【完結】痛いのも殺されるのも嫌なので逃げてもよろしいでしょうか?~稀代の悪女と呼ばれた紅の薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~
黒幸
第1話 序・悪妻の最期
侍女のノエミと二人、馬車の旅をさせられていた。
私は王妃という身分にあるのに用意された馬車はあまりにも粗末な物だ。
旅というよりも護送という名がの方がふさわしい。
(どうして? 私は何を間違えてしまったの?)
射竦めるように睨みつけてくる二人の騎士が着込む甲冑のせいだろうか。
それでなくても狭い車内をさらに狭く感じてしまう。
私とノエミだけではなく、男二人が同乗するなど聞いてなかった。
それだけではない。
騎士からの呪い殺そうとするように発せられる重苦しい威圧感が何よりも大きく、影響しているのだ。
私が何をしたというのだろう?
「罪を認め、御自害なされよ」
騎士の一人シーロが私に対する侮蔑を隠そうともせず、そう言い放った。
シーロは私の実家に仕える旧臣だった。
そんな言葉では生易しい。
幼い頃から、私を守ってくれた兄のような存在だったのに……。
「罪? 私は何の罪も犯しておりません。旦那様……いえ、陛下に一目だけでも」
「それはなりません」
もう一人の騎士トマスが私の言葉を遮り、微かに抱いた希望を完全に打ち砕く。
トマスも私の家に仕えていた。
シーロほどに関りはなかったが、それでも心を許せる者だと思っていたのに。
「これは陛下がお決めになったこと。我が国の為でございます。さあ、御自害を」
「……嫌よ。私は恥じることなど、何もしておりません。なぜ、私が死ななくてはならないのですか?」
「馬車を止めろ」
私の拒絶の一言が最後の引き金を引いたのだろうか。
無情な物言いで馬車が止められる。
最悪の事態が我が身に起こることを考え、恐怖から身体が震え出した。
しかし、それをこの者達に気取られる訳にはいかない。
この世でもっとも悪辣な女と呼ばれている私が怯えているなんて、知られてはいけない。
私、セラフィナ・グレンツユーバーは悪妻と謗られ、蔑まれ、憎まれた存在だった。
このトリフルーメ王国で最も忌み嫌われる女。
それが私なのだ。
なりたくて、そうなったのではない。
気が付いた時には既にそうなっていた。
いや、させられていたのだ。
夫であるモデスト・トリフルーメとは政略結婚である。
モデストは家臣によって、亡んだトリフルーメ王国・最後の王子だった。
彼を身内に取り込めば、大義名分のもとにトリフルーメを我がものに出来るとラピドゥフル国王ヨシフは考えたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、ヨシフ王の妹サトゥルニナの娘。
つまり、私、セラフィナだった。
私が十二歳、彼が十歳の時、初めての顔合わせが行われた。
私の実家であるグレンツユーバー侯爵家がモデストを引き取ることに決まったからだ。
黒髪、黒目という平凡な色味。
線が細く、儚げな印象が強い子だった。
それでいて、意志の強さを感じる眼差しが真っ直ぐで目が離せなかった。
一目で彼のことを好きになった私だが……
『ふんっ、頼りなさそうな顔してるのね。せいぜい、私に迷惑をかけないように』と心にもないことを言ってしまったのだ。
本当は『私に全て任せてね』というだけでよかったのに。
最悪の出会いである。
やり直せるものなら、やり直したい。
だが、もう既に遅いのだ。
乱暴に髪を引っ張られ、馬車から放り出された。
強かに背中を打ち、強烈な痛みを感じる。
でも、痛みに顔を歪める暇すら貰えなかった。
私の身体を強烈で堪えがたい衝撃が貫いていた。
シーロの剣で袈裟懸けに斬られ、トマスの剣が内臓を抉るように深く、刺し込まれていたのだ。
「あっ……ぐぅ……これが旦那様の望ん……」
最後まで機会を与えられないまま、感じたことがないほどの強い衝撃を首に受け、私の意識は深く昏い闇の底へと沈んでいくのだった。
(もういいわ……これで私は……自由になれるわ……もう疲れたのよ)
その日、かつて『ラピドゥフルの薔薇』と呼ばれた一人の女、セラフィナが死んだ。
その美しさと気位の高さで王である夫を省みることなく見下し、贅を尽くす放蕩暮らしを続けた悪妻。
敵国であるガレア帝国の皇族と関係を持ち、内通した手の者を城内に招き入れ、王を弑する計画を立てた稀代の悪女。
事が露見し、断罪されたセラフィナは辺境の寂れた修道院に生涯、幽閉されることが決まった。
そして、修道院への護送中、王の意を汲んだ騎士の手にかかり、無残な最期を遂げたのだ。
彼女の死を悼む者など誰一人いない。
彼女が愛し、最後までその身を案じていた息子ブラスも無慈悲に処断された。
北方の強国ガレアへの内通という身に覚えのない罪により、罪人として処刑されたのである。
首だけになってもまだ、凛とした美しさを保ったままの妻セラフィナと対面することになったトリフルーメ王モデストはただ一言、零したという。
『何も殺すことはなかったのだ』と。
民は讃える。
悪逆の限りを尽くした女に慈悲を与える慈愛に溢れた偉大な王に栄光あれ、と。
嫌われ、憎まれ、散った彼女に良く似た真っ赤な薔薇の花が落ちていくのを見つめながら、男――モデストは力無く、呟いた。
「セラフィナ、また会おう」
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