第3頁:人狼(3)
空には厚い雲が立ち込め、それを追いやる風もない。月の光は届かず、家々の灯りも落ち、町は闇に包まれていた。
「祓魔師殿。」
「おやぁ、これは分団長様。見廻りですか?」
祓魔師は手に持ったランタンを掲げた。分団長は眩しかったのか、目を眇めた。
「これから出るところだ。貴方もか?」
「えぇ。人狼も、そろそろ腹を空かしている頃でしょうから。」
下げたランタンが揺れ、金属同士の擦れる音が、恐ろしく静かな町に響く。
「私も共に行こう。今夜は特に暗い、1人では危険だ。」
「それはありがたい。実のところ、戦うのは苦手でして。」
そう言って、祓魔師は階段を降りていく。
「心配ないと言っていなかったか?」
軽く笑った分団長も、彼に付いて町中へと向かった。
暗闇をランタンが2つ。静寂を靴音が2つ。
「実は──」
分団長が口を開く。
「──初め、祓魔師殿を疑っていたんだ。」
祓魔師は横目で分団長を見た。
「それは当然のことでございますよ。町を護る使命がお有りならば、このような状況下で余所者、しかも〝流れ〟の祓魔師を名乗る者が現れれば、疑う他無いでしょう。」
「……申し訳ない。」
「はいぃ?」
「先日、貴方を〝流れ者〟と呼んだことだ。」
「ははっ!いぃえ、仰るとおりでございますから、気にしておりませんよ。自らのするべきことさえできれば、私は満足でございます。」
「貴方は本当に、素晴らしい祓魔師のようだ。」
ランタンの持ち手が軋む。不快な音が、分団長の手の中で響いた。
風のないはずの空に、ヒュン、と空気を割く音。
微かなその音を捉えた分団長は、本能的にその場から飛び退った。直後、衝突音と共に砂埃が上がる。分団長が立っていた石畳みには、大きな亀裂が入っていた。
誰か、いる。
分団長の手から離れたランタンは、その人影のすぐ近くで割れている。外気に直接晒され、不規則に揺れ始めた炎が照らしているのは、黒いローブ。手袋をした手には、その背丈と同じほどの長さをもつ槍。しかしその刃は、通常のそれよりも平たく延ばされている。柄との結合部からは突起が2つ、刃を摘むように伸びており、それは悪魔の角を思わせるような、独特の曲線を描いていた。
分団長は、既に手を掛けていた剣を抜いた。
「貴様、いったい何者だ!」
黒ローブは言葉を発さず、右足を前に出し、槍先をやや上げて構える。すると、刃に模様が赤く浮かび上がる。美しく繊細、しかし苛烈。暗闇の中でそれは、炎の如く揺れる。
分団長に向かって、黒ローブが突撃する。引いていた左半身で、槍を突き出した。
分団長は体勢を低く保ち、突かれた槍を右下に避けて、懐に潜り込む。右足を黒ローブの真横まで踏み込み、鳩尾から心臓を狙った一撃。
しかし、刃が裂いたのは布だけだった。
突きを放った直後にも関わらず、黒ローブは左足を大きく引いて半身になり、分団長の剣を躱したのだ。
半身になった反動も乗せ、槍は回すように左下に振られる。体勢の戻らない分団長の首を、槍の柄が捉えた。
地面に叩きつけられ、視界が回る。こめかみから頬へ血が流れる感覚、徐々に暗くなる視界。浮かぶ赤い刃と目。見上げたフードの中、わずかに見えた白い髪と肌。生気を感じさせないその姿に怯えながら、分団長は意識を手放した。
囁きが聞こえる。
「受ケ入レヨ。」
食い千切られた脇腹に、痛みと不快感が広がる。
「多少ノ対価ハ必要ダ。」
自らに流れ込むそれが、毒のように見えた。
「ソノ力、使ウガヨイ。」
それを、美味だと感じた。
意識が急速に浮上する。
覚醒した直後とは思えないほど心臓は速く脈打ち、呼吸は荒い。視界に入る光が痛いほどに眩しく感じ、目を瞑った。
「おや、お目覚めですか。」
聞き覚えのある声に驚き、身体がピクリと反応する。平静を装いながら目を細く開け、視線だけを声の方に向けた。
「祓魔師殿……」
「えぇ、えぇ。流れの祓魔師です、分団長様。」
祓魔師の笑顔に心の奥がざわつくのを感じ、分団長は再び目を瞑った。ベッドの側から離れた祓魔師は、顔だけを扉の外に覗かせた。すぐに忙しなく部屋に入って来たのは、分団長の部下たちだ。
「分団長!あぁ良かった、本当に……ありがとうございます、祓魔師様!」
「いぃえ、務めを果たしたまでです。それよりも、お医者様に診ていただかなければ。」
慌てて左右に避ける団員たちの後ろから、医者がベッドに近寄る。分団長の体を数箇所確認し、顎に手を当てて唸った。
「奇跡だ……」
驚く医者の後ろで、団員たちに喜びの表情が浮かぶ。
「やはり分団長は天に愛されていらっしゃる!以前に森から生還したときも」
「静かに、頭に響く。」
分団長は、興奮気味の団員を窘めた。
「祓魔師殿が、助けてくれたのか?」
体を起こそうとした分団長を、団員が止める。
「昨夜、失神した分団長を、祓魔師様が運んで来てくださったのですよ。」
大人しく横たわった分団長を見て、医者が口を開く。
「打ち所が悪く、かなり危険な状態だった。それこそ祈るしかなかったが……祓魔師殿が祈祷をしてくださると言って、処置をした後は、部屋の外で待っていたんだ。」
分団長は祓魔師の顔を見る。相変わらず整い過ぎた笑顔で、彼は話す。
「魘されていたので、もしや、と思ったのです。私であれば、お救いできるのでは、と。」
「……ありがとう、祓魔師殿。なんとお礼を申し上げれば良いか。」
「ははっ、お礼などと、そんな。私はするべきことをしたまでです。ですが、えぇ、しばらくは安静に。それが私の願いでございます。」
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