第83話 開始前のひととき

 天幕から出て緊張を解かれると、周りからヤジが飛んでくる。


「いつものおっチョコチョイが出てたな」

「ミングスさんカッコ良かった?」

「生エミリーちゃんは?」


 うっせ。


「ミングスさんめちゃカッコよかったし、エミリーちゃんは可愛かった! だけど生じゃないだろ!」

「そりゃそうだ」


 やることもやったし、あと1時間くらいは空いてるから他のマップも見回ってみるか。

 イベント会場本営の近くのポータルで各地をパッと見てきたが、どこもよく作り込まれている。KOKKAはドーナツ状の浮遊島が観客席になっていて、中心のお立ち台が動き回る仕組みっぽい。そうスタッフらしき人が話していた。

 クリケットはリアルのスタジアムっぽく作られていて、真円のグラウンドに芝が植わり、あまり見たことない形状だからか新鮮味を感じる。

 惑星ライブ会場はプラネタリウムのような形で、置かれている多数の操縦席に乗り込んでロボットを動かすらしい。早く動かしたい。


「おうおう。久しぶりー」

「ウーゴ! 戻ったきりだけど、もうアルフヘイムには来ないのか?」

「戻るのも大変だったけど、行くのもなかなか大変なんだよ」

「そうなのか。まぁ、どうしても必要な物があったら言ってくれ」


 ウーゴ事態も目立っていて、いろんな人に振り返られていたが、後から来たオーク集団が特に注目を集めていた。


「それが例にハッチて人?」

「ドワーフ全員がヒゲモジャでは無いのか」

「それも面白いけど、鳥人とか魚人も面白いよ」


 この人たちの感覚のほうが面白い。一応鳥人や魚人は獣人の選択の一部にあって、数は少ないが知名度はそれなりにある。オーク族の方が非公開だった分ドマイナーだと思うのは間違っているだろうか。


「せっかくウーゴの知り合い見つけたんだ。間違えないように名前書いておこうぜ」

「そうだそうだ」


 そう言って、俺の背中で筆を走らせる。


「おい! 勝手にやるなよ。ハッチすまん」

「ん。あー、まぁ良いさ」


 多少名前は売れてるし、イベント中くらいは別に良いだろう。

 そろそろイベント開始だから戻らないといけないな。


「俺は釣り会場に戻るわ。みなさんも良かったら釣りに来てくれ。竿はレンタルもあるからな」

「おう」

「後で行くわ」

「じゃあねー」


 釣り会場に戻ってくると、伊勢さんが出迎えてくれた。


「おい! どこで出すか決めてから行けよ!」


 お出迎えじゃなくて、お怒りだったわ。


「あ、すんません」

「あ、じゃねーって。俺らの作品なんだぞ」

「すぐ場所決めしましょ、いきましょー」


 伊勢さんの背中を押して個人ブースへ行くと、ほとんど埋まっていた。釣具だけじゃなく、一般の雑貨や武器防具、料理まで並べられている。

 夏祭りのテキ屋を彷彿させる彩りに、ちょっとテンションが上がってきた。


「おい! 遊びは後だぞ!」

「はいぃぃぃ!」


 何年も同じクランにいると、多少の考えは見抜かれてしまうか。伊勢さんに急かされて場所を探す。

 なんで俺が探すのかと言うと、伊勢さんの作ったアイテムも全部預かってしまったから。こんなことなら個別に出品すれば良かったと後悔している。


「あった。ここで出しましょう」

「中間あたりか。端じゃないだけマシだな。よし、どんどん突っ込め」

「あいあいさー」


 置いたルアーたちを使っても記録に残らないが、イベント後のワールドできっと活躍してくれる。そう願って出品開始のボタンをプッシュ。


【イセとハッチの特性ミノー】5000G

【イセとハッチの特性フロッグ】12000G

【イセとハッチの特性ポッパー】8000G


「おい! こんな高いの誰が買うんだよ。値付け間違ったんじゃ無いのか?」

「おっかしいな。確かに倍率1.1倍にしたはずなんだけど」


 間違ってない。原価の1.1倍になっている。他に要因があるなら……。


「あ」

「どうした?」

「初めて釣竿作った時、ボロだったんですけど」

「それが何だ」

「品質が最低なのに、べらぼうに高かったことがあったんです」

「ん? 何の関係が……あ!」


 気づいてくれた。

 どのジャンルでも似たようなものだが、ホビー系の新アイテムは希少なほど価値が跳ね上がる。

 値段を下げようと思ったら、もっと大量投下しないといけない。つまり手持ちを全部突っ込んだ今、俺たちに値下げさせる方法は無かった。


「誰かが道楽で買ってくれるのを期待しましょう」

「くそぉ。こうなったら作ったルアーでデカイの釣ってくるぞ!」

「えぇぇぇ!? これイベントのポイントにならないんですけど?」

「知るか! お披露目しなきゃこいつらが腐っちまうだろ!」


 こうなったら止められそうに無いな。テキトーに釣ってイベントに参加するか。


 <間も無く、1st フィッシングのイベント開始時刻となります。参加者は受付を済ませ、指定ポイントに集合してください。>


 伊勢さんが通信画面を開き、ゲキを飛ばす。


「NIPPON鯖の釣りクソども! 送ったルアーで釣りまくれ! ポセイドンの釣力を見せつけるぞ!」

「「「「おうよ!」」」」

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