白紅の想像
風詠溜歌(かざよみるぅか)
第1話 白紅の宝石
遠くに見える街、そこはここら一帯を治めるザントテールという国の城下町だ。
竜を信仰するこの国では、城の旗にも竜の翼が描かれている。
そんな国の城下町から少し離れた森林に人影があった。
「いい天気だ」
空は晴れ渡り、そよ風が吹いている。こんな日は昼寝が気持ちいい。
栗色の髪に、緑の瞳。まだ幼い顔立ち。旗と同じ竜の翼の装飾が施された銀細工でマントを止めている彼はこの国の第三王子だ。名をラウルという。
通常なら一国の王子といえばこんなところに一人でいるものではない。
しかし彼の日常は上に並ぶ兄たちとは違った。
一人目の兄は剣の腕が立ち、よく城下町にも降りて民からも慕われている。
二人目の兄は理知的で魔法が得意で、政治の勉強にも才がある。
少年はどうだろうか。他の兄たちに比べて秀でている所はこれと言ってなかった。
三男であるため両親たちもそれほど彼に期待をかけすぎることはなく、他に二人いる姉と妹同様ただ大切に育てることだけに重きを置いているようだった。
そんな境遇から、彼はいつからか頑張ることをあきらめた。兄たちのように期待されないのなら、何かを必死に頑張る必要はない。国も世継ぎも、兄たちに頼りっぱなしだった。
魔法の授業を挫折して以来、他の作法や歴史の勉強などからも足が遠のいた。今は兄たちが真面目に勉強や訓練に打ち込む中、城下町や少し離れた場所でこうして暇をむさぼっているのだった。
ここは国の兵士たちの警備も行き届いていて、人間を見かけると襲ってくる魔物と呼ばれる生き物も入ってこれない。
その警備にあたる兵士たちも、少年がうろついていてもとやかく言わなくなったのは、期待されていない証拠だろう。
そんな周りからの評価にこたえるように、暇を持て余すのが少年の日課だ。
この守られた場所で、登りやすい木を探しては上り、そこで遠くの城を眺めながら暇をつぶすのが最近の彼の流行だった。
「僕にも何か得意なことがあればいいのに……」
得意なこと。そう考えて思いつくのは剣技ぐらいだが、それも一番目の兄、エルヴェと比べてしまえば大したことはないもので、余計に少年を落ち込ませる要因になっていた。
何かあれば、父や民も僕に期待してくれるだろうか。
何か……。
頭に浮かんだのは木の上で暇つぶしに高じる自分の姿だ。確かに暇つぶしだけは天才的に得意だが、皆に求められるのはそういう才能ではない。
彼はつまらなそうに手のひらの上で煌めく宝石を転がした。
細かく装飾が施された金細工に白と赤の美しい宝石が嵌め込まれたもの。
暇つぶしに城の宝物庫を漁っていた時に見つけたものだ。宝物庫の中に忍び込むのも、少年が編み出した一種の暇つぶしだ。どうやって宝物庫の前に立っている兵士を出し抜くか。
幾度とない失敗を重ねたのち、ようやく宝物庫の中に入ることができた。
城にある宝物庫だ。その中には色とりどりの装飾品や武器や防具、王である父が趣味で集めている豪華な杖もその中に収められていた。
その中で一つ、少年が痛く心を惹かれたものがあった。それがこの二色の宝石だ。取っ手等もついていないため何かに使うようなものではなく、おおよそ観賞用として作られたものなんだろう。もうちょっとゆっくり眺めてもそんなにおとがめはないだろうしと戻すのを先延ばしにしているうちにこんなところまで持ってきてしまった。
まぁ誰かにばれないうちに元の場所に戻しておけばいいと思って彼はそれをまじまじと見つめた。
よく見ると白い宝石の中はキラキラと光が反射し、赤い宝石の中はなんだか少し揺らめいて見えた。
まるで氷と炎のようだ。
「これ、シリル兄さんに聞けば何なのかわかるかなあ」
つい口をついた独り言でまた兄に頼ろうとしていた自分に気付く。
こういうところが、期待されなくなる原因なんだろうな。
ガシャンという音で、ラウルはハッと我に返った。
考え事に気を取られているうちに、宝石を落としてしまったらしい。
「まずい……」
焦って木の上から手を伸ばして、勢いよく落ちてしまった。
受け身も取れず、背中を強打した。
ひとしきり痛みに呻いた後彼はようやく立ち上がり、落としてしまった宝石を見つめた。
「あちゃー……」
粉々に砕け散った宝石。どう見ても復元不可能である。
これを持って帰ったら世話役のアンリになんていわれるだろうか、壊したことを見て蒼い顔をするだろう。いや、そもそも勝手に持ち出したことから怒られるだろう。
もしそれを父に知られでもしたら……。父は普段温厚だが怒るとかなり怖い。最近はラウルには怒ることも諦めていたようだったが、これはそういうわけにもいかないだろう。
どうにか怒られない方法は。
普段の五倍ほどの速さで思考を巡らせるが、いい方法は想像できなかった。
「あれ、宝石が落ちたここ、土じゃないか」
ふと宝石を見た彼はそこが高いところから落としてもそんなに衝撃がなさそうな場所だったことに気づく。
「ははーん、これはもしや」
もともと傷ついていたのではないか。なら持ち出しただけで壊れてしまったのも無理はない。自分の不注意でということは言わなくて済みそうだ。
そんな悪い考えが頭を支配した時、想像もしていなかったことが起こった。
雷のような轟音が響いたかと思うと、さっきまで快晴だった空が一部だけ雲に覆われている。
──城の方角。
なんだか嫌な予感がする。
様子を見に行って、宝石のことはまた後で考えよう。
馬を持ってくればよかった。宝石を回収するときは連れてこよう。
誰かが魔法を失敗しただけでありますように。
しかしその考えは城下町の門が近づいて来るうちに悪い方向へと裏切られる。
門の端から何かが見える。
なんだ、あれ。
嫌な予感が現実へと変わる。
城の門に辿り着いた彼が見たのは、凍り付いた街の姿だった──
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