銀河鉄道スリーマッチョ【前後編】

来栖もよもよ

【前編】

 冬が厳しい北の地方の山間の田舎・銀河(ぎんかわ)町。

 

 

 人口数は3000人にも満たないのだが、中規模の都市と中規模の都市の間に存在するため、2つの都市を結ぶ鉄道会社が存在していた。

 

 

【銀河(ぎんかわ)鉄道株式会社】

 

 

 これを逃すと一生この町に鉄道なんか通らねえべ、と思った銀河町長(在職40年)が、毎年地道に節約してプールしていた町の予算を大放出し、更には足りずに国に借金までして35年前に立ち上げた鉄道会社である。

 

 

 総駅数は10駅にも満たないのに、端から端まで乗ると約2時間かかる。

 1駅1駅の距離がやたらと長いのだが、近隣の町自体が離れているので致し方ないのである。

 

 

 

 まだ運行を開始したばかりの頃は良かったのだ。

 

 

 結構若者も居たし、人口も5000人以上は居た。

 もっと昔は1万人近く居た事もある。

 腰痛に良く効く温泉もあるので、観光客もそこそこ利用してくれたし、多くはないがギリ黒字だった。

 

 

 だが高校や大学入学に伴い、都心で暮らす若者や、家族ごと引っ越しをする人たちが増えてゆき、年々町の人口は減る一方。

 出掛ける事も少ない年寄りが増えていくだけ。

 温泉客ももっと交通の便のいいとこに流れてしまい、この銀河鉄道も廃線の危機に瀕していた。

 

 

 

 

「……はああ……」

 

 

 銀河駅の車掌兼駅長の星野小太郎(55)はここ1ヶ月ばかり、気がつけば仕事の合間に溜め息をつく事が増えていた。

 

 先日、役員会で『3年後を目処に、赤字の改善が見込めなければ銀河鉄道を廃線とする』ということが正式に決定したのである。

 

 

 銀河町で生まれ育って55年。

 銀河鉄道に入社して33年。

 妻と一人娘がいるが、娘は昨年大学に入学し東京で一人暮らしを始めた。

 

 学費にアパートの家賃、生活費の補助など金がかかる盛りなのである。

 先日、研究職に就きたいから大学院へ進みたいなどと言われて、向上心の高さに嬉しく思うと同時に胃がキリキリと痛むのを感じた。

 

 58で定年になれば──幾ら出るかも分からないが──その退職金も娘の学費にも回さねばならない。

 新たな就職先など銀河町ではなかなかない。いや58で新しい仕事など大都市でもなかなかあるまい。

 

 銀河鉄道の先行き、娘の学費に夫婦の老後、考えると溜め息しか出ないというものである。

 

 

 

「星野さーん、まあた溜め息なんかついて。

 そんなに思い詰めてると禿げてしまいますべ」

 

 一番の若手である運転士の安藤(26)が腕立て伏せをしながら笑った。

 

 鉄アレイを持ちおいっちにー、おいっちにー、と腕を上げていた運転士の井上(28)は、

 

「こら失礼な事ば言うな。もう星野さんフォローしようがないほど禿げてるべ。希望を持たせたらダメだわ」

 

「いや、でもほら、襟足んとこばまだホワホワとあるやないですか?」

 

「馬鹿たれが。そんなカゲロウみたく生命力無さそうな毛、ここ数年の命だべ。もううぶ毛でええべよ。

 まぁだワラビとかのうぶ毛の方が頑丈そうだべさ」

 

 とどっちが失礼か分からない発言をしていた。

 

「誰がうぶ毛や。まだ分からんて。こないだ通販で【激生えボンバー】ってのを買ったで、今絶賛養殖中だべ」

 

「あーもう。劇薬は毛根に救いがたいダメージがあるって注意書きしとらんかったですか?

 すーぐそうやって薬の力を盲信してえ」

 

 駅職員の上村(31)は皆にお茶を配りながら、

 

「まあまあ、毛の話はともかく、また企画書提出日が迫ってんですよ。そっちの方がよっぽど大事だべ」

 

 と眉間にシワを寄せると、そのままこの駅長室に持ち込んでいるぶら下がり健康器で懸垂を始めた。

 

 

 ちなみに、鉄アレイは安藤の母親が漬物石代わりにしていたもの、ぶら下がり健康器は上村の母親が物干し代わりにしていたもの、部屋の隅に置いてあるルームランナーは星野の妻がダイエットすると言って購入したものの、数回使って物置に常駐していた物である。

 

 何しろ暇なのだ。

 

 朝や夕方の通勤時間でも1時間に一本、昼間は2時間に一本しか電車も走っていない。

 最終は夜10時に始発駅を出るのが最後で、銀河駅は11時2分通過である。

 

 書類仕事も当然その本数に見合った量であり、掃除や機器のチェックなどを丁寧にしても時間が有り余ってしまうので、体を鍛える位しかやることがないのだ。

 

「いやあ、んだけどよ、猫駅長も犬駅長もダメ、町でデカい祭りとかやって客増やそうといっても金がかかるからダメってはねられたべ。もう何も思いつかねえ」

 

「まあ猫駅長とか結構いるしな、生き物はやっぱり病気になったり老衰で死んだりすっと悲しいべよ。金もかかるしよ。犬だって、散歩とかあるべさ。やっぱ仕事の時間に外に出るのもサボりみたいでなあ」

 

「そんだけどもよお」

 

 駅長室で筋トレをやっているのは、サボりではなく暇な時間に眠ってしまったり、体がなまらないようにしているだけである。根は真面目な銀河鉄道を愛する若者と元若者なのだ。

 

 社長が各駅に顔を出しては、

 

 「何か斬新な、他ではやってないような集客アイデアを出せ!」

 

 と毎週企画書を出すようせっついてくるのだが、んなもん出せたらとっくに出しているのだ。

 4人は揃って溜め息をついた。

 この所いつもこんな感じなのである。

 

 だが、この日はちょっと違った。

 井上がぼそりと呟いた。

 

「そいやこないだよ、床屋で雑誌読んでたら、東京に【マッチョパブ】ってのが出来て大人気らしいべ」

 

「それがどうしたべ」

 

「……東京だぞ? 東京で大人気ってことは、今、時代はマッチョだべ」

 

「時代はマッチョって言ったってよ、集客アイデアにどう結びつくだ鉄道会社で」

 

「星野さんはまだビール腹が収まって来た位だけんどよ、俺らはこの2年ばかし鍛えてたべ? マッチョって言ってもいいんでねえべか? ほれほれ」

 

 上村はぐいっと力こぶを入れて皆に見せた。

 

「それでマッチョだったらどうするべ。筋肉見せるように制帽とネクタイとパンツで働けってか」

 

「銀河鉄道スリーマッチョか。はっはっはっ……いや、その案悪くねえかも知れね。もしかすっと人気出て利用客増えるかも知れねえべさ」

 

 星野は笑いながら、んだけど、と続けた。

 

「何か、似たような名前のアニメがあったような気がすっけども……いやまずいわ、訴訟騒ぎになったらうちの廃線が早まるでねえけ」

 

「何言ってるだよ星野さん。アッチとコッチじゃ漢字は一緒だども、読み方違うべさ。ウチはぎんかわてつどうだからよう」

 

「別にパクってる訳じゃねえべ、銀河町の銀河鉄道なんだからよ。宇宙にも行かねえし。

 ……だども、お客さんが読み間違えてしまっても、それは俺たちの責任じゃねえもの。なあ?

 ああ似てますね、で仕舞いだわ。

 訴訟騒ぎにならんように、似てそうで似てない、インコースギリギリを攻めるようにパクるのがええべ」

 

「パクるって言ってまってるでおい。

 いやー、もしこの企画通ったら、俺たち人生最初で最後のモテ期来るかも知れねえべ?

 女子にキャーキャー言われるかも知れん」

 

「モテ期? んなもん都市伝説だ。

 それにおめえ銀河町でモテ期来てもよ、今独身の女子で一番の若手は46歳の美佐枝さんしかいねえべ。ほれ旦那さん2年前に亡くなった。

 あとは一気に60歳越えだべ。ジャンプ競技ならみーんなK点超えの超熟女子じゃねえけ」

 

「頑なに20代だ、って言い張られたらまあ何とかならんでも……ない……かも……」

 

「馬鹿たれが。なる訳ねえわ。母ちゃん超えは流石に親不孝になるでよう出来んわ。

 でもまあそんなふざけたような企画どうせ通らねえべ。幻のモテ期じゃわ」

 

「んだなー。社長が裸パンツで制帽にネクタイと白い手袋で勤務なんて許す訳ねえべ」

 

「ちっと見てみたいけどもようワシは」

 

「いんや流石に俺たちも恥ずかしいべ星野さん。

 自分はやんねえからってよう。

 ……だけど、もう企画書出すのに時間もねえし、斬新さだけならあるべ。もうこれで行くべ」

 

 企画書を取り出した井上は、カリカリとペンを走らせた。

 

「あれだな、ポスターは俺たち3人が制帽に裸ネクタイで敬礼のポーズでよ、【銀河鉄道に乗りなさい……】ってほんのり匂わせんのはどうだ?

 もちろん『ぎんかわ』ってルビは振るんだ、ちっさくだけども」

 

「んだんだ、訴訟は怖いからな。

 だども色白は良くねえ、日サロ行かねばマッチョっぽくなんねえべ。脱毛もせんと。

 ケツ毛や脛毛は綺麗にが社会ルールだべ。

 あ、安藤はちっと胸毛もあるな。マッチョはつるつる卵肌でないとダメだわ。

 これは経費な経費。んでよ、ブーメランパンツは流石に客の前では無理だで、せめてサーフパンツでよ、ちっとハワイアンな派手柄でな。これも経費だべ」

 

「当然経費に決まってるべ。そんだば照り照りするオイル、あれも経費だべ?」

 

「当たりめえだ。照り照りしないでマッチョとは呼べないべさ。経費経費」

 

 どうせ落ちると思っているので、ノリノリで企画書を細かく書き込んでいった。

 

 

 


 

 まさか、社長が起死回生の1打を狙ってゴーサインを出すとも思わずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

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