ほぼこもり転生魔族は平和に暮らしたい。~魔王認定されたのが解せない~

冷凍みかん砲

第1話 転生者ではありますが、ただの魔族です

 突然だが、例えば、何らかの事故で死んで、目を覚ましたら異世界に転生していたとする。そんな時、人はどうするだろうか。

 チートのような力を得て世界を救う?国をつくる?それとも世界征服でもしてみる?力がないならば、仲間と共に旅をする?


 こんな事を聞いて、何がしたいのかと疑問に思う人が多いだろう。

 単刀直入に言えば、俺は、異世界へ転生した。


 だから、俺だって、転生したての頃、初めは何をしようか考えてはいた。


 生前、滅茶苦茶に好んで読みふけったライトノベルやファンタジー作品。楽しくてやり込みまくったRPG作品。それから、自分で作った1人のオリジナルキャラクター。



 階段から足を滑らせた俺は打ちどころが悪く、病院に運ばれる前に死んでしまった。死ぬ時も割と意識はあるのだなー、なんて呑気にしていたら意識が落ちて、次に目覚めたら森の中。近くにあった湖で姿を確認すれば、生前とは全く違う姿だった。


 黒髪黒目の冴えない見た目だったはずの俺は、腰あたりまであるクリーム色の長髪と、新緑色の瞳を持った男になっていた。

 学者服っぽい白い服には、裾に何やらルーン文字に似た雰囲気の刺繍が施されている。

 そんな白い服の背から────というか、俺の背から生えている緑がかった黒い、蝙蝠に似た翼。


 この姿を、俺は知っていた。

 この姿は、俺が生前創り上げたたった一人のキャラクターだ。


「ヒルフェール・ケセド……」 


 呟いたその名前がどうしてもしっくりと来て、元の名前を言ってもしっくりこなくて、それが今の俺なのだと理解した。



 それから辺りをよくよく見回せば、そこはファンタジーな世界だった。

 生えている木に実る果実は、輪郭こそリンゴのようにも見えるが、林檎大のエメラルドやルビーをリンゴの形にカットしたようなものだ。

 空を飛ぶ鳥はやたらめったら大きく、見えている腹側は鮮やかな水色だ。尾羽は蔦のような形になっている。なにより、鈴のような鳴き声で鳴きながら、炎のような何かを吐いている。

 揺れた茂みから飛び出したウサギの額には立派な一本角があり、それを追う狼には翼があった。


 脳裏によぎったのは、「異世界転生」の5文字。夢じゃないよなと思いながら頬をつねれば、確かな痛みがあった。

 夢ではない。生前に未練がないと言えばうそになるのだが、こうなってしまったものはしょうがないと切り替え、俺は何をしようか考えた。


 国か村かをつくるのもいい。魔物らしきものが居るようなのならば、冒険者のような職もあるだろう。いっそ、世界征服でもしてみる?いや、力があるとは限らない。仲間でも探してみようか?



……なんて、ワクワクしていた時期が、俺にもありました。


▼▼▼


 結論から言えば、俺は考えたことを何一つやっていない。

 いや、やろうとはしたのだ。その前に、気が付いてしまっただけで。


 まず俺は、行動をする前に自分に何ができるかを知りたいと思った。すると、目の前にウインドウ……RPGでよくみるようなメッセージウインドウが現れたのだ。

 もしやと思い、期待しながら表示された文字を読む。


《スキル:【万象の閲覧者】

  ・使用者の最も理解しやすい形で、世界情報が指し示される。念じることにより選択可能。》


 スキル。なるほど、ここはスキルというものがある世界なのか。

 【万象の閲覧者】の説明を読み進めていく。どうやらこれは、ヘルプ的な感じのチカラのようだ。

 この世界の物や事象なら、基本的に何であろうが教えてくれるらしい。これはかなりありがたい。手元に電子辞書があるような感覚だ。


 そこで俺はひらめいた。もしかして、ステータス的なものも閲覧できるのではないかと。


 物は試しに、と「自分のステータスを確認」と念じてみると、ビンゴ。自分のステータスが表示された。

 細かい数値でパワーだのディフェンスだのというものは[表示不可能]となっていて見ることはできなかったが、名前や種族(魔族だった。)、それから所持スキルを見ることができた。


 そこにはいくつかスキルが書いてあったのだが、その中でも【方解の魔】【解放の魔】という2つのスキルは、『専用』というカテゴリに入っていた。

 もしや、すっごく強いものなのでは?!と、期待に胸を弾ませて、スキル説明を念じた。



 そして分かったことは、「俺にはチート無双なんて向いていない」ということ。


 【方解の魔】は回復系。切り傷から病に部位欠損、腐り落ちたり灰になった肉や、果ては肉体が朽ちていようが問題なく回復……ってか蘇生することができる。逆のこともできると書いてある辺り、回復というよりは生命操作と言ったほうが正しいかもしれない。

 【解放の魔】は解析・干渉系。【万象の閲覧者】を強化するような形であり、閲覧しかできない『閲覧者』を、出力――――つまり、情報を弄れるようにする。ただし、知性あるモノへの干渉は、相手の許可がいる。


 確かに、どちらも強い。特に【方解の魔】なんて生死を操るようなものだ。これを使えば向かうところ敵なしだろう。

 しかし、そんな力を使う奴に関わりたいか?という話だ。


 「推せるものの、現実には関わりたくない奴」。そんなワードが頭に浮かんだ。いやまあ、世界征服はできそうなものの、歴史に学べば、力で征服した王の末路とか、大概ロクなものではない。それに、別に死に急ぎたい訳でもない。


 そう考えた俺は、安住の地を探すことにしたのだった。


▼▼▼


 そう思い立ってからだいたい500年後、現在。

 俺は現在、でっかい塔にほぼ籠るような生活をしている。


 安住の地は、思いのほか近くにあった。少し歩いたら、でっかい無人の塔があったのだ。

 見た目には古びていたが塔の内部は小奇麗で、何より、壁を埋め尽くすほどの大量の本に惹かれた。本を読むのはすきだし、大量の本は暇つぶしになり得る。

 その予想は当たっていて、住み始めてかれこれ500年近く経つものの、未だに棚何階分も残っている。まあ、適当に本棚を見て気になったやつを見ていっているから、正確な量は分からないけど。


「ふぁ~……これも読了っと。確か三階だったっけな、これ」


 今読み終えた本を閉じ、椅子から立ち上がる。


 ここに住み始めてもう五百年、毎日本を読み、たまに何か作っては、週一回くらいの感覚で近くの村へ行く生活だ。


 近くの村というのは、二百年くらい前にふらっと散歩に出た時に見つけた村だ。人口20人前後くらいの小さな村で、集落と言ったほうがしっくりくる場所だ。



 散歩で立ち寄ったとき、その村は疫病に苦しんでいた。

 【万象の閲覧者】で分かるかとおもってやってみると、ビンゴ。インフルエンザに似たような病だった。

 ただ、感染方法や症状こそ同じだが、治し方はインフルエンザと違う様子だった。聞いた話によると、呪い的なカテゴリに入るらしい。穢れ的な感じだ。


 そしてふと思い立って、【方解の魔】を使ってみたら、なんと治せてしまったのである。病までも行けるとは情報としては知っていたが、まさか本当にできるとは。


 それで、とりあえず全員治し、元気な奴には村の清掃を指示し、感染経路自体がインフルと同じならばと手洗いうがいを徹底させた。森の中の村ということもあり、きれいな水が豊富に、容易に手に入ることが幸いした。


 そういうきっかけがあって、時々散歩がてらと通ううちになじんでしまったのである。『魔書塔の魔族』――――俺の住んでいる塔は魔書塔と呼ばれているらしい――――として、種族の違うお隣さんみたいなポジションに落ち着いた。



 三階まで移動して、読んでいた本が入っていた棚を見つけて、本を戻す。さっきまで読んでいたのは「魔物」についての図鑑のようなもので、けっこうおもしろかった。ドラゴンとかグリフォンもいるらしいことが分かったのは、ちょっと楽しかった。


「さてっと……次、どれにしようかな」


 歴史系の本はどの棚だったかなと一つ一つ見ていく。すると、塔の中に突然、ベルの音が鳴り響いた。

 音の出どころは一階の入り口。呼び鈴の音だ。たまに遊びに来る村の子達のために設置したものではあるが、子供は昨日来たばっかりだ。

 もしかして、忘れ物でもしたのか?と思いつつ、一階まで飛び降り、扉の前まで行く。


「はーい、どちらさ……ま?」


 扉の前にいたのは、村のかわいい子供達でも、もううん十年の付き合いになる村長でも、最近子供が生まれたのだと嬉しそうに話してくれた夫婦でもない。というか、村の人じゃない。


 鎧を着た兵士二人と、男一人がそこにいた。本当にどちら様だよ。

 3名は互いに顔を見合わせ、覚悟したような表情になり、そして、話しかけてきた。


「突然の訪問をお許しください。ヒルフェール様……で、ございますか?」

「え、あ、うん。俺がヒルフェだけど……何の用?」


 男は深呼吸をすると、言った。


「……”方解の魔王カルサイト”ヒルフェ様。どうか、我々に力をお貸し頂きたいのです!」


「……はへ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る