5-11. 星の心臓

 シャトルは減速し、ジグラートの巨大な漆黒の壁面から突き出たハッチに静かに接近していく。ダイヤモンドの嵐が吹き荒れる中、シャトルは何度か大きく揺れながら最後には、ガン! と派手な音を立てて接舷せつげんした。


「よーし、着いたぞ! お疲れ!」

 レヴィアはパチパチと操作パネルを叩き、シートベルトを解除した。


「何度も死ぬかと思いましたよ」

「結果オーライじゃな。キャハッ!」

 レヴィアが慎重にハッチを開け、俺たちはジグラートの中へと進んだ。

 エアロックの自動ドアがプシューと開いて見えてきたのは、まるで満天の星空のような光景だった。暗闇の中でサーバーについているLEDのような青や赤のインジケーターの光が無数にまたたいていたのだ。

「ライト付けるぞ」

 そう言ってレヴィアが何かを操作すると、内部の照明が一斉に点き、その壮大な構造が明らかになった。

 直径五メートルくらい、高さ十メートルくらいの円柱のサーバーラックがあり、それがずらーっと並んでいる。バスを立てて並べたようなサイズ感だ。

 入り口の脇には畳サイズの集積基盤ブレードが積まれており、どうやらこれが円柱状のサーバーラックに多数挿さっているようだ。それぞれにハンドルが付いており、金具でロックされている。

 集積基盤ブレードに近づいてよく見ると、表面にはよく訳の分からない水晶のようなガラスでできた微細な構造がビッチリと実装されており、また、冷却用だと思われる冷却パイプが巧みにめぐらされていた。

「それ一枚で、お主のパソコン百万台分くらいかのう?」

「えっ!? 百万倍ですか!?」

「海王星人の技術はすごいじゃろ? じゃが、上には上があるんじゃなぁ……」

 レヴィアは遠い目をした。


 床の金属の格子グレーチング越しに上下を見ると、上にも下にも同じ構造が続いている。外から見た時、高さは数百メートルはあったから、このサーバーラックも数十層重なっているのだろう。通路の先も見渡す限りサーバーが並んでいる。奥行きは一キロはあったから数百個は並んでいるのではないだろうか。なるほど、星を実現するというのはとんでもない事なんだなと改めて実感する。こんな壮大なコンピューターシステムでない限り仮想現実空間を実現するなんてことは出来っこないのだ。逆に言えば、ここまでやれば星は作れてしまうことになる。

 しかし……、誰が何のためにここまでやっているのだろうか? さっきすれ違った猫顔の人が何かを企み、頑張って作っているイメージが湧かない。


「これがうちの星じゃぞ。どうじゃ? 驚いたか?」

 レヴィアはドヤ顔で言う。

「いや、もう、ビックリですよ。なるほど、これが真実だったんですね!」

 レヴィアはニヤッと笑うと、

「折角じゃから見せてやる。ついてこい」

 そう言って早足で通路を進んだ。

「え? 何かあるんですか?」

 しばらく行くと、巨大なサーバーラックが姿を現した。

 直径40メートルくらい、フロアを何層も貫く巨大な円柱は圧倒的な存在感を持って鎮座していた。

「何ですか……これ?」

「マインドカーネルじゃよ」

「マインドカーネル……?」

「人の魂をつかさどる星の心臓部じゃ」

「え!? これが魂?」

「そうじゃよ、その驚き含め、お主の喜怒哀楽もここで営まれておるのじゃ」

 俺は思わず息をのんだ。

 人の心、その中心部である魂は、この巨大な構造物の中にあるという。うちの星の生きとし生ける者、その全ての魂がここで息づいている……。俺もドロシーも院長もアルもすべてこの中に息づいている……。今、この瞬間の俺の心の動きも全てこの中で生成され、運用されているということらしい。なんだかすごい話である。

 キラキラと煌めく無数のインジケーター、その煌めき一つ一つがうちの星に暮らす人たちの魂の営みなのだろう。魂がこんな巨大な金属の円柱だったなんて俺は全く想像もできなかった。


「どうじゃ? 人間とは何かが少し分かったじゃろ?」

「なんだか……、不思議なものですね」

 俺はゆっくりとうなずいた。

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