1-4. マジックマッシュルームの衝撃

 街の西側にあるでかい城門を抜けると麦畑が広がっている。今日はいい天気、どこまでも続く青空がとても気持ちいい。風がビューっと吹き、麦の穂が黄金色に輝きながら大きく揺れ、麦畑にウェーブが走る。俺は麦わら帽子が飛ばされないよう、ひもをキュッと絞った。

 この街道は、山を越えてはるか彼方王都まで続いているらしい。いつか商人として成功して、王都にも行ってみたい。そのためにはまずは元手だ。今日が俺の商人としてのスタートなのだ。絶対に成功させてやる。

 俺は麦畑の続く一本道を二時間ほど歩き、森の端についた。奥まで行くと恐ろしい魔物が出るらしいが、この辺りだと昼間であれば魔物の危険性はほとんどない。

 「護身用に」と院長から渡された年季ものの短剣が腰のホルダーにある事を確認し、大きく深呼吸して森の中へと入っていった。

 目につく植物は片っ端から鑑定し、レア度が★3以上の物を探す。

 しかし……、ほとんどが★1の雑草なのだ。あっても★2まで。分かってはいたが、ちょっと気が遠くなる。

 一時間ほど探し回ったが収穫はゼロ。まずい、このままでは帰れない。焦りが広がる。

 ちょっと先に小川が流れ、がけになっている所を見つけた。

 崖は植生が変わっているので、期待大である。一目でたくさん鑑定できるので効率もいい。

 しばらく川沿いに歩きながら見ていくと……、見つけた!

 


アベンス レア度:★★★★

悪魔ばらいの効能がある



 これは凄い! いきなり★4である。俺は興奮して駆け寄った。

 しかし……崖の上の方に生えていて簡単には採れそうにない。三階建ての家の高さくらいだろうか、落ちたら死ぬだろう。

 諦めるか……命を懸けるか……俺はしばし悩んだ。

 小川のせせらぎがチロチロと心地よい音を立て、鳥がチチチチと遠くで鳴いている。


「よしっ!」

 俺は両手のひらで頬をパンパンとはたくと覚悟を決めた。俺は今度こそ人生成功するのだ。崖ぐらいで日和ひよっていられないのだ。俺は崖にとりつき、ひょいひょいと登り始めた。


 子供の身体は軽い分、こういう時は有利ではあるが、それでも落ちたら死ぬのだ。俺は下を見て、予想以上の高さに心臓がキュッとする。

 何度も諦めそうになったが、徐々に体のホールド方法が分かってきて、最後にはなんとかたどり着くことができた。

 短剣で薬草を根元から丁寧に採集し、バッグに突っ込む。思わずにやけてしまう。きっと銀貨1枚くらい……日本円にして1万円くらいにはなるに違いない。

 だが、今度は降りなければならない。降りるのは登る何倍も難しい。チラッと下を見ると地面ははるか彼方下だ。俺は泣きそうになりながら丁寧に一歩ずつ降りていく。お金を稼ぐというのは命懸けなのだ……。

 ゲームばかりやっていたから体の動かし方が良く分からない。せめてボルダリングくらいやっておけばよかった。後悔しながら一歩一歩冷や汗垂らしながら降りていく。

 どの位時間がかかっただろうか? 俺はようやく安心できる高さにまで降りてくることができた。

 ふぅ……、良かった良かった……

 と、気を抜いた瞬間だった。足元の岩が崩れ、俺は間抜けに落ちて行く……。


「ぐわぁ!」

 思いっきりもんどりうって転がる俺。

 安心した瞬間が一番危険である。俺は身をもって学ばされた。

 ゴロゴロと転がり、小川に落ちる寸前でようやく止まった。


「いててて……」

 身体をあちこち打ってしまった。ひじから血も出ている。死ななかっただけましだが、痛い……。

 体を起こそうとすると、目の前の倒木の下にプックリとした可愛いキノコが生えているのを見つけた。見慣れない形をしている……。

 何の気なく鑑定をかけてみると、なんと★5だった。


「ええっ!?」



マジックマッシュルーム レア度:★★★★★

マジックポーション(MP満タン)の原料



「キタ――――!」

 ケガの功名である。

 これは高く売れるんじゃないだろうか?

 俺はケガの痛みなど全部吹っ飛び、飛び上がって思いっきりガッツポーズ。


「やったぞ! いける! いけるぞぉ!」

 俺は思わず叫び、そして大きく笑った。

 フリーターでゲームに逃げていた俺は今、異世界で新たな人生をつかみ取った。

 俺はただの孤児では終わらない、成功への道を一歩踏み出した実感に打ち震えた。


 その後、★3をいくつか採集し、陽も傾いてきたので帰る事にする。

 院長に教わった通り、来た道には短剣で木の幹に傷を付けてきているので、帰りはそれを丁寧にトレースしていく。ここは魔物もいる森、道に迷ったら死ぬのだ。この辺りは基本に忠実に慎重にやろうと決めている。


    ◇


 早足で街に戻り、夕陽に赤く染まった石畳を歩いて薬師ギルドを目指す。街は正式には『峻厳しゅんげんたる城市アンジュー』という名前で、王様が支配する王国となっている。街の作りは中世ヨーロッパ風になっており、建物はみな石造りだ。ごつごつとした壁の岩肌が夕陽に照らされて陰影をつくり、実に美しい。カーンカーンと遠くで教会の鐘が鳴っている。早く帰らないと院長が心配してしまう。


 裏通りにある薬師ギルドに入ると、壁には薬瓶がずらりと並び、カウンターの向こうには壁一面に小さな引き出しのついた棚が備えてあった。漢方薬っぽい匂いが漂う。たくさんの種類の薬が製造され、売られているのだろう。


「あら、僕、どうしたの?」

 受付の女性がにこやかに声をかけてくる。

 髪の毛をお団子にまとめ、眼鏡をかけた理知的な女性だ。俺に向けてかがんだ時に白衣のなかで豊満な胸が揺れた。


「薬草を採ってきたので買い取って欲しいんです」

 俺はちょっと顔を赤らめながら背伸びして、バッグの中から取ってきた薬草を出して見せる。


「あら! これ、マジックマッシュルームじゃない!」

 驚く受付嬢。

「買い取ってもらえますか?」

「もちろん、大丈夫だけど……僕が自分で採ったの?」

 困惑の目で俺を見る。

「マジックポーションの材料ですよね。僕詳しいんです。さっき森で採ってきました」

 俺はそう言ってにっこりと笑った。

「うーん、親御さんは何て言ってるの?」

 まぁ、そう聞くのは仕方ないだろう。

「僕に親はいません」

 そう言って、うつむくしぐさを見せた。

「あ、それは……ごめんなさいね」

 聞いちゃいけない事を聞いちゃった、と焦る受付嬢。

 孤児というのはこういう時はいいのかもしれない。


 その後、ギルドの登録証を作ってもらい、買取をしてもらった。

 金貨1枚に銀貨3枚、日本円にしたら13万円。一日でこれは大成功と言えるのではないだろうか? もちろんマジックマッシュルームが見つけられたからなのだが、幸先良いスタートとなった。

 俺はホクホクしながら帰り道を急ぐ。ポケットの中で揺れる金貨と銀貨を指先で確認しながら、こみ上げてくる喜びで思わずスキップしてしまう。日本では時給千百円で怒鳴られこき使われていたことを考えると、異世界はなんて最高な所だろうか。


 俺は金貨一枚を自分の報酬として、銀貨三枚を孤児院に寄付する事にした。俺が今後大きく成功し、孤児院に還元していく事が一番重要なので、今は院長には銀貨で我慢してもらおう。そのうち金貨をドサッと持って行って驚かせてやるのだ!

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