2-10. 衝撃の宇宙旅行

 しばらくして、店の裏手の空地に金属カプセルの素材が届いた。鐘とフタになる鉄板と、シール材のゴム、それからのぞき窓になるガラス、それぞれ寸法通りに穴もあけてもらっている。

 これからこれを使って宇宙へ行こうと思う。

 この世界が仮想現実空間であるならば、俺が宇宙へ行くのは開発者の想定外なはずだ。想定外な事を起こす事がバグを見つけ、この世界を理解するキーになるのだ。


  俺はまずアバドンを呼び出した。彼には爆破事件から再生した後、勇者の所在を追ってもらっている。


「やぁ、アバドン、調子はどう?」

 飛んできたアバドンに手をあげる。

「旦那様、申し訳ないんですが、勇者はまだ見つかりません」

「うーん、どこ行っちゃったのかなぁ?」

「あの大爆発は公式には原因不明となってますが、勇者の関係者が起こしたものだという事はバレていてですね、どうもほとぼりが冷めるまで姿をくらますつもりのようなんです」

 勇者が見つからないというのは想定外だった。アバドンは魔人だ、王宮に忍び込むことなど簡単だし、変装だってできる。だから簡単に見つかると思っていたのだが……。


「ボコボコにして、二度と悪さできないようにしてやるつもりだったのになぁ……」

「きっとどこかの女の所にしけ込んでるんでしょう。残念ながら……、女の家までは調査は難しいです」

「分かった。ありがとう。引き続きよろしく!」

「わかりやした!」

「で、今日はちょっと手伝ってもらいたいことがあってね」

 そう言って俺は教会の鐘を指さした。

「旦那様、これ……何ですか?」

 怪訝けげんそうなアバドン。

「宇宙船だよ」

 俺はにこやかに返した。

「宇宙船!?」

 目を丸くするアバドン。

「そう、これで宇宙に行ってくるよ」

「宇宙!? 宇宙って空のずっと上の……宇宙……ですか?」

 アバドンは空を指さして首をひねる。

「お前は行った事あるか?」

「ないですよ! 空も高くなると寒いし苦しいし……、そもそも行ったって何もないんですから」

「何もないかどうかは、行ってみないとわからんだろ」

「いやまぁそうですけど……」

「俺が中入ったら、このボルトにナットで締めて欲しいんだよね」

「その位ならお安い御用ですが……こんなので本当に大丈夫なんですか?」

 アバドンは教会の鐘をこぶしでカンカンと叩き、不思議そうな顔をする。

「まぁ、行ってみたらわかるよ」

 大気圧は指先ほどの面積に数kgの力がかかる。つまり、このサイズだと十トンほどの力が鉄板などにかかってしまう。ちゃんとその辺を考えないと爆発して終わりだ。でも、これだけ分厚い金属なら耐えてくれるだろう。

 それから、水の中に潜れる魔道具の指輪を買ってきたので、これで酸欠にもならずに済みそうだ。指輪を着けておくと血中酸素濃度が落ちないらしい。こういうチートアイテムの存在自体が、この世界は仮想現実空間である一つの証拠とも言える気がする。しかし、どうやって実現しているかが全く分からないので気持ち悪いのだが……。


 俺は鐘を横倒しにし、中に断熱材代わりのふとんを敷き詰めると乗り込み、鉄板で蓋をしてもらった。

「じゃぁボルトで締めてくれ」

「わかりやした!」

 アバドンは丁寧に50か所ほどをボルトで締めていく。

 締めてもらいながら、俺は宇宙に思いをはせる――――

 生まれて初めての宇宙旅行、いったい何があるのだろうか? この星は地球に似ているが、実は星じゃないかもしれない。何しろ仮想現実空間らしいので地上はただの円盤で、世界の果ては滝になっているのかもしれない……。

 それとも……、女神様が出てきて『ダメよ! 帰りなさい!』とか、怒られちゃったりして。あ、そう言えばあの先輩に似た女神様、結局何なんだろう? 彼女がこの世界を作ったのかなぁ……。


 俺が悩んでいると、カンカンと鐘が叩かれた。

「旦那様、OKです!」

 締め終わったようだ。出発準備完了である。


「ありがとう! それでは宇宙観光へ出発いたしまーす!」

 俺は鐘全体に隠ぺい魔法をかけた後、自分のステータス画面を出して指さし確認する。

「MPヨシッ! HPヨシッ! エンジン、パイロット、オール・グリーン! 飛行魔法発動!」

 鐘は全体がボウっと光に包まれた。

 俺はまっすぐ上に飛び立つよう徐々に魔力を注入していく。


「お気をつけて~!」

 アバドンが、鐘の横に付けた小さなガラス窓の向こうで大きく手を振っている。


 1トンの重さを超える大きな鐘はゆるゆると浮き上がり、徐々に速度を上げながら上昇していく。きっと外から見たらシュールな現代アートのように違いない。録画してYoutubeに上げたらきっと人気出るだろうな……、と馬鹿な事を考える。


 のぞき窓の向こうの風景がゆっくりと流れていく。俺は徐々に魔力を上げていった……。

 石造りの建物の屋根がどんどん遠ざかり、街全体の風景となり、それもどんどん遠ざかり、やがて一面の麦畑の風景となっていく。俺があくせく暮らしていた世界がまるで箱庭のように小さくなっていった。

 広大な森と川と海が見えてくる。さらに高度を上げていく……。

 どんどん小さくなっていく風景。

 青かった空も徐々に暗くなり、ついには空が真っ暗になる。

 ゴー! とうるさかった風切り音も徐々に小さくなり、高度が50kmくらいに達した頃、ついには無音になった。


「いよいよだぞ……、何が出るかなぁ……」

 俺はワクワクしながら小窓から地上を見ていた。青くかすむ大気の層の下には複雑な海岸線が伸びている。

「綺麗だな……」

 と、この時、海岸線の形に見覚えがあるような気がした。

 ニョキニョキっと伸びる特徴的な二つの半島……。

「あれ? あれは知多半島と渥美半島……じゃないのか?」

 どっちが知多半島で、どっちが渥美半島だか忘れてしまったが、これは伊勢湾……?

 となると、向こうが伊勢志摩……。いやいや、そんな馬鹿な!

 しかし、よく見れば浜名湖もあるし琵琶湖もある。日本人なら誰だって間違いようがない形……。

 俺は血の気が引いた。

 俺たちが住んでいたのは、なんと日本列島だったのだ。

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