第2話 息子の嫁の発言

1 息子の嫁の発言


 あの人はお義父さんとして最悪でした。

 結婚は人生の墓場だと聞いていましたが、それは本当でした。

 正直、あの人が死んで、わたしは喜びました。

 わたしがここに嫁いで来たとき、秋ナスを先に食べて嫌味を言われたのです。秋ナスは嫁に食わせるな、という言葉がありますが、それを本当に実践する人なんて本当にいるとは思わなかったのでびっくりしました。わたしはそれ以降、おいしい秋ナスを食べることができなくなりました。

 それだけならいいのですが、それ以外にも食事に対していろいろ拘りがありました。例えば、お好み焼きがあるでしょ?あれって、わたしはふっくらと膨らましたものが美味しいと思っていましたし、実際に今まではそれで食べてきました。しかし、ここではといいましょうか、あのお義父さんはペッタンコに押しつぶいたお好み焼きが好きでした。それはそれで別にいいのですが、私にもペッタンコのお好み焼きを強要するのです。わたしは立場上、強く言えなかったので、ペッタンコのお好み焼きを食べることになりました。その味は、それはそれはまずいものでした。わたしはふっくらしたお好み焼きも推薦したのですが、あのお義父さんは聞く耳を持たないので、わたしはそれから一度として美味しいお好み焼きを食べることができなくなりました。

 食事に関して他にあったことは、食事中は喋ってはならないという決まりがありました。理由として言っていたことは、唾が食べ物に飛んだら汚いというものだったと思います。それか、食べ物を噛まなくなるからだったかもしれません。とりあえず、食事中は喋ってはいけなかったのです。そうすると食事中は静かになるのですが、そんな食事ほど味気ないものはありません。わたしは食事というものは、みんなとわいわい話して楽しみながらするものだと思ってました。ところが、ここでは無言でご飯を咀嚼するのみです。そんな食事は美味しいわけがありません。わたしはここに来てから、食事を美味しいと思ったことは一度としてありません。

 食事といえば、料理だって嫌でした。自分の家の味付けをケチつけられてここの家の味付けを強要されたこともありましたが、そんなことはどうでもいいのです。それ以上に嫌だったのは、わたしが料理中にあのお義父さんは台所にずーっといているのです。ずーっと台所の椅子に座りながら机に肘をついてわたしを見ているのです。たまに顔を両の手で被せて隠すことがあるのですが、そのときは指の間からわたしのことを盗み見しているのです。そういう風にわたしは料理中はずーっと監視されているのです。生きた心地がしませんでした。

 たまにあのお義父さんが料理中にいない場合があります。お義父さんとお義母さんの部屋がありまして、そこにいる場合もあります。でも、そういう場合はたいていお義母さんがおられまして、それはそれで嫌でした。お義母さんは私に対して味付けをケチつけることもありましたが、それ以上に嫌なことがお義父さんの愚痴をわたしに言いに来ることです。普通は同じ人の悪口で盛り上がるかもしれませんが、お義母さんは自分の悪口を一方的に言うだけでわたしのことは聞いてくれないのです。わたしはお義父さんがいない間もお義父さんのことを考えることになってしまって、頭がおかしくなりそうでした。

 とりあえずわたしは、お義父さんのことが嫌いでした。お義母さんはお義父さんの言いなりですし、夫も強く言えないようです。何もいいことがありませんでした。しかし、そんな中で唯一いいことがあったとするならば、子供たちです。わたしには息子が2人できまして、その子供たちはとても可愛くて、それだけが幸せでした。

 わたしが子供を産んですぐにお義父さんに言われたことが、子供が小さいうちは働くのはダメだということでした。理由は、子供に愛情を注ぎなさいというものでした。それ自体は至極まっとうでわたしもそうだと思いましたが、家から出られなくなったことが気がかりでした。子供が出来る前のわたしは、お義父さんに会いたくない一心で外に出るために働いていたのです。それができなくなったので、ある種の地獄が続くことが決定しました。しかし、先程も言いましたように、子供たちがいるから救われたところもありましたので、なんとか我慢できました。

 あるとき、わたしは上の子を叱りました。理由は、下の子に対して間違ったことをしたからです。上の子がした間違ったことは何をしたのかは覚えていないのですが、そのことについて叱った後のことは覚えています。お義父さんが下の子を庇い、わたしと下の子を怒ったのです。その理由を聞くと、長男の言うことはどんなに間違っていても絶対だということなのです。わたしは頭がクラクラしました。ただでさえお義父さんはメチャクチャだと思っていましたが、こんなところでもメチャクチャなんだと思い、もはや何の感情も出ませんでした。唯一嬉しかったことは、上の子がこのお義父さんの発言を間に受けずにいい子に育ったことです。

 お義父さんは長男びいきのところがありまして、下の子には厳しく接していました。いや、私から見たらいじめているようにしか見えませんでした。下の子が何かを言っても聞く耳を持たないし、見るたびにいつも怒っていました。わたしは下の子を守らないといけないと思っていましたので、下の子の味方に付くことが多かったです。しかし、お義母さんと夫はお義父さんに逆らうことができなかったですし、上の子はそんなことができる立場ではなかったので、実質わたし1人で守っていたようなものです。私自身が既にいじめられているに等しい状況もあって、状況は何一つ改善されませんでした。わたしと下の子がお義父さんによくいじめられました。

 わたしは本当にイヤでイヤで、離婚することも考えました。そのことを一度だけ上の子に相談したことがあったのですが、下の子が大きくなるまで待ってあげてと頼まれました。下の子は小学生で上の子は中学生でした。そんな言葉を中学生に言わせてしまったことが申し訳なく思いました。

 そういえば、その頃は子供も少し大きくなったので、わたしはパートに行っていました。パート先でも嫌な人がいましたから嫌なこともありましたが、家でお義父さんと一緒にいることに比べましたら大したことありません。わたしはパートでクタクタになりながらも仕事終わりに買い物に行って、そのあとに食事をつくりに家に帰りました。すると、いつもお義父さんは帰ってきた時間をチェックしてくるのです。今日は少し遅かったとか、買い物に時間をかけすぎとか、色々と小言を言われるのです。そのことに比べたら、仕事先の嫌なことはなんとも思いません。

 わたしはお義父さんとの生活がイヤでイヤで仕方が無かったので、パートでお金を貯めて、家から出ていこうと思いました。下の子が二十歳になったら離婚しようと思いました。その話は夫ともしてまして、一応は了解を得ました。私の予定では、お義父さんからひどい仕打ちを受けている下の子を連れて出て行くつもりでした。上の子はお義父さんに好かれているので、跡取りのこともありこの家に置いていくつもりでした。

 わたしはお義父さんが嫌いすぎて、殺してやろうと思ったことが何度でもあります。それは、人間なら誰もが持っている感情だと思います。嫌いな人に対して、心の中では持ってしまうものだと思います。しかし、実行に移すことはほとんどないものです。実際にわたしも実行には移しませんでした。あんな人を殺して自分が捕まることが嫌だったのです。道徳的にどうだとか良心の呵責がどうだとかではありません。ただただ、あの人のせいで自分が損するのが嫌だったのです。

 台風の日、お義父さんは田んぼが大丈夫かを見に行く癖がありました。田んぼを心配するのはわかりますが、危ないから外には出ないほうがいいのではないかと思っていました。しかし、問題はそこではありません。見に行くのなら1人で行けばいいのに、上の子を連れて行くのです。正直に言って、わたしはお義父さんが死んでもいいと思っていました。だから、台風の日に田んぼを見に行って事故で死んでしまえばいいのにと思っていました。しかし、自分の子供のことになったら話は別です。自分の子供は死んで欲しくなかったのです。だから、台風の日にお義父さんが子供を連れて行くたびに、心配でした。お義父さんが死神にしか見えませんでした。もし本物の死神がいましたらお義父さんだけを連れて行って欲しいと願っていました。

 わたしは毎日毎日いつもいつも、神棚に手を合わせて祈っていました。何かいいことがありますように、と。でも、神様って非情ですね、なにもいいことがありませんでした。いつまでたってもお義父さんによる地獄の圧政が続くのですから。こんなところ、嫁ぎにくるべきではありませんでした。

 ところがです、事態は変わりました。

 わたしが急に倒れてしまったのです。意味も分からず、急に体が動かなくなったのです。わたしは夫に車で運んでもらって病院に行きました。そして、そのまま入院です。結論から言いますと、私の倒れた理由は精神的なものでした。お義父さんから受けるストレスに我慢できなくなり、倒れてしまったのです。わたしは病院の白いベッドに寝転びながら色々と考えていました。そして、決めたのです。あのお義父さんがいるうちはあの家には戻らない、と。

 わたしはそのことを夫に言いました。夫はそのことを承諾してくれました。当分の間、わたしは自分の実家に帰りました。そこで療養をしていました。そして、夫はわたしのことをお義父さんやお義母さん、それだけではなくお義姉さんにも言いました。お義姉さんは嫁いでいたのでほかの家に住んでいました。すると、お義姉さんがお義父さんとお義母さんを引き取ることになりました。そして、わたしは家に戻ることになりました。すると、お義父さんがいない家なので、とても快適でした。わたしはようやく幸せな生活を送ることができそうです。

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