カラスを狙う女3
相川凛が歌い終わり、一息つく。私は思わず拍手をしてしまう。
「カイくん……かっこよすぎる……」
「えぇ……。今からハルちゃんが歌うんだよ? 何か参考になった?」
「参考というか、どうやったらそんな感情を込められるんだろうって……」
「んー。とりあえず1回歌ってみたら?」
「えぇーー。上手い人が歌った後に歌うのめっちゃ歌いづらいじゃん……」
「じゃあ一緒に1回歌ってみる? 清水さん、こっちのマイクも生きてるんですか?」
私の右手側にぶら下がっていたもう一つのマイクを指差しガラスの向こうへ聞く。
『使えるよー!』
「じゃあこっちで私も歌うからさ」
「えぇー……」
「じゃ、音お願いします」
『はいよー』
彼女はそのマイクを取り外し手に取る。私の返事も待つ事なくヘッドホンからイントロが流れてくる。
歌い出しと同時に、カイがせーのっと口パクで言う。
「「刃渡り数センチの不信感が――」」
彼女の声はヘッドホン越しにわずかに聴こえる。彼女のグレーの瞳がまっすぐ私の目を見て歌っている。若干青が掛かったショートな黒髪、目鼻立ちの整った顔。可愛くも、カッコ良くも見える。中の人もこんなにイケメンなのかよ。ズルいぞ、と脳内で思ってしまった。
遂にサビに来て、彼女はいきなり思い切り頭を振りだし、ブースを飛び回る。さっきとは違う、シャウトの様に叫び回る。
「「――もうどうだっていいや!!!」」
1サビのラストまで叫び周り、私を笑顔で見つめてくる。途中から私も楽しくなってぎこちなく飛び跳ねながら歌っていた。彼女が顔を近づけて来たので、ヘッドホンの右側を浮かせる。
「いいじゃん、だいぶノって来たんじゃない?」
そう不敵な笑みを私に向け、また頭を振りだす。私も彼女に倣い騒ぎ回り、最後まで歌い切った。
流石にこんなキャーキャー叫び回っているのをアップする訳にはいかないので、少しテンションを落として再度歌い直し、無事収録は終わった。いつの間にか矢崎さんは居なくなっていた。
「こうして、最高のガールズパンクロックバンドが生まれた――」
「ちょ、勝手にナレーションつけないでよ」
「アハハハ!」
涼咲は楽しそうに笑う。スタジオを後にし、2人で軽く食事を取る事にした。
「でも、マジでよかったと思うよ」
「本当ありがとう……でもどうせなら2人で歌ってみたって事にすればいいのに」
「これはハルちゃんの歌ってみた動画だから、私はお手伝いしただけだよ」
「中身までイケメンかよ……」
私は思わず本音を言う。
10分ほど歩き、少しオシャレなバーガーカフェに入った。テーブルに向かい合って座り、改めてまじまじと彼女を見る。黒く年季の入ったライダージャケットに、黒いタイトなデニムパンツにブーツとファッションからしてロック少女だ。
「涼咲……えと、相川さんは今もバンドやってるの?」
「涼咲で良いよ、私もどっちがどっちか分からなくなるからハルちゃん呼びのままで行くね」
「確かに、そうだね」
「今は何もやってないんだ〜。去年まで組んでたバンドが解散して……させてしまってさ」
「え、なんかごめん」
「実は私さ、彼女が居るんだ」
「えっ」
思わず声が出てしまう。彼女はコーヒーカップを、綺麗に手入れされたネイルでコツコツと突いている。
「まぁ、そういう反応がフツーだよね」
「あ、いや、そういう訳じゃ……」
「女の子4人でバンド組んでたんだけどさ、その同じバンドに居た子と意気投合しちゃって付き合い始めたんだ。でもその付き合ってる事が他のメンバーにもバレて、それで気持ち悪がられて分解しちゃった」
「そうなん……だ」
「お待たせしました〜。チーズバーガーセットとベーコンエッグバーガーセットです〜」
よくこのタイミングで持って来れたな、とウェイターに思いながらプレートを受け取る。
「勿論オトコと付き合った事もあるよ? でもこう……縛ってくる様な奴にしか出会った事なくて、SEXだって相手に求められてするだけで、おもんないなって思う様になって」
「あーなるほど……」
「ハルちゃんも同じ様な事あったの?」
「いや、大学の時に先輩に強引に迫られて、なんとなくOKしちゃったバカな自分を思い出して……」
「あー分かるわ〜〜。ほんっとオトコって自分勝手というか、思い込みがキモいよな〜〜〜」
「……だね」
なんだか面白くて、2人で小さく笑う。冷めないうちに、とバーガーを2人とも齧り付く。美味しい。
「うまぁ〜」
涼咲も幸せそうにバーガーを食べている。こんなに初対面の人と打ち解けられたのは何年ぶりだろうか。
「彼女さんが居るなら、こうやって2人きりで食事とかして大丈夫なの?」
「アタシらバンドやってたんだよ? 異性同性とも心も体もコミュニケーションしまくりだよ?」
「あぁー……。……その、彼女さんともするの?」
「もちろんするよ。大事な愛のコミュニケーションだよ」
「へ、へぇ……」
自分で聞いた事だが、未知の話題に適当に相槌を返す事しかできなかった。
「でもなんでVTuberを始めたの?」
「まーガールズバンドなんて腐る程居るけど、バーチャルの世界ならまだ何かアイデンティティ? みたいなモン作れるかなーっと思って」
「すご……やっぱかっこいいね」
「惚れた?」
「なッ」
「嘘ウソ! でもさ、女って同性にも好きだなーとか普通に思っちゃうじゃん? その友達としての好きと、恋人としての好きの境界が曖昧で、怖いけど、面白い」
2月末に行う筈であった顔合わせは、昨今の新型コロナウィルスの流行に伴い、オンラインでの顔合わせに止まった。私は涼咲さんに教えてもらった美容室で髪をバッサリ切り落とし、七海ハルに近いボブヘアーに変え、分厚いフレームのメガネで顔合わせに挑んだ。画面越しではあるが、荒巻ユイの中の人に会った。やはり古谷あかりであった。
ふと思う。もうわざわざ那賀見優であると隠す必要も無いのでは?
VTuberとして順調に活動し、人気も出てきた事で私の気が大きくなっているのだろうか? 彼女にバレて困る最大の要因は、単純に私が恥ずかしいのである。
ちっぽけなプライドだ。
冬を通り過ぎ、もう5月に入った。私たちの人気は依然として上がり続けた。私のチャンネル登録者数はなんと9万5千人を超えていた。
YouTubeチャンネルはとっくに収益化を許可され、基本給と合わせ十二分な収入源となった。私は長年努めたコンビニバイトを辞め、防音室の備わっているアパートへ越す事を決めた。
バイト最後の出勤日、何度も出入りした店の勝手口を出て、自転車に跨ろうとした時だった。
「あの、優ちゃん」
「はい?」
背後から声をかけられ振り向く。同じバイトの秋田さんだった。
「あ、あの……」
「なんですか……?」
なんだか重たい空気を感じる。
「最近優ちゃんすごく雰囲気変わって、彼氏とか出来たのかもしれないけど……俺、ずっと好きでした!」
「え」
「俺がこんなバイトを続ける唯一のモチベーションでした。優ちゃん本当ありがとうございました」
何故か感謝された。
「え、えぇと、別に……どういたしまして?」
「優ちゃん。これからどういう道に行くのか分からないけど、がんばってね」
「ありがとうございます、秋田さん」
そう言い残し、私は漸くここから飛び立つ。
まさか彼から好意を向けられていたとは。全く気がつかなかったのは、彼のアピールが弱いのか、私が眼中にすら入れていなかったからなのか。
だが、人に好きだと云われて、不快に思う人間は多分居ないだろう。
私は少し嬉しかった。
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