第11話4-1:ピエロ


 僕はクラスの心無いモノたちから振られたことをからかわれました。しかし、それは虫の除去作業のように僕の体を楽にしてくれました。そういえば聞いたことがあります、あえていじることでその人を気楽にさせる効果があると。

 もしかしてクラスの人たちは僕のことを思ってわざといじってくれたのかもしれない。そう思ったが否やいきなり理不尽な肩パンが飛んできました。体中の気持ち悪い感覚が吹き飛んで楽になったところはありましたが、数日治らない激痛が地雷のように埋め込まれました。

 どうやらその男子生徒は折り鶴女子に気があるらしく、わずかながらでも一緒にいた僕に嫉妬していたらしいです。しかし、その短絡的な暴力は折り鶴女子の気を害させるものらしく、そういう人は嫌いときっぱりと言われていました。影で暴力を振るうならまだしも大勢の前で振るうのは、その男子生徒の頭の悪いところでした。

 次の休み時間にトイレへ呼び出されました。そこで例の男子生徒とその取り巻き2人に威圧されました。僕は集団リンチを覚悟しましたが、殴られることも水をかけられることもなく、ドスの効いた声で折り鶴女子への接近を釘刺されただけでした。

 先ほどの暴力で嫌われたことから学習したのかもしれませんが、それは折り鶴女子の目の前でしたからであり、隠れてなら暴力してもいいのではないかと思いました。そもそも、今更律儀に嫌われないように行動しても既に嫌われた後だし、僕を呼び出した時点で悪い噂が流れるのはわかりきっているので好意の修復は不可能でしょう。そこに頭が回らないくらい頭が悪いのか混乱しているのか恋は盲目なのかでしょう。

 誰かに呼ばれたのか先生が数人トイレに高波のように押し寄せてきました。男子生徒たちは先生たちに詰問されましたが、僕と仲良しだと嘯いて僕の肩を抱きました。先生たちは僕に本当かと聞いてきましたが、その顔は男子生徒を信じていないプロの先生の表情を浮かべており、暴力より怖く感じました。

 僕は正直にいじめられていることを述べようと思いました。折り鶴女子みたいにはっきりと言える人間になろうと思いました。男子生徒たちが腕に力を入れて無言の威圧をしてきますが、こちらには先生たちが明らかな味方としてそこにいます。

 僕は言いました。男子生徒たちは友達で、何もなかったと。先生たちは腑に落ちない態度で戻って行きました。

 男子生徒たちは喜びトイレ駆け回り、僕は個室で丸くなっていました。僕は個室の上から水をかけられて、びしょびしょになりました。嬉しいのはわかりますが、こんなことをしたら先生にバレるし折り鶴女子から嫌われることを忘れているのだろうか?

 僕はその次の休み時間に職員室に呼ばれて、事情を聞かれました。さすがにここまで来たら正直に言うしかなくなりました。僕はすぐに解放されましたが、おそらく親に連絡が行っているでしょう。

 僕が教室に戻ると、僕をいじめていた男子生徒たちはクラスメイトたちから糾弾されていました。てっきりクラス全員が僕の敵になると思っていたので、僕は思考が追いつかなくてドアを開けたまま立ち止まってしまいました。

 誰かが僕の背中を押して教室の中に入っていましました。中でも糾弾劇は直ぐに終わり、僕は特に誰かから何かを言われることもなくジャージ姿のまま席に座りました。折り鶴女子も当然話しかけてくることなく、鶴を折っていました。

 そんな折り鶴女子に対して、例の男子生徒は話しかけていました。自分はイジメなんかしていないだとか、仮にいじめていたとしても不可抗力だとか、いい感じの笑顔を振りまいていました。というか、不可抗力だとしてもイジメをしていたことを認めているのではないかと、僕はその男子生徒の支離滅裂理論を鼻で笑ってやりたい気持ちでした。

 その男子生徒の花を背負ったような話し方、その取り巻きの花を補充するようなヨイショ、それらを全て除草剤で枯らしているような折り鶴女子の素っ気ない態度、僕はそれを横目で聞きながら読書のふりをしていました。紙を一枚一枚めくるために心の中で時間をカウントしていたのですが、その長年してきたその所作にも飽きてきたので、スマホをいじるふりへのシフトチェンジをこのタイミングでしました。どうしてこのタイミングかと言われたら思いつきとしか言い様がないのですが、強いてそれっぽい理論で説明したら環境の変化によって個人の意識や行動も変化したのでしょう。

 僕はスマホが少し暗くなったら画面を押し、少し気を抜いたら真っ暗になったら電源ボタンを押す作業を繰り返しながら、気楽なネットサーフィンのふりを暗中模索していました。自分のことに熱中している影響で横の男子学生の模索風景とその結果を意識の外に追いやっているくらいでした。この僕の状況も環境によるものであり自分の意図したことではないと折り鶴女子は言うのではないかと妄想しました。

 そんな妄想を秋の枯葉のように散らした僕は、思考と指を止めて隣の状況に神経の枝を伸ばしました。その葉に触れたものは、男子生徒が一生懸命に話しかけたり話をつなげようとするが折り鶴女子が興味なさげに軽くあしらっている状況でした。折り鶴女子が時々話題に出してくる難解な言い回しを男子生徒が悪戦苦闘どころか全く理解できそうにないところが、竹取物語の求婚を断る無理難題とダブって見えました。

 僕も周りからこういうふうに見えていたのかと思うと、自分が滑稽なピエロを演じていたことになります。ピエロの目の下には涙のマークがあり喜劇は悲劇を知っている人でないとできないという理屈を思い出しました。僕が経験したことは後で笑い話になる悲しい出来事だったのかと自問自答しました。

 自分の心に聞いても、悲しいという返事は返ってきませんでした。漫画とかならこういう時には手を胸に当てて悲しみを自覚するのがテンプレですが、その枠に僕ははまりませんでした。枠にはまらないことを微かに嬉しく思いながら、手を胸に当てていないことに気づきました。

 僕は自分の胸に手を当てようと思いましたが、公衆の面前でそれをすることは恥ずかしくて気が引けました。もちろんそれは自意識過剰なもので誰も僕の言動に興味がないことは理解していました。しかし、理解することと実行することは別のことであり、それはこれまでの人生で僕に付きまとってきたものでした。

 そういえば、折り鶴女子に話しかけた時はそういう悪霊を振り払ったものでした。そのときは理解していなかったですが、恋はハリケーンと言わんばかりの行動力があの時の僕に宿ったのでしょう。今の僕にはそういう行動力を貸してくれる守護霊的なものがないので、胸に手を当てることは昔の僕のように諦めるしかありませんでした。

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