第6話 選択肢は無限でも選び取ることができるのは一つだけ

 ビブリオバトルに出ると決めてから二日経ったが、俺は未だにどの本を紹介すべきか決めかねていた。それは伊月も同じだった。


「やっぱり俺はこっちかな」

伊月が、机の上の本の山の中から、哲学書の評論本を指す。


「いんじゃね?伊月らしくて」


「お前は決めたのか?」


「うーん、これかな」


 俺の大好きな二十世紀初期のアメリカ小説。


「それもお前らしいな」伊月が笑う。


「つうか、本当に原稿も無しで五分も喋れるのかな?」


 ビブリオバトルでは、一人が五分間プレゼンをし、全員が発表し終わったのちに数分間のディスカッションを設ける。大会に持ち込めるのは基本的に本とストップウオッチなどの時計だけで、原稿を持ち込むことは出来ない。パソコンを使用したプレゼンも基本的にはできない。頭の中に流れと本の内容をきっちり入れておかなければならない。


「まあ、しっかり言いたいことだけまとめておけば、なんとかなるだろ」


 伊月は堂々としている。正直言って、伊月はこの大会では圧倒的に有利だ。人前で発言することに慣れており、頭の回転が早い。おそらく多少、話すことを忘れても、こいつならアドリブくらいできるだろう。反対に、俺は不安で仕方がなかった。


「お前は何とかなるかもしれないけどよ」


加えて、この大会は前の文学賞の時と違って、個人競技だ。個々の実力がもろに自分だけに跳ね返ってくる。大会に参加すると決めた時、優勝すると豪語したものの、そのためには伊月に勝つことが必須条件だと気づいていなかった。


「なに、変な顔してんだよ。気持ち悪いな。対策練れば大丈夫だって」


伊月は笑顔で言う。さすがだ。


「ま、そうだけど」


「とりあえず、プレゼンしたいことをまとめて、話す練習していこうぜ」


 言いながら、早速紙を取り出してさらさらと要点を書いていく。本当に、伊月はこの大会に向いているみたいだ。

 俺はとりあえず、絶対に伝えたいことを文章にして考えた。俺の作業がひと段落し、話し始めをどうするか考え始めた頃、伊月は既に、五分間通しで話す練習をしていた。俺はまたもや、圧倒的才能を前に凹みかける。


 次の日に部活に行くと、伊月はすでに、携帯に録音した自分の通し練習を聞いていた。


「すげえな、お前」俺は素直に感心した。


「昨日、原稿なしで喋ってみたのか?」


「ああ」


 伊月はこともなげに言う。俺はまたもや凹む。


「でも、通しでまだ四分か」


伊月のプレゼンは十分な長さのように感じられたが、まだまだ時間に余裕がある。


「結構、五分って長いのな」


俺は少し不安になる。


「まあ、余裕見て四分くらいにするのがベストかな?俺は焦ると早口になるから、昨日削った分を戻しても良いな」


 こいつは自分の特徴も理解している。人前で話すことに慣れている証拠だ。俺はとりあえず五分間話せるだけのエピソードを盛り込み、あとから助長的な部分を削ることにした。



 翌週、俺と伊月は、鈴木の前で正座していた。


「率直な意見を聞かせてほしい」と伊月が鈴木に言った。


穏やかな表情で、いつも通り、リラックスしているようだった。俺も練習は一通りした。五分間フルで話せるようになったし、自然と話す内容も暗記できるようになっていた。


「わかった」


 鈴木はその日、珍しくパソコンを机に広げなかった。


「じゃあ俺から」


 伊月が先攻だった。伊月の練習風景は隣で見ていたが、改めてじっくり聴くと、こいつのプレゼン能力の高さを感じずにはいられなかった。まず、発音が良い。はきはきしている。声も通るし、話も明確だ。プロットと起承転結がしっかりしているから、聞き終わった後でも内容が頭に残りやすい。


「良かったよ」鈴木が拍手する。


「じゃあ、俺の番」


 俺は練習の成果を見せる。俺は聴衆に語り掛けるような気持ちで挑んだ。実際に、たびたび疑問形を使ってクイズを出してみたりして、聞いている人が主体的に考えてくれるように促した。俺は伊月のように、アナウンサー張りの明瞭さを備えているわけではないが、要は多くの人間に共感してもらえればそれで勝つのだ。


 話し終えた後、鈴木はすごく困った顔をした。


「二人のどちらかを選ぶってのは、難しいな」鈴木の感想の第一声だった。


「そうだなあ、伊月君の本も勉強になりそうだし、日向君の本もすごく読みたくなった。どっちか、っていうのは決められないけど」


「何か改良点とかはあるか?」伊月が質問する。


「うーん、伊月君は、なんか、優等生って感じだね」鈴木は困ったように言う。


「大事なところで、敢えてテンポを変えて見たらどうかな? わかんないけど」

鈴木にしては珍しく、踏み込んだ発言だった。


「なるほどな、もう少し間があってもいいかもな」伊月もその意見には肯定的のようだった。


「俺は?」


「日向君はすごく面白い」鈴木が笑顔で言った。


「なんかこう、まとまりは無いし、時間ぎりぎりなんだけど、どうしてか点数あげたくなっちゃうんだよねえ。どうしてだろう」


「わかるわかる」伊月も笑う。


「そうか?」俺にはよくわからない。


「日向君はその本、本当に好きなんだね」鈴木が笑う。伊月も得意のニヤニヤ顔だ。


「でも、時間ぎりぎりだし、もうちょっと削って見たら?あとは……」

鈴木が下を向く。


「いや、はっきり言ってくれ、お願いだから」

遠慮されるとかえって恥ずかしい。鈴木は一瞬下を向いたがすぐに、


「もっと声を大きくしたらいいんじゃないかな?」

と言った。


「鈴木には言われたくないなあ」

 俺がつぶやくと、伊月が声を出して笑った。

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