解かないと不味いと思ってたから。安心したよ」

「あぁ、天使たちは気がついていたのですね」

「みんな敏感だからね。ホント、繊細」



大変めんどくさいと隠しもせずため息をついてみせたら、マリアン・ベリアルはクスリと小さく笑ってくれた。

凄く色っぽい。なるほど、堕天使はこうして悪魔に唆されたんだな。



「私は魅了使わないし、庇護の必要もないから。もう庇って怪我なんてしないでね、後味が悪すぎる」

「いいえ、私は私の都合で行動しています。ご安心ください」

「そう、さすが」

「それでは、これも私の都合です。

土の女神ネルトゥシエルよ、豊穣の恵をわたくしへいただけないでしょうか?」



辛うじて「は?」というのは抑えられた。いくらなんでも求愛にその返答はない。


マリアン・ベリアルの広げる箱の中にある装飾品には青と黄色の豪華な髪飾りが入っていた。これだけ豪奢なら見た目だけは天使な私の髪の毛にも負けないだろう。

そうじゃなくて、なぜあのベリアル家の嫡男が私に求愛する。私じゃ、ヘルビムからなにも引き出せないぞ。



「ソフィア様は賢いから困惑していらっしゃいますね。言い方を変えましょう、私はあなたに魅了されていることにしたい」

「へぇ、それで利益あるの?」

「もちろん」

「これから私、狂った研究者を目指そうとしているんだ。それでも?」

「エデターエルの王女に魅了されるなんて、魔族として強者の証です。素敵でしょう?」



どうやらフェーゲ王国内の何かに私を利用したいらしい。小さくニヒルに笑う様子が天使では見られない微笑みで、妖しく美しい。



「風の神シナッツェルからの贈り物はわたくしに似合うでしょうか」



魅了されてるフリをしたいというなら面白そうだしノッてあげよう。

ハーフアップに編み込んだ髪の毛につけていたラファエル兄様からもらった装飾品を外して、マリアン・ベリアルにそう問いかけた。

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