第13話 break at the night

 ◇break at the night

 宿屋の一階は大破し、宿として寝泊まりするには些か風通しが良すぎるため俺達はルネの家へと案内されていた。

 ルネの家は宿から意外と近いところにあり、大体ここから歩いて五分ほどのところらしい。

「この先だよ」

 細い小道を曲がるルネに俺達も付いていく。

 暫くした後、少し古めの小さな家の前で足を止めた。どうやらここがルネの家のようだ。

「以外とちっちゃい」

 テイラーのストレートな感想という矢がルネの心を貫いて、グハッっという音が聞こえてきそうな様子で両膝を付き項垂れた。しかもこれが悪気の無い素直な感想だから更に質が悪い。

「あ、うんそうだよねー。ちっちゃいよねえ。知ってるよ、はいはい僕の家は鶏小屋同然ですよ」

「あああ、違う、違うよ。ちっちゃくて可愛いぁ~って意味だからね⁉ごめんってぇ」

 おねだりを訊いてもらえなかった子供のように拗ねるルネに、テイラーはというと泣いている子供をあやす母のようにワタワタと慌てふためいている。

「ホントにそう思ってる?」

 俺は純真無垢な子供の甘えるような目で僅かに涙で目を潤ませたルネは普段のおちゃらけた姿とのギャップにドキッとしてしまっていた。そしてその当人であるテイラーはというと……

「ね、ねぇアンディ、この子あたしの子供にしてもいいかな……ハァハァ」

 ヤバい、テイラーの目が完全にキマっちまってる。っていうか子供って言った?

これは完全に……変質者だろ。しかしそれ以上に……

「おい、テイラー。子供の方が胸のデカい母がいるか」

 俺の突っ込みにテイラーはハッっと目を覚まして俺の方を見た。なんだ、過去に類を見ないほどの笑顔。

 ウッ……⁉という鳩尾に強烈な痛みと共に俺の、意識が……


 目を覚ますと俺はどこかの家の玄関に置き捨てられていた。そうだ、ルネの家に来ていたらその直前、何かがあって眠ってしまったんだがいまいち覚えていない。まぁあとでテイラーにでも訊けばいいか。と考えていると玄関の側にあった階段からテイラーが降りてきた。

「あ、あのさ、さっきのこと覚えてないよね?」

「さっきって?俺ついさっきまで寝てたんだけどなんで寝てたのかよく覚えてないんだよな。テイラー何か覚えてる?」

「勝手に眠くなって寝たんじゃない?ま、まぁ覚えてないならいいや」

 テイラーは何かに安心したようにホッと胸をなでおろした。

「あたしたちお風呂入ってくるから絶対入ってこないでね?絶対だから」

 んなこと言われんでも入らないが俺は「はいはい」とだけ返事をしてテイラーの降りてきた階段を上った。

 ルネの家は外観の見た目ほど中は古くは無い。

 階段の上には一つしか部屋は無く、恐らくここが寝室件リビングルームなのは直ぐに分かった。

 部屋は想像以上に綺麗に片付いて、女の子らしさを感じさせるような可愛らしいインテリアも置かれてある。

(……あれ、これ初女子の部屋なのでは)

俺はこれが後に気づかなきゃよかったと思うことに気づく。

 それを意識すると部屋に女の子らしい甘い良い匂いがする。

 こ、ここでルネが寝泊まりしているのかと俺は唾を呑んだ。

 普段テイラーが家にいるときは身近すぎて気にしていなかったが、これは雄としての本能を呼び起こしそうで危険すぎる‼

 俺は部屋を出て、階段を下り玄関に降り立った。

 危ない。あの男の性(さが)を擽るようなスメルの充満した部屋に居ては俺がなにをしでかすことやら。

 トイレに行きたいなぁ、と暫くして思い至った俺は腰を上げる。

(あれ、トイレってどこだ?)

 ルネに訊いておけばよかったと思うが、今更後の祭りであることに変わりはない。

 適当に探すか。二階には部屋が一つしか無いし、一階なのは間違いない。

 一階の廊下の奥へ進むと部屋は扉が三つが存在した。

 まぁ一つ目から順に開けていけばいいか、と俺は一つ目の扉を開ければそこは押入れだった。って言っても押入れには何も入って無いんだな。まぁルネの性格的に要らないものとかは捨てているのかもしれない。

 さて二つ目は……

「あ」

「あ」

「あ」

 俺、テイラー、ルネはそれぞれ目をぱちくりさせながら声を発する。

 そう、ここは洗面所である。しかも美少女二人が絶賛生お着換え中である。

 小柄ながらタオル越しでも分かる豊満な体、まだ濡れた髪の毛はいつもの癖毛を落とし、いつもの美少女味のあるルネをよりお淑やかに魅せた。

 一方でテイラーは右腕で胸を、左手で秘部を隠す。そのきめ細やかな白い肌を纏った肢体に俺は目を奪われた。いつもは服を着ているから分からなかったが、胸はいつもより大きいと感じさせ、今のテイラーからは風呂上りであることも相まって大人の色っぽさがある。

「「ぎやあぁぁぁぁぁ‼」」

 テイラーとルネはお互い悲鳴上げて、沸騰したかのように顔を真っ赤に染めていた。

 あ、あれ、なんでしょう?裸体の二人が俺の方へ——

「早く出てけえぇぇぇぇぇぇぇ‼」

 テイラーが叫びそのまま俺の鳩尾へ膝蹴りを放った。

逃げるも躱すもできない俺の体はくの字に折り曲げられる。

 更に息着く暇を与えないというようにルネが俺を掴むと一気に俺の視界が逆転した。

 攻撃はまだ無い。視界がゆっくりと移り変わる。そんな中で俺は村の皆を思い出す。

 これが走馬灯なのだろうか。テイラー親衛隊だとか言ってやたらと俺に絡んできたやつら、仕事を手伝えと俺に言って自分日向ぼっこして寝てた隣の婆さん、そんな婆ちゃんと付き合っていた向かいの爺さん。変な奴らばっかだけど、面白くはあったな。十五年という短い命だった。欲を言えばもう一度母さんには会いたかったな。

夜も更けぬうちにローキックを一発、その後に昼間に幼女に蹴られ、そして夜にライプニッツにぶっ飛ばされて、今度はテイラーにドロップキック。なんかもう一回くらいあった気がするが、そんなことはどうでもいい。

 くそったれ、普通の耐久力の人間なら四回死んでるはずなのに下手に耐久があるせいで生き地獄を味わうとはな!だが今回は無理だ。絶対に耐えられるはずがない。

「パイルドライバァァァァ‼」

 俺は首から床に叩きつけられるゴギッ!という音と共に意識を失った。


 父さん……

 霞がかった視界に一本の小川、その奥には五年前に死んだはずの父がいた。

俺は川の向こうで一人で待っている父へ駆けると父は柔和な笑みを浮かべて言った。

「こっちに来てはいけない」

「え、なんでだよ」

「お前にはまだ早い、お前には仲間がいるだろ」

 確かにそうだった。あれ、俺なんでこんなところにいるんだっけ。そうだ俺ルネに首から床に叩きつけられたんだった。で、目の前に父。ハハハ懐かしいなぁ、ハハ……って死にかけてんじゃねぇか!

 と再び瞬きをすると俺はこの世に戻されていた。これはなんというか自分の耐久力に感謝だな。

「あれ」

 立ち上がった俺は視界がいつもより九十度回っていることに気づく。首元もいつもより妙に違和感があるので触ってみると俺の首はルネのパイルドライバーによって直角に曲がったらしい。

 自力で首をゴギゴギゴギッと多分普通首で鳴っちゃいけない音を鳴らしながら無理矢理直していると二階からルネが降りてきた。

「あ、生きてたんだ……チッ、手加減しすぎたか……」

「あぁお陰様でな」

んん?今なんか手加減しすぎたとかチッとか舌打ちする音が聞こえた気がしたんだが、ってか、おいなんだ「あ、生きてたんだ」って生きてちゃ悪いんか。いや、この場合生きてちゃ悪いのか?

「僕もう寝るから明日十時に王都の中央にあるギルドに来てね」

「お前は遅刻するなよ」

「もうしないよ。あんな怖いテイラーちゃんを拝むのはもうこりごりだよ」

 ルネは両手を上げ、本当に観念しているようだ。

 ルネは「それじゃ」とだけ言い残して欠伸をしながらその場を去った。

 さてではゆっくり風呂に入るとしますか。ゆっくり湯船に浸かって、それで今日一日の疲れをじっくり落としておきたいしな。


 風呂を出て、二階へ向かうと布団が二つ並べられていた。しかも綺麗に隣り合うように

「おい。これ」

 俺は背を向けているテイラーに声を掛けるとビクッと反応して振り向いた。

「い、いや、あたしじゃないから!ルネが、ルネが勝手にやっただけだから!」

 お、おう。と、俺は少々引き気味に答えるが、まぁそうだろうな。

「で、そのルネは?」

「ルネは向こうの世界で寝るって言っていなくなったよ」

 今の俺達の状況をあいつは楽しんで想像していたと思うとイライラしてきたな。

「んじゃ、あたしはもう寝るから!おやすみ!」

 そう言って土に潜るモグラのように布団に包まって寝てしまった。

 俺も一人で明かりを付けて起きている理由もないので床に就くとするか。

 と、その前に布団離しておくか。

「ねぇ」

 俺が布団をずらそうとしたところでテイラーが俺を呼び止めた。

「なんで布団離そうとしてるの」

「いや、お前も嫌だろ。近くに男がいるのは」

「別にあたしそんなこと言ってないですけど?それに昔だって一緒の部屋で寝てたでしょ」

 そりゃそうですけど……

「ほら、湯冷めするよ?早く布団入りなよ」

 俺は言われるがままに布団に入り、テイラーが寝ている方とは反対側を向いた。

「ねぇアンディ、久しぶりだよね。こうやって二人で一緒に寝るの」

「そうだな」

「今日は本当に色々あり過ぎて大変だったよね」

「そうだな」

「もう、アンディなんでそっちばっか向いてるの?」

「そうだな」

 するとテイラーは俺の顔をグイっと自分の方へと向けさせた。

「なんだ怒ってるわけじゃないのか」

「ちげぇし、別に怒ってるなんて言ってないだろ」

 いつもなら気にしていなかったテイラーは風呂で髪を洗ったからか、それとも近くにいるからか、クチナシのような甘い匂いが俺の鼻腔を掠める。

 絶対に甘い花園へと誘うそれと絶対に折れない鋼の精神という二極化された二つの矛と盾が今、夜の一室にて戦いが繰り広げられていた。

「ねぇ、今日色々あったよね」

「こんなに無くていい」

「フフ、確かに。こんなにいっぱいありすぎちゃ疲れちゃうよね」

 テイラーは面白可笑しそうに笑っていたが、本心からそう思う。

 俺はテイラーを見つめながら今日の一日の記憶が甦ってくる。

 それは王都に来るまでのことだったり、テイラーとアクセサリーを作りに行ったことや、ビアホールで色んなプレイヤーに会えたこと、そして一人の罪なき人間が理由も無くプレイヤーに殺されたことだったりと。

「な、そんな見つめなくても……」

 テイラーは顔を布団の中に埋める。

「え、あ、いやそんなつもりじゃ」

「アンディは凄いよね」

 テイラーが不意にそんなことを口にする。

「なにが?」

「今日のあの戦いの時も、五年前の時もアンディはいつだって真っ先に危険に立ち向かっていたよね」

 そう言われても俺にはまだテイラーの言わんとしていることが分からなかった。

「そんなこと普通の人じゃできないし、あたしも今日も昔も恐怖で体が動かなかったんだよ」

「別に俺はただ体だけが心より先行しているだけだ。それでなにかしているわけじゃない」

「それは違うよ。アンディが立ち向かう姿が皆に勇気を与える。だから皆は戦える。あたしはそのおかげで君を守れたんだよ?」

 棘のついた殻に包まれている俺という人間をそれでもやさしくは包む。

「あたしは自分がそこまで好きじゃないけど、それでも好きになろうと頑張ってるつもり。アンディは自分のことが好き?」

 俺はこの問いにすぐに答えることはできなかった。

「あたしも自分のことは好きにはなれてないよ。それでも、好きになろうって努力はしてる。だからさ、一緒に頑張ろ?」

 テイラーは小さく暖かいその手で俺の手を握りしめて言った。

 俺が「うん」と頷くと、雲に隠れた月が顔を表し、家の小窓から月光が差し込む。

「綺麗だ……」

「えっ⁉」

 その美しさに意識を全て持っていかれた俺は正直な気持ちだけを口にしていた。

 小さなガラスの窓から入った月の光に照らされたテイラーのブロンドの髪がいつもよりもずっと綺麗に映る。

 ハッと意識が戻ってきたとき俺の顔が一気に紅潮していくのが分かる。

「月がな⁉月が綺麗って意味な?」

「わ、分かってるよ!分かってるって……おやすみ!」

 俺が慌てて早口になりながら補足すると、テイラーは俺から顔を背けた。

(ああ、もうやだ。死にたい、死にたいよぉ)

自己嫌悪に陥り、忘れたいと願いながら俺も眠りに就く。

こうして黒歴史がまた一ページ俺のノートに刻まれた。

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