第58話 悪妻、提議する

 私の予想した通りだった。

 ステルーノ卿の言葉はスピリトゥス卿の逆鱗に触れた。

 言いたいことは分かるわ。

 同じ国に生まれたのに信じる者が違うだけで殺し合うなんて、とても悲しいことだわ。

 でも、言い方!

 あの言い方では頭が固いスピリトゥス卿には逆効果になっちゃうのよ。


「ばっかもーん!  そんな簡単に和睦が出来るのなら、とうにしておるわ! この戯け者たわけものめがっ!!」


 『雷が落ちる』って、まさにこれなのね。

 その通りだと感じるくらいに空気がビリビリとしてる。

 怒られるのを表現するのに雷なんて、冗談だと思ってた。

 本当にあったんだ……。


 怒られた当の本人はステルーノ卿。

 それなのに同席しているモデストと私の方がビクッとなってる。

 これでは誰が怒られているんだか、分からないわ。

 ステルーノ卿と言えば、ケロッとした顔で『何ですか~?』とでも言いたげに癖の強いウェーブがかかった髪をいじくっているのだから、たちが悪いわ。


「しかし、タディオ。一理あるのではないか?」

「陛下まで何を仰るか!」


 この人は相手が王だろうと諫言を辞さない剛直な人だ。

 そんな頑固者だけど、忠義の塊。

 仕える王の為なら、命を捨てるのもおかしくないだろう。

 裏表がない真っ直ぐなところもトリフルーメ人らしい。

 そんな人の信用を得られたら、動きやすくなるかしら?


 モデストの傍にいる限り、私はいつ殺されるか、分からない不安と戦わなくてはいけない。

 そんなのは嫌だ。

 心の休まる時がないじゃない。

 冒険を楽しんでいる時、いつも傍にいてくれて、さりげなく助けてくれたイシドロがモデストだったなんて……。

 どこに持っていけばいいのか、分からない複雑な気持ちだわ。


 だったら、どうするべきか?

 考えに考え抜いた結果、穏便に離縁してもらって、あとは長閑のどかな田舎で静かに暮らせばいいという結論に辿り着いたのだ。

 冒険者として、自由に生きるのもありかもしれない。

 実際、皆で冒険者として動いていた時は楽しかった。


 だけど離縁しても元王妃という立場では無理かしら?

 ううん、それ以前の問題だったわ。


 まずは穏便に離縁するところから、始めなきゃ駄目よね。

 よし!


「あの……ちょっとよろしいですか?」


 ギロッっていう擬音が聞こえてきた気がするくらいの勢いで睨まれたんだけど……。

 そんなに睨まなくてもいいと思う。

 スピリトゥス卿は元々、私を良く思っていないから、しょうがないか。


 モデストから向けられる視線には同情とも憐みとも取れる複雑なものを感じる。

 彼は教団との争いを力尽くで解決するのに乗り気でないんだろう。

 だから、勇気を出して、声を上げたんだけど。


女子おなごが口を出すことではあるまい!」

「そう言うな、タディオ。セナと翠の騎士団の貢献を忘れたのか? 彼女らの献身は確かな物だよ。セナ、忌憚なき意見を言ってくれないか」

「あっ……はぁ、えっと……」


 スピリトゥス卿から向けられる威圧感に負けそうになったけど、モデストが庇ってくれた。

 それだけじゃない。

 彼には持って生まれた王としての風格が感じられる。

 カッコイイ……はっ!? いけない。

 ちょっと絆されそうになってしまったわ。

 気を付けないと。

 この男がしまいには私を裏切って、捨てるかもしれないのよ?

 駄目よ、駄目!


「和睦ではなく、教団の布教をお認めになってはいかがでしょう」

「なんだと!?」

「ふむ」

「ふんふーん♪」


 三者三様……うち一名は役に立たない感じだけど!

 モデストには好感触で案の定、スピリトゥス卿は反対ね。

 これくらいは想定内だわ。

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