第10話 遠足の前日とは違うと思う
明日は準備次第すぐにティファのチカラで一気に乗り込むため、城の一室に泊まることとなった。念のため、城の中でも最も目的地に近い方角の部屋になっている。
振り分けは、俺とレイ、隣の部屋にティファ。レイは宮廷魔術師なので別に部屋を持っているようなのだが、行動のしやすさからこうなった。何故一人一部屋じゃないのかは謎だ。
部屋は入るや否やダブルベッドが2つあるのが目立つ。見るからにふかふかそうだ。
前世も今世も、基本的に布団で寝ていたし寝ているため、ベッドで寝るという体験はあまりない。というか、下手したら最後にベッドで寝たのって、前世の高校生だった時の修学旅行のホテルだったような気がする。どんだけ前だよ。
「……相変わらず、無駄に広いですねこの部屋。広すぎです」
「やっぱりかなり広いの?」
「ええ。元々何に使われる予定だったかは知りませんが、王族の部屋の次くらいに広いですよ」
レイが言うには、この部屋はなんらかの儀式、もしくは魔法などの研究用に用いられる予定だったに違いないとのこと。部屋の広さや、壁に刻まれたルーン文字に近い文字などからの推測だそうだ。
「そういえば、ヒルフェさんの……失礼、ヒルフェ様――――」
「あ、無理して様付けしなくてもいいよ?こっちも呼び捨てさせてもらってるし」
塔で話していた時はともかく、なんとなく無理……というと少々語弊があるが、無理して様呼びしている気がした。
すると、レイは一つ息を吐いて。
「では、遠慮なく。それで、ヒルフェさん。あなたの服にも似たような刺繍がありますが……」
「あ、これ?」
俺の着ている、学者服っぽい白い服。裾に施されたルーン文字っぽい刺繍は、一応ちゃんと文字らしい。本で見た限りは、「魔法文字」と言うそうだ。
一度、解読してやろうと頑張ったことがある。しかし、あまりに文法が難解過ぎて諦めたのだ。
この世界、共通語に関しては日本語に近い。文字自体は知らない表音文字、つまりひらがなとかカタカナオンリーだったっため学び直しだったが、文法や発音はほぼ日本語だったため何とかなった。あと、【万象の閲覧者】で翻訳表を出せたことが大きい。本当にブラウザっぽいチカラだ。
では「魔法文字」の翻訳表はなかったのかと言うと、あるにはあったのだ。
ただ、難解すぎた。語学素人の日本人がヘブライ語一覧をドンと見せられているような感覚だった。わからん。
危うく、宇宙猫ならぬ宇宙魔族が生成されるところだった。
ちなみに、「魔法文字」は魔法を使うために必要だ。しかし、かと言って魔法を使うために必ず必要というわけではない。
魔法を行使する方法はいくつかある。祝詞、魔法陣、印、舞踊、占い、魔道具など、「魔法を使うための媒介」があればなんとかなる。
詳しい説明は省くが、「魔法文字」がわからないというのは、媒介のうち、祝詞と一部の魔法陣が使えなくなるだけなのだ。それはそれで困るので、今度頑張って習得しよう……。
「ええ。少々気になりまして……見せてもらえませんか?」
「ん?いいけど」
この学者服っぽい白い服は上着なので、脱いで渡す。流石に裸にコートみたいなことはしてない。ちゃんと中にも着ている。
レイは受け取ると、まじまじと刺繍を見だした。
魔族はどうもほっとんど老廃物が出ないらしく、汚れたことはないのだが、気分的にもひと月に1回は洗っているので、臭いとか汚れとかはないはずだ。
「どうも。おそらくこちらが頭……始動が……でしたら……」
集中しているので、そっとしておこう。
とりあえず、ベッドの縁に腰かける。ふっかふかでよろけたが、何とか持ちこたえる。
暇になってしまったが、何をしようか。本の一冊でも持って来ればよかったと今更ながら思う。ああ、こういう時、空間移動系のスキルがほしい。サッと行ってサッと戻って来れそうだし。
……あ、そうだ。できるかあんまりわからないけど、他人のステータスでも見てみようか。やったことはないけど、多分、【解放の魔】使えばできるんじゃないかな。
レイを対象に早速やってみると、ビンゴ。メッセージウインドウが表示された。
《解析結果:レイ・ローグライク
種族名:人間族
称号:”
専用スキル:【極圏の魔導】【集縛鎖】
所持スキル:【詠唱省略】【魔法精通】【並列思考】》
相変わらず細かい数値は[表示不可能]になっているものの、所持スキルの詳細を見ることができた。まあ、とにかく魔法に特化している感じだ。
専用スキルの詳細は見ることができなかったものの、名前から察するに氷系が得意なのだろう。「極圏」って、確か北極圏や南極圏のことを指す言葉だが、この世界にもそういう概念があるのだろうか?
「というか、称号もステータスになってるのか……」
「なーに見てるの?」
「何って……ぴゃぁ?!」
声がして、ふと横を見ればティファがいた。いつの間に。驚いて変な声出ちゃったじゃないか!
「いつの間に?って思ってる?」
「ま、まあそりゃぁ……」
ティファのテンションに引き気味になる。前世でもこういうノリの女子は知り合いにいたが、あんまり得意ではなかった。
まあ、一人だけどうにか大丈夫で、男友達に混ざってよくゲーム通信で遊んでた奴に心当たりはあるけど……。
と、視界の端になっていたメッセージウインドウの文字が、ふと変わった。
《解析結果:ティファ・レトリード
種族:人間族
称号:”
専用スキル:【空間意操】【晴天の霹靂】【斬光の剣技】
所持スキル:各種【異常耐性】【魔王特攻】【魔法強化】【短期予測】【心眼・真】他10種…》
「あたしはね、こうやって空間をいじってどこにでもいけるの。まあ、ある程度自分で知らないとどこに来るかわかんないんだけど」
待て待て待て、情報量、情報量!!ちょと情報量で突然殴らないで!!
「……大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫だから数秒待ってくれ……」
心配されちゃったよ。まあそりゃ、突然挙動不審になれば心配もするか。
深呼吸しつつ、情報を整理する。俺には【並列思考】だとか【知覚遅延】だとかそんな感じのスキルは持っていないので、自分で考えるしかないのだ。まあ、マルチタスク自体は前世から得意だったので問題ないけども。予測とか計算は【万象の閲覧者】で一応どうにかなるし。
とにかく。ティファのスキル量が多いが、おそらく今話しているのは【空間意操】についてだろう。【晴天の霹靂】は多分雷かなんかの魔法関連な気がするし、【斬光の剣技】は名前からして剣技関連だろうし。
空間操作できるスキルがあるなら、ティファが来れば早かったのではと思って聞いてみたのだが、曰く、「一応あたしは『勇者』だしハートフィルが主拠点だけど、一介の『冒険者』だからね。国の面子?みたいなのからすれば、一応は国に属してるレイが行ったほうがいいし」とのことだ。納得はした。
「まあ、うん、理解したけど……それで、こっちの部屋に来たのと何が関係が?」
「特にないけど、強いて言うなら、死ぬほどヒマなんだよねー。だから、何か話を聞こうと思って」
「話って、俺から?」
「うん。レイは……あの様子だし」
俺の服の魔法文字の解読に没頭しているレイを見て、ティファは言う。確かに、あれは話しかけても無駄そうな状態の人の感じだ。
「……とは言っても、大した話はできないぞ?」
正直、500年近く塔に籠って本を読みつつ、たまに村に行って若干農作業や家事手伝ったり子供と遊ぶくらいのことしかしていない。「魔王の凄い体験」を求められたとしても、「すんごいでっかいアップチュリンが実った年の騒動」くらいしか話のタネがないぞ。あとは本の内容を覚えている程度だ。
「ん?大丈夫、ヒルフェくんって本がすごくたくさんある所に住んでるんでしょ?」
「まあ、うん」
「なら、そこのこと教えてよ。気になるんだもん」
「それについては、私も興味がありますね。解読しながら聞きたいです」
レイも聞いていたのか、寄ってきた。まあ、多少探検してるし、あそこめちゃくちゃ階層あるし、まだ探検していない場所もあるし、よくわからない仕掛けっぽいのもあったし……話がないわけでもない。
「そういうことならいいけど……何があったかな」
その日は、塔のことを話して終わった。きちんとある程度の所できり上げたため、寝不足なんてことには陥らないだろう。
余談だが、レイが「本があれほどたくさんあるのならば自分も読みたい」と言ったので、「じゃあ、これ終わったら来たら?」と返答したところ、一瞬かなり目を輝かせていたのが見えた。
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